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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「死ぬのは恐いかい」

 静かに立華が尋ねます。その深い色の瞳に負けぬように努めました。

「恐くはないわ。でも…」


 それが強がりなのかどうかも良く分かりませんでした。言葉を濁し、小さくなって肩を震わせるしかできません。
 
 私もまた、あのように美しくなれるのか。それもまたいいのかもしれません。
 そう、不思議と恐くはない。ただ、今はまだ死にたくない。

 
 だって私は。

『八重ちゃんは別嬪さんだね』


 そう言われて、持て囃されることが心地良い。羨まれることが嬉しい。

 私は知っているのです。自分の瑞々しさと、器量の良さを。他人が私を見て、なんと囁き合っているかを。

 まだ死にたくない。
 その一方で思うことは、
 これ以上年月を重ねたくはないという不安。

 いつからそれに気付いたかは覚えていない。けれど、絶世の美女と噂された母が次第に老いていく様子を見て、憂うのです。

『似合うのは今のうちだからね』

 私を待ち受ける道が、彼女と同じものなのか、と。
 それを怖れて、あの男のように一瞬の美しさに身をゆだねることも、また惜しい。どちらも愚かしい道に思えました。


「でも、私は…」


 怖くない、と答えることに躊躇して。
 そして、目の前の姫様を羨むのです。


 人でない彼女の美しさといったら。
 寿命に縛られない、彼女の羨ましさといったら。

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「あの人は、名前を書かれたから死んだのね」

 目の前で人がひとり消えたというのに、私は別のことを考えていました。
 先刻、立華に見せて貰った鬼籍。その最後に書かれていた、見覚えのある名前。
 それは私がよく知っている名前でした。
 
「ちがうんだよ、八重」

 いつの間にか、蜜柑の木には丸い実が生っていました。白い花が消え、その代わりに実った橙色の蜜柑。それと時を同じくして、先刻まで男が倒れていた場所には新しく純白の曼珠沙華が一輪開いていました。

「この手帖に名を記されたから死ぬんじゃあないんだ。死ぬから名が記されるんだよ」

 ただの言葉遊びにも聞こえるその言葉。けれど、意味の違いははっきりしていました。
 名前を書かれた人間が死ぬのではなく。
 死ぬ人間だからこそ名前が並べられている。


「じゃあ、」

 私は立華を見つめました。私がその手元に目を遣ると、彼女はくすりと微笑みました。

 
 死ぬ予定の人間の名が書かれる鬼籍。
 鬼籍の最後に書かれていた、見覚えのある名前。


 それは。


 『橘 八重』。
 


「じゃあ、あたしも死ぬの?」


 それは確かに私の名前でした。

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 そして男は、ぷつりと事切れました。

 足元から崩れるようにして真白の曼珠沙華の上に倒れ、そのまま動かなくなりました。
 刹那、どこかで、硝子の割れるような音がしました。
 
 私は息を呑みました。
 今まで聞こえていた男の息遣いがしない。近付いて確認することは出来ないけれど、彼が『死』を迎えたことは痛いほどに理解しました。
 
 
 ゆらり。何度目かの白い夜の揺らぎ。
 するとそれに共鳴するように男の身体が揺れました。
 
 ゆらり、くらり。
 静かに静かに、輪郭が薄れて消えてゆきます。
 星が瞬く様に揺れ、夜露の様に輝きながら。
 少しずつ霧の中に溶け出して。
 
 
 幾許かの後に、男の身体はすっかり見えなくなりました。
 
 何が起こったのか、よく分かりません。
 しかしそれは…

 やがて、立華が嘆息を漏らしました。
 
 
「魂が放(はな)れるさまはいつ見ても美しいねぇ」
 
 
 うっとりと見惚れるように、今まで男の体躯が横たわっていた草原の上を眺めていました。
 一方の私は、やっと声を絞り出せただけ。
 
「あたしは…怖い」
 
「綺麗なものというのは、得てして畏ろしいものさ」

 
 そう。怖いのです。綺麗で恐ろしい。
 
 人の最期なのに。
 美しく思っている自分が怖い。
 
 掻き消えた男の魂も、妖しく嗤う立華も、震えながら羨望に似た眼差しで見つめるだけ。
 
 しかし心は、氷の塊のように澄んでいました。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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