忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[97]  [96]  [95]  [94]  [93]  [92]  [91]  [90]  [88]  [87]  [86
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 二人で手を繋いで、さっき歩いてきた道を引き返す。遠くからでも商店街から神社までの通りの、ぼんやりと連なる提灯が見えた。蛍とはまた違う、幻想的な光だった。

「そろそろ帰らなきゃ。ボク達のほうもお祭りが始まるから」
 再び神社に帰ってきたところで、男の子が言った。
「そうなの? 残念だね、これから河原で花火もあがるんだよ」
「うん、でも、遅れないようにしなきゃいけないから」
 そういいながらも、彼は名残惜しそうだった。
 ありがとう、と告げて歩き出し、少し行っては振り返り、僕にひらひらと手を振った。
「じゃあね、お兄ちゃん」
 僕も答えて手を振った。
「ああ、じゃあね。気をつけて」
 少年は石段をおりて、パタパタと駆けていった。転ぶなよ、とその後姿を笑いながら見送る。ああ、名前を聞きそびれた。それに、こんな暗い道、ひとりで帰すべきじゃなかったな。

 境内の上からは、田舎の風景が一望できた。彼はどうやら、山の方に向かって帰って行ったらしい。その足取りに迷いは見られなかった。

 僕はふと、祭りの喧騒を振り返った。


 祭囃子の音は。体の奥に浸透して、静かに僕を沸き立たせる。
 人の波の中にいて、突然泣きたくなった。
 夏が、全てを置き去りにしていくのだ。


 ――夏が終わったら、僕も帰ろう。

 大丈夫、この優しさと暖かさを持ち帰れば、向こうでもまたやっていけるさ。
 だって、僕には故郷があるのだから。





 

 浴衣姿の少年が夜闇の中を駆けていた。
 祭囃子ももう遠い、そこは山裾の草原だった。

 彼は湖の側に何かの姿を見て、さらに速度を上げる。
「遅かったわねぇ」
 草の間を走り下りる彼に、誰かが声をかけた。 少年はその声の主を見つけて嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、おかあさん」
 けれど、そこに人間の姿は一つもなかった。居るのは、山に住まう沢山の動物。
「もう始まるわ」
 いつの間にか、少年の姿は野原から消えていた。その代わり、少年がさっきまで立っていた場所に一匹の子ギツネが現れた。

 それからいくらもしないうちに草原じゅうに青い光が灯された。
 蛍にも似た儚い輝きは、湖の中にも反射してきらきらと揺らめいた。

「きれいだね」
「やっぱり、夏を送るならこうでなくちゃ」
「でもね、にんげんのお祭りも楽しかったよ」


 煌々ときらめく碧の炎。
 蛍よりも鮮やかで、儚く。
 星よりも眩しくて、切なく。
 炎よりも優雅で、温かい。


 無数のともしびが、夜の草原を埋め尽くした。

 

 キツネの夏祭りだった。

 


Back
 


* * *
後書。


夏を舞台にした物語はこれで完結。
ただし、主人公の彼には終わりではなく―むしろ些細な通過点でしかないような― 一瞬のことに過ぎません。それが彼の心を癒してくれたのです。

実は、今回の短編を創作するに当たって基盤となった一冊の本があります。私が小学校のときから大好きな一冊。その本は今も私の本棚に並んでいます。
その愛する本と、私の知る「夏」を掛け合わせて出来たこの作品。

現実でも残り少ない夏を、どうぞ皆さんご堪能ください。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]