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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 紫乃が彼女の姿を見たのは、それが最後だった。
 戦の中で無事な姿を見たのは。
 勇ましく戦に向かう後ろ姿を見たのは。


 そして今、二人は仲良く模擬店街を歩いている。

 学園祭最終日。終焉と共に押し寄せるもの言えぬ寂しさは少しずつ夢の出口へと彼らを導いてゆく。撤収作業の進む構内ではぽつぽつと飛び石のように裸電球が光る。
 現実が還る時も、また近いのだ。

「本当にもう。私がどれだけ心配したか」

 紫乃はあからさまな溜め息を洩らし抗議した。一方の朝斗はニヤニヤ笑いを浮かべるばかり。

「ごめんごめん」

「無事に終幕を迎えられたから良いものの、まさか囮になって挙句捕まるなんて」

 並んで歩く二人は既に劇団員としての装いを解いている。朝斗はとうに主演女優の衣装を脱いでしまっているし、後輩の紫乃もまた、常備していたリールも鉦も身につけていなかった。

「確かに、捕まっちゃったのは計算外だったけどさ。そういえば、あの人無事かなぁ」

「あの人って誰です?」

「本部で私を助けてくれた……あー、『謎の通行人』だよ」
 朝斗は何故か、言葉を濁してくすくすと笑った。


 それにしても凄まじい学園祭だった。
 全体が押し売り叩き売り的青春闇市であるのは勿論のこと、チープさを売りにする露店に混じってちらほらと窺える本格的な催しもの。特にグラウンドで終始行われていたワルシャワ・フィルハーモニーをバックに歌い踊る二人の女性のコンサートは圧巻だった。

 治安維持に奔走する学園祭事務局はどこから呼んだのか鎧武者を従えていた。かく言う『偏屈王』メンバーも、出演演出の劇團構成員の他に鎧武者に対抗する覆面褌姿の軍勢がついていて。
 一介の裏方でしかない紫乃には彼らが何者なのか知り得なかったが、手裏剣や鎖鎌、ヌンチャクにメリケンサックまでを駆使した攻防はまさに戦国時代の戦かといった迫力だった。
 そういえば、事務局側の陣営にメイドさんが混じっていたような気がしたのだが、あれはなんだったのだろう。


「でも助けてくれた親切な方がいたとしても、よく無事でしたね」

 尋ねると、朝斗は何事もないようにけろっとしていた。

「ああ、だってそれは混沌魔王だから」

 頬を膨らましてみるものの、彼女は確かな理由を言おうとしない。

「納得いきません」

「全ては彼女の掌の上」

 何もかもを覆い隠す呪文のようにそのフレーズを唱える。それにしても、朝斗から幾度となく聞く『混沌魔王』とは一体何者なのだろう。実はこの学園祭、裏で糸を引いていたのがその『魔王』だという噂まであった。
 しかしゲリラ劇のクライマックス、あの乱世の戦が展開された最後の時間。敵側の頭にいた赤い鎧の人物は、遠目に見た限り物腰の優雅そうな女性だったのだ。

 紫乃が思考に沈んでいると、朝斗はさらりと付け加えた。


「それに、首だけは繋げたままにするって約束したし」

「それって……」

 思わず言葉を失う。
 耳に入った声音に血生臭いものは窺えないのに、脳に届いた言葉はまるで悪い冗談のように食い違っていた。
 混沌魔王、本当に何者…?そしてそんな彼女と交流のある目の前の先輩も…いや、それは、もう考えたくない。
 全てはこの、目まぐるしくも愛おしい学園祭で起こった出来事なのだ。

 誤魔化すように首を振ると、ふいに朝斗が顔を輝かせた。


「あ、見て。林檎飴だ」

 深まる夜の帳、撤収の進む中でもいくつかの露店はまだ開いている。彼らもまた名残惜しいのか、僅かばかり残った夢のかけらを最後の力を振り絞って売り捌いているのだろう。

「折角だから買おうよ。『偏屈王』は終幕を迎えたけど、学園祭はまだ続くんだから」

 そう言って、ぱたぱたとはしゃいで先を行ってしまう。朝斗さん、と声をかけると気がついて、はやくおいでと手招きした。そしてまた待ちきれないように足早に魅惑の紅玉石の元へ寄って行く。
 やはり口から洩れるのは柔らかい溜め息で。

「仕方ないなぁ…じゃあ、もう少しだけ付き合ってあげますよ」


 不意に思いついてジーンズのポケットを探る。そこにはまだ、彼女達が自らの証とした深紅の腕章が眠っていた。
 紫乃はそれを確かめると、少し安堵したように微笑んで朝斗の背中を追った。


了.


※輪音さんの『青春闇市』に基づいて作成しました。
架空学園祭の顛末は彗星舎にて。

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