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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「狂っているのね」
「そうだね、ありがとう」
 思わず零すと、薄く微笑んだままで返される。

「褒めてないのよ?」

「分かってるよ。君の反応が面白いから」

 向けられたのは、太陽のような眩しい微笑み。
 本当に天邪鬼だ。でも、何故だか嫌いになれない。
 優しい人ばかりのこの世界で、私を《アリス》だと知らずに居てくれる人。女王だと知らずに、親切な答えをくれないままの人。
 優遇されるばかりより、そのほうがずっと気が楽だった。

 だから、だろうか。彼はどこか――

 
  ゴーン ゴーン
 
 ふいに遠くで鐘が鳴る。
 おそらく庭園傍の時計塔だ。いつも私を見下ろしている大きな時計。あそこに行けばすぐに部屋が分かるかもしれない。

「私、もう行かなくちゃ」

 夢が覚めたような心地で、彼の瞳から逃れた。彼はまた本を抜き取っては積むという作業に戻っていた。まるで私のことなど興味なさそうに。

「気をつけてね。ああそうだ、忘れちゃ駄目だよ。白兎に会うなら中庭を突っ切って」
「うん。どうもありがとう」
 その言葉を背中で聞いて、ふいに振り返る。彼は今も本棚の前に居た。

「またね」
 最後にもう一度声をかけると、とってつけたように、こちらを振り向く。
 その顔はやはり優雅に微笑んでいて。
「うん。また」
 それに頷いてから、私はやっと扉を出た。

 図書館の外は明るかった。
 曇り続きの空なのに、何故か太陽が射す。やはりこの世界は不安定だ。
 私は気を取り直して、窓の下に見えた中庭を目指した。
 



 部屋の中には、少女の閉めた扉の音が木霊した。
 図書室に籠る彼は、灰色の本をひとつ棚に戻す。
 鋭い眼差し。その衣服は城の兵士とも給仕とも異なった。それの意味するところを、先刻の少女は気付いていない。

「また会えるといいね…新しいアリス」

 その顔に始終張り付いていたニヤリとした笑みは、足音が遠くなるのを聞き、やがてすっと薄れた。

 勿論、その変化を少女が知ることはないままに。
 
End.

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「何をしているの?」

 何を言おうかとさんざん迷って、口をついたのがその言葉だった。
「見ての通り、ふらついているのさ。あてもなく彷徨うのが僕の役目」
 彼は本を棚に戻し、また違う本を手にした。何冊かを抜き取って、窓の縁に積み上げる。

 それからやっと横目で私を見て、
「それで、君は?」
 その口元が、かすかに笑っていた。

「私は…私も同じよ。図書室を見つけたから、ふらふら歩いているだけ」

 今度は頷いてくれなかった。まるで何かを見透かすように、じっと私を見る。その視線に負けて白状する。

「本当は、迷っているの。…《白兎》にはどこに行けば会える?」
 彼は窓の外を示した。
「白兎ならあの塔だよ。ここからなら、中庭を突っ切っていったほうが早い」
 それからまた別の本を抜き取って一番上に重ねた。どうやら読むつもりはないらしい。違う棚を眺めて、同じように本を抜き取る。
 

「そう…ありがとう」
 私はその行動を見守りながら、ふと、ある本だけを手放さずにいることに気がついた。
 金の箔押しの、一冊の本。抜き出しては積み上げを繰り返し、時には元に戻しながら、その本だけはずっと携えたまま。
「その、大切そうに抱えている本は何?」
 私が指を差すと、彼もその先を追う。ああ、これ、と無感動に目を細める。
「つまらないものだ。何度も読んだから、飽きてしまった」
 それでも彼はその本を放さなかった。思い入れでもあるのだろうか。それにしては、随分煤けている気がする。

「でも僕は投げ出したりはしない。どこかの神様みたいに、壊すことを望んだりはしない。まぁ、勝手に壊れるぶんには構わないけどね」

 まるで天邪鬼だ、と心の中で呟く。
何をしているかと聞けば彷徨っていると返し、大切なのかと問えばつまらないものだと言う。そして挙句、「壊すことは望まないけれど、壊れるのなら構わない」。
 ひらりひらりと、答えをかわしてしまう。
 何かに、誰かに似ている。誰、だったろうか。

 そしてそれは酷く私を苛々させた。

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迷いの森で出逢うもの
See in the Wander Wood

 
 
 何もすることがなくて城内を散策していた。
 ひとりふらふら、あてがわれたエプロンドレスに身を包んで。

 突然連れて来られたのは、名も知らない国のお城。まるで要塞のように高い壁の内側に私は滞在していた。
 私を連れてきた『彼』は言った。『ここに居てくれるだけでいい』と。
 それは愛の台詞でもなんでもなくて、そのままの言葉の意味。
 

 そろそろ部屋に戻ろうかな。そう思ったのに、ふと顔をあげて途方に暮れる。
 続くのは回廊、窓の外には、変わらない灰色の空。

 ――どこから来たんだっけ?

 長い長い赤絨毯を睨んでも道順が分かるはずはない。永遠に続くのじゃないかと不安になる廊下には、同じ様相同じ大きさの扉が沢山並んでいる。私は諦めて、すぐ側にあった大きな扉を開くことにした。

 
 そこは広くて狭い部屋だった。間取りは広いけれど、中に押し込められた沢山のもので空間が狭い。
 どうやら蔵書室のようだ。大木のように本棚が並んでいる。おかげで昼間なのに薄暗い。
 ――学校の図書室とは比べ物にならないわね。
 静謐な空気と、古ぼけた紙とインクの匂い。奥から差し込む陽射しと、ちらちらと舞う埃の陰。それらに誘われるように、本棚の間を彷徨う。
 本の背を飾る文字は殆ど見たことのない言語だ。中には英語に似たものも混じっている。
 私は興味をそそられて、その中の一冊を手に取った。
 開いてみる。頑張ればなんとか読めそうな気がした。
 
 

「ネズミかな」


 ふいに声がした。
 びくりと、背中に緊張が走る。途端に感じられる人の気配。振り返ると、僅かに差し込む光の中に誰かがいた。暗い室内にその陽射しは強すぎた。眩しくて目を細める。
 出窓に腰掛ける人影。逆光の中に見えたのは、金色の髪と、金色の瞳。

「違うね。女の子だ」
 次第に目が慣れてくる。
 どうやら窓の縁に座って本を読んでいたらしい。ページをめくる手を止め、こちらを窺っている。少し目つきの鋭い、線の細い青年だった。
 改めて見るその人は、金の髪も目もしていなかった。目の錯覚だったのだろうか。
 
「あ…あの」
 私は言葉を返すことができなかった。まるで借りてきた猫のように萎縮してしまう。勝手に入ったことを怒られるだろうかと。
 しかし彼は、静かに尋ねるばかり。
「見たことのない子だね。誰かな」
「……リラ」
 私は一瞬迷ってから、本当の名前を名乗ることにした。
 きっと、《アリス》と名乗ってしまえば全ては早く片付いただろう。けれど、それを口にするのは、覚悟のない私には荷が重過ぎる。

「ふぅん?」
 彼は頷くだけ頷いて、また手元に視線を戻した。それから本を閉じ、つまらなさそうに床に下りる。
 心臓の音がうるさかった。同時に、やっと人に出会えた事には安堵を憶えていた。この城の人なら帰り道も分かるかもしれない。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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