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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 終わらない、終わらない。
 終わらせてはいけない。
 綱渡りの、そのゲーム。
 
 
 デジャヴ・ゲーム
 
 
 それは、いつでも唐突にやってくる。
 直前までは何も無いのだ。それなのに、ある瞬間が近付くと、途端に思い出す。

 これから起こることを。


 窓の外に目をやってから、ふと、このアングルに覚えがあると気がつく。
 遠くの雲を目で追ってから、また黒板に目を戻して。授業は数学。xやyが並んでいる。それから、隣の席の男子が目に入る。

 ――ということは、次はきっと私が当てられる。

「では、次の問いを吉岡さん」

 ほら、来た。
 そして残念ながら、私が覚えているのはここまで。
 今回も無事、私の勝ち。
 


 日常生活の中、既視感を覚える瞬間が訪れる。
 デジャヴというやつだ。経験のないことのはずなのに、「あれ、これ前にもあった」と感じるというアレ。
 
 例えばさっきの、遠くの雲を見てから黒板に目を戻し、私が当てられて返事をする、というワンシーン。私の場合、同じ瞬間を夢の中で見たような気がする。
 
 大概は、どうでもいい日常のシーンであることが多い。
 どうせなら、数学の答えが分かるとか、そっちのほうがいいのに。デジャヴもいまいち役には立たない。
 
 変則的にやってくるデジャヴ。その殆どは、意識せずにやり過ごせる。
 何も考えなくても体が夢通りに行動してくれる。
 
 しかし最近は、それが曖昧だったり、『セリフ』が思い出せなかったりが多くなっている。自分がこの瞬間、何をするのが正しいのか。何を言えば夢と一緒なのか。
 それを必死に思い出さなければいけないことがある。
 多いのは、自分の台詞が曖昧なこと。
 

 無難にやり過ごすゲームの中で、ふと頭の片隅を過ぎる。

 もし夢と同じことを言わなかった場合、どうなるんだろう。

 
 ううん、考えすぎに決まってる。
 これは私の一人遊び。間違ったって、どうせ何も起こらない。
 私が残念に思うだけ。



「今日は何食べよう。ランチは何が出てるかな?」

 財布を握りしめて、楽しくお喋りしながら廊下を横切る。
 瑞希が待ちきれないといった風に、財布の中を覗き込んだ。小銭の有無を確認しながら、階段に足をかける。

 あ。これ、夢で見た。目がこっちに移って、こう考えて…そして…確か。

「未依知ってる?そういえばさ、隣のクラスの里村さん、うちのクラスの男子と付き合ってるらしいよ」
「ええ?誰?」

 どうやら今日のゲームの合図は、瑞希の『セリフ』。
 そして次の瞬間、不安が過ぎる。

「でもその組み合わせ、おかしいでしょ?」
「うん…そうだよねぇ。里村さんってもっと賑やかな人が…」


 あれ…何て言ったかな…私…
 会話の続きが上手く思い出せない。瑞希とのお喋りで、私はこの次にどう応えればいいのか分からない。
 『そうじゃないからね』?『そうじゃないもんね』?

 それは本当に些細な違い。いや、何か違う気がする。どっちが正しい?
 微妙な違いでも、この『ゲーム』では命取りになるのだから。

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 二人で手を繋いで、さっき歩いてきた道を引き返す。遠くからでも商店街から神社までの通りの、ぼんやりと連なる提灯が見えた。蛍とはまた違う、幻想的な光だった。

「そろそろ帰らなきゃ。ボク達のほうもお祭りが始まるから」
 再び神社に帰ってきたところで、男の子が言った。
「そうなの? 残念だね、これから河原で花火もあがるんだよ」
「うん、でも、遅れないようにしなきゃいけないから」
 そういいながらも、彼は名残惜しそうだった。
 ありがとう、と告げて歩き出し、少し行っては振り返り、僕にひらひらと手を振った。
「じゃあね、お兄ちゃん」
 僕も答えて手を振った。
「ああ、じゃあね。気をつけて」
 少年は石段をおりて、パタパタと駆けていった。転ぶなよ、とその後姿を笑いながら見送る。ああ、名前を聞きそびれた。それに、こんな暗い道、ひとりで帰すべきじゃなかったな。

 境内の上からは、田舎の風景が一望できた。彼はどうやら、山の方に向かって帰って行ったらしい。その足取りに迷いは見られなかった。

 僕はふと、祭りの喧騒を振り返った。


 祭囃子の音は。体の奥に浸透して、静かに僕を沸き立たせる。
 人の波の中にいて、突然泣きたくなった。
 夏が、全てを置き去りにしていくのだ。


 ――夏が終わったら、僕も帰ろう。

 大丈夫、この優しさと暖かさを持ち帰れば、向こうでもまたやっていけるさ。
 だって、僕には故郷があるのだから。





 

