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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「開演15分前です」
 タイムキーパーの青年が自前の電波時計を覗き込みながら告げる。

「04の手配は?」

「未だ整っていません。現地で調達しても良いですが、何せ次の幕は台詞が一層長いので酷かと」

「そう。かくなる上は、私が出るしかないかな」

「朝斗さん…!」

 打ち合わせに参加していたひとりの少女が、慌てたように叫ぶ。
 朝斗と呼ばれた彼女こそがこの実行犯、否、実演メンバーの筆頭らしい。彼女は肩凝りをほぐすように背筋を伸ばし、動揺する後輩ににこりと微笑んだ。

「成功に犠牲は付き物。けれど、君達を犠牲にしたくないからね。大丈夫、所詮私は現場監督だ。代わりは幾らでも」

 それは言い訳でも諦めでも自己暗示でもなく、むしろ表情は楽しんでいるように見えた。
 それに本陣には混沌魔王もいるしね、と付け加え、朝斗は笑った。

「でも」

「そんな不安そうな顔しなくてもいい。喩え私が捕まろうと、彼が脚本を書き続ける限りこの劇は終わらない」

 ある者は大きなスポーツバッグを抱え、またある者はポケットに朱色の腕章を忍ばせた。そうして各々、次の開演場所を目指して出立していく。
 朝斗はまだ表情の曇ったままの少女の肩をぽんと叩いて、励ますように微笑する。

「後は頼んだよ、紫乃」

 言葉を残し、可愛い後輩に背を向ける。
 紫乃もまた、彼女に応えようと決意を新たにする。深く頷いて、腰のリールに手をかけた。
 右手には鉦。これを打ち鳴らし、次に彼らが集まるその時こそが、新たな偏屈王開幕の時となるのだ。

「時間です!」

「では、いこうか」

 衣装の裾を翻し、朝斗は光の元へと出て行った。
 それはふわりと優雅で、風に遊ぶ花のよう。同時に勇ましく、戦場に向かう戦士のようで。
 まるでフランスの聖女を連想させる。
 たとえ彼女が率いているのが、いつの間にかどこからか湧いて出た褌集団だとしても。


「さぁ皆々様。偏屈王第四十六幕の開幕と参りましょう」

 衣装を身に纏ったプリンセス・ダルマは、言い回しだけでなく声色までが違う。


 御都合主義の暗躍する学園祭。
 そう、すべては御都合主義の名の元に。

 紫乃が彼女の姿を見たのは、それが最後だった。


了.
終幕へ続く

※輪音さんの『青春闇市』に基づいて作成しました。
架空学園祭の顛末は彗星舎にて。

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 程好く風が吹き程好く空の翳(かげ)る、そんな学園祭日和。
 その大学もまた例に漏れず、一刹那の青春叩き売り市場と化していた。

 吉田南構内、時計台下の模擬店街から少し離れたその場所に、彼らは身を潜めていた。
 ひと気のなさをいいことに、薄暗い校舎最果ての階段を占拠する奇妙な集団。一見、青春を見飽きた一般客か役職無しの学生かといった様相だが、彼らを包む空気はピンと張り、同時にそわそわと浮き足立っていた。

「現状はどうなってる?」
 窓際に佇んでいた一人の女が問う。

「被害は最小限に収めたつもりです。しかし……」

「プリンセス・ダルマは捕まったか」

 言い淀むのを見て首をすくめる。青年は無念そうに頷いて見せる。その場に集まる幾人もが連鎖するように臍をかむが、女だけはどことなく喜色を浮かべていた。

「流石は混沌魔王、と言うべきだね。次の準備は」

「滞りなく」

 ふいに誰かが階段を駆け上がってくる気配がする。ややあって階下から顔を覗かせた少女が、息を整える暇も惜しんで開口した。

「駄目です、プリンセス・ダルマ03待機できません!」

「なんだって?」

 唖然騒然とする一同。
 少女は辺りを憚るようにひっそりと、追って事を告げる。

「どうやら無理やり口にねじ込まれた『万福緋鯉饅頭』なるもののせいでトイレとお友達のようで」

 そう囁かれて女は再び傍らの青年を振り返る。
 今度は間髪入れず上階からの者が階段を降りてやってくる。

「報告、偏屈王より脚本入手! 次の開演地はグラウンド!」

 青年が手にするのは束ねられた紙片。その四重数枚に渡る紙切れはただの紙切れではなく、この学園祭を揺るがせている要因のひとつだった。

 一枚目の一番端に、控えめに書き添えられたその言葉。
 『偏屈王』。
 そう、この場に集まった彼らこそが、学園祭事務局及びその美貌の事務局長を悩ませるゲリラ劇『偏屈王』の面々なのである。


