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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「おいしい!」 
「そうか、よかった」 
 満面の笑みで少年は綿飴に齧り付いた。それを見て僕も笑う。 
 今でも覚えてる。初めて連れて行ってもらったお祭りでも、一番に買ってもらったのが綿菓子だった。 
 なんとなく、幼い頃の自分を見ている気分になった。 

「お兄ちゃん、見ない顔だね。ここのひと?」 
 彼は改めて僕を見ると、そう尋ねてきた。 
「昔はね。今は、違うところで住んでるんだ」 
「どうして?」 
 少年は細い首を傾げてみせた。 
「だってここ、いいところじゃない。空気もきれいだし、住みやすいよ?」 
 僕は面食らった。まさかこんな子供から『住みやすい』なんて言葉を聞くとは思わなかったからだ。 
「そうだね。どうしてだろう」 
 苦笑するしかなかった。 
 本当に、どうしてだろうか。この子の言う通り、ここはとても良い場所なのに。 
「多分、昔は何かを勘違いしていたんだよ」 
 そう。この場所を『寂れた田舎』だと勘違いして、都会へ飛び出した。そこに行けば、何もかもが自由で、進んでいて、探していた『何か』を見つけられるのだ、と。 
「じゃあ、今は?」 
 どこか心配そうに尋ねる彼に、僕は微笑んで見せた。 
「今は大丈夫。もう間違ったりしないよ」 


 それから僕達は、お祭りを片端から楽しんだ。 
 少年は射的もリンゴ飴も初めてで、始終きゃあきゃあと楽しそうに笑っていた。 
 僕は惜しみなくそれらにお金を使った。昔は我慢するものもあったけれど、今はもう、そんな必要は無いからだ。 

 歩き疲れて、僕達は神社の石段に座って休んだ。 
「ねえお兄ちゃん、ホタルって知ってる?」 
 僕の幻影はラムネビンを空にしながら突然尋ねてきた。 
「え? ああ…小さい頃は良く見たなぁ」 
「ホタルの光も、青白いってほんとう?」 
「うん。すこし緑がかった青でね、川のあちこちで瞬くんだ。とても綺麗だよ」 
 蛍か。最後に見たのは中学校に上がった頃だったろう。もうずっと見ていない。そればかりか、今その名前を聞くまで『蛍』という存在すら忘れていた気がする。 

 僕は本当に、ここに忘れていったものが多すぎる。 

 だったら、と少年は立ち上がった。 
「ボク、この近くの川で見れるってお母さんに聞いたんだけど、見にいかない?」 



 神社とその川までは、本当に近かった。神社の裏手から降りて、田んぼ沿いに少し歩いたところにその川はあった。 
 川というよりは、田園の用水路だった。草を掻き分けて進んでいく。 

 そして見た。 
 その静かな流れの上に、無数の光が舞っていた。 

 蛍だった。 

 音もなく、光の尾を引いて、暗闇を彩る。 

「わぁ…」 
 少年は感極まったような声を上げた。両手を広げて、まるでその光の帯を捕まえるかのような仕草をした。 
 同じように、僕も心の中で感嘆の声を洩らす。 
 夜空に弧を描いて、幽かな灯が行き交っていた。 

 声を出せないほどに綺麗だった。 

 何千、というのは少し大袈裟かもしれない。でも、その時の僕には確かにそれほどの輝きに感じたのだ。 

 少年の指先に、一匹の蛍がとまった。 
 儚いと思った光は、彼の顔を力強く照らした。

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