 浴衣姿の少年が夜闇の中を駆けていた。
 祭囃子ももう遠い、そこは山裾の草原だった。

 彼は湖の側に何かの姿を見て、さらに速度を上げる。
「遅かったわねぇ」
 草の間を走り下りる彼に、誰かが声をかけた。 少年はその声の主を見つけて嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、おかあさん」
 けれど、そこに人間の姿は一つもなかった。居るのは、山に住まう沢山の動物。
「もう始まるわ」
 いつの間にか、少年の姿は野原から消えていた。その代わり、少年がさっきまで立っていた場所に一匹の子ギツネが現れた。

 それからいくらもしないうちに草原じゅうに青い光が灯された。
 蛍にも似た儚い輝きは、湖の中にも反射してきらきらと揺らめいた。

「きれいだね」
「やっぱり、夏を送るならこうでなくちゃ」
「でもね、にんげんのお祭りも楽しかったよ」


 煌々ときらめく碧の炎。
 蛍よりも鮮やかで、儚く。
 星よりも眩しくて、切なく。
 炎よりも優雅で、温かい。


 無数のともしびが、夜の草原を埋め尽くした。

 

 キツネの夏祭りだった。

 


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「おいしい!」 
「そうか、よかった」 
 満面の笑みで少年は綿飴に齧り付いた。それを見て僕も笑う。 
 今でも覚えてる。初めて連れて行ってもらったお祭りでも、一番に買ってもらったのが綿菓子だった。 
 なんとなく、幼い頃の自分を見ている気分になった。 

「お兄ちゃん、見ない顔だね。ここのひと?」 
 彼は改めて僕を見ると、そう尋ねてきた。 
「昔はね。今は、違うところで住んでるんだ」 
「どうして?」 
 少年は細い首を傾げてみせた。 
「だってここ、いいところじゃない。空気もきれいだし、住みやすいよ?」 
 僕は面食らった。まさかこんな子供から『住みやすい』なんて言葉を聞くとは思わなかったからだ。 
「そうだね。どうしてだろう」 
 苦笑するしかなかった。 
 本当に、どうしてだろうか。この子の言う通り、ここはとても良い場所なのに。 
「多分、昔は何かを勘違いしていたんだよ」 
 そう。この場所を『寂れた田舎』だと勘違いして、都会へ飛び出した。そこに行けば、何もかもが自由で、進んでいて、探していた『何か』を見つけられるのだ、と。 
「じゃあ、今は?」 
 どこか心配そうに尋ねる彼に、僕は微笑んで見せた。 
「今は大丈夫。もう間違ったりしないよ」 


 それから僕達は、お祭りを片端から楽しんだ。 
 少年は射的もリンゴ飴も初めてで、始終きゃあきゃあと楽しそうに笑っていた。 
 僕は惜しみなくそれらにお金を使った。昔は我慢するものもあったけれど、今はもう、そんな必要は無いからだ。 

 歩き疲れて、僕達は神社の石段に座って休んだ。 
「ねえお兄ちゃん、ホタルって知ってる?」 
 僕の幻影はラムネビンを空にしながら突然尋ねてきた。 
「え? ああ…小さい頃は良く見たなぁ」 
「ホタルの光も、青白いってほんとう?」 
「うん。すこし緑がかった青でね、川のあちこちで瞬くんだ。とても綺麗だよ」 
 蛍か。最後に見たのは中学校に上がった頃だったろう。もうずっと見ていない。そればかりか、今その名前を聞くまで『蛍』という存在すら忘れていた気がする。 

 僕は本当に、ここに忘れていったものが多すぎる。 

 だったら、と少年は立ち上がった。 
「ボク、この近くの川で見れるってお母さんに聞いたんだけど、見にいかない?」 



 神社とその川までは、本当に近かった。神社の裏手から降りて、田んぼ沿いに少し歩いたところにその川はあった。 
 川というよりは、田園の用水路だった。草を掻き分けて進んでいく。 

 そして見た。 
 その静かな流れの上に、無数の光が舞っていた。 

 蛍だった。 

 音もなく、光の尾を引いて、暗闇を彩る。 

「わぁ…」 
 少年は感極まったような声を上げた。両手を広げて、まるでその光の帯を捕まえるかのような仕草をした。 
 同じように、僕も心の中で感嘆の声を洩らす。 
 夜空に弧を描いて、幽かな灯が行き交っていた。 

 声を出せないほどに綺麗だった。 

 何千、というのは少し大袈裟かもしれない。でも、その時の僕には確かにそれほどの輝きに感じたのだ。 

 少年の指先に、一匹の蛍がとまった。 
 儚いと思った光は、彼の顔を力強く照らした。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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