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 紫乃が彼女の姿を見たのは、それが最後だった。
 戦の中で無事な姿を見たのは。
 勇ましく戦に向かう後ろ姿を見たのは。


 そして今、二人は仲良く模擬店街を歩いている。

 学園祭最終日。終焉と共に押し寄せるもの言えぬ寂しさは少しずつ夢の出口へと彼らを導いてゆく。撤収作業の進む構内ではぽつぽつと飛び石のように裸電球が光る。
 現実が還る時も、また近いのだ。

「本当にもう。私がどれだけ心配したか」

 紫乃はあからさまな溜め息を洩らし抗議した。一方の朝斗はニヤニヤ笑いを浮かべるばかり。

「ごめんごめん」

「無事に終幕を迎えられたから良いものの、まさか囮になって挙句捕まるなんて」

 並んで歩く二人は既に劇団員としての装いを解いている。朝斗はとうに主演女優の衣装を脱いでしまっているし、後輩の紫乃もまた、常備していたリールも鉦も身につけていなかった。

「確かに、捕まっちゃったのは計算外だったけどさ。そういえば、あの人無事かなぁ」

「あの人って誰です?」

「本部で私を助けてくれた……あー、『謎の通行人』だよ」
 朝斗は何故か、言葉を濁してくすくすと笑った。


 それにしても凄まじい学園祭だった。
 全体が押し売り叩き売り的青春闇市であるのは勿論のこと、チープさを売りにする露店に混じってちらほらと窺える本格的な催しもの。特にグラウンドで終始行われていたワルシャワ・フィルハーモニーをバックに歌い踊る二人の女性のコンサートは圧巻だった。

 治安維持に奔走する学園祭事務局はどこから呼んだのか鎧武者を従えていた。かく言う『偏屈王』メンバーも、出演演出の劇團構成員の他に鎧武者に対抗する覆面褌姿の軍勢がついていて。
 一介の裏方でしかない紫乃には彼らが何者なのか知り得なかったが、手裏剣や鎖鎌、ヌンチャクにメリケンサックまでを駆使した攻防はまさに戦国時代の戦かといった迫力だった。
 そういえば、事務局側の陣営にメイドさんが混じっていたような気がしたのだが、あれはなんだったのだろう。


「でも助けてくれた親切な方がいたとしても、よく無事でしたね」

 尋ねると、朝斗は何事もないようにけろっとしていた。

「ああ、だってそれは混沌魔王だから」

 頬を膨らましてみるものの、彼女は確かな理由を言おうとしない。

「納得いきません」

「全ては彼女の掌の上」

 何もかもを覆い隠す呪文のようにそのフレーズを唱える。それにしても、朝斗から幾度となく聞く『混沌魔王』とは一体何者なのだろう。実はこの学園祭、裏で糸を引いていたのがその『魔王』だという噂まであった。
 しかしゲリラ劇のクライマックス、あの乱世の戦が展開された最後の時間。敵側の頭にいた赤い鎧の人物は、遠目に見た限り物腰の優雅そうな女性だったのだ。

 紫乃が思考に沈んでいると、朝斗はさらりと付け加えた。


「それに、首だけは繋げたままにするって約束したし」

「それって……」

 思わず言葉を失う。
 耳に入った声音に血生臭いものは窺えないのに、脳に届いた言葉はまるで悪い冗談のように食い違っていた。
 混沌魔王、本当に何者…?そしてそんな彼女と交流のある目の前の先輩も…いや、それは、もう考えたくない。
 全てはこの、目まぐるしくも愛おしい学園祭で起こった出来事なのだ。

 誤魔化すように首を振ると、ふいに朝斗が顔を輝かせた。


「あ、見て。林檎飴だ」

 深まる夜の帳、撤収の進む中でもいくつかの露店はまだ開いている。彼らもまた名残惜しいのか、僅かばかり残った夢のかけらを最後の力を振り絞って売り捌いているのだろう。

「折角だから買おうよ。『偏屈王』は終幕を迎えたけど、学園祭はまだ続くんだから」

 そう言って、ぱたぱたとはしゃいで先を行ってしまう。朝斗さん、と声をかけると気がついて、はやくおいでと手招きした。そしてまた待ちきれないように足早に魅惑の紅玉石の元へ寄って行く。
 やはり口から洩れるのは柔らかい溜め息で。

「仕方ないなぁ…じゃあ、もう少しだけ付き合ってあげますよ」


 不意に思いついてジーンズのポケットを探る。そこにはまだ、彼女達が自らの証とした深紅の腕章が眠っていた。
 紫乃はそれを確かめると、少し安堵したように微笑んで朝斗の背中を追った。


了.


※輪音さんの『青春闇市』に基づいて作成しました。
架空学園祭の顛末は彗星舎にて。

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