忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[13]  [14]  [15]  [16]  [17]  [18]  [19]  [20]  [21]  [22]  [23
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 建物の陰で闇が歪んで、瞬く間に広がった。
 重くねっとりした、虚ろな影。それはまるで、ヒトの心そのもののように揺れていた。
 闇。人を蝕むもの。
 心を喰って存(ながら)えるもの。
 
 僕の目の前にはひとりの少女がいた。
 線の細い、太陽の下なら何処にでも馴染める風貌。闇に釣り合わない儚げな存在。瞳だけは前を見据えていて、そのくせ目の前のものは見ていないようにも思えた。
 華奢な右手には日本刀。
 それひとつで、彼女の存在は強く有色化されていた。
 
 こうして後姿を見るのは何度目になるだろう。
 幽かな月光と、強い紅を浴びた彼女は美しかった。
 自らの手で生み出した紅。人を斬ると血が溢れるように、闇を斬れば禍々しい色の光が流れる。人のそれより透明で、そして穢れたもの。色素の薄い瞳は、その色の妖艶さだけを上手く写し取っていた。
 
「お疲れ様」
 彼女は何も言わなかった。ただ一瞥をよこして、所在無げに目を逸らした。瞳は僕を見ていない。代わりに僕の中に蠢くであろう闇を見る。
「少し時間がかかったね。怨みを狩るのは辛い?」
 微笑のうちに尋ねる。無感情の上に僅かばかりの憂愁を乗せた横顔が、小さく答えた。
「…疲れているだけよ」
 何も言われずとも分かっていた。
 彼女は僕を信用していなくて、それでいて頼っていること。
 
 
 ――僕は彼女の生命を縮めている。

 出逢ったばかりの彼女は、可哀想なくらい惨めだった。
 自分を惨めな存在だと思っていることが酷く惨めだった。
 涙を流しながら闇を切り刻む彼女そのものを、僕が刻んでしまえたらどれだけ愉快だろうと歯噛みした。
 あれからどれだけ経っただろう。
 それは刹那のようでもあり、悠久のようにも感じられた。

「久遠」
 彼女が紅に染まった右手を差し出した。それを恭しく受ける。僕は棘を吸い出すがごとくその指に軽く唇をあてる。
 紅光と共に彼女の生気を貰う。花が血を吸うようにして、命の破片を得る。こうすることで僕は少しずつ命を永らえ、彼女は命を縮める。

「顔色が悪いね」
「貴方の所為でしょう」

 少女は最初から青ざめていた。
 不安なのだろう。闇と戦い続けること、このまま闇の中で生き続けなければいけないことが。何も分からぬまま、夜が深くなることが。
 
 『最後には、私の命をあげる』。

「何か、考えている?」
 彼女は少し困ったように目を伏せた。理由無く心が揺れ動くことに戸惑っていた。
「…いいえ。何も」
 そうして口を閉ざす。僕だけが次々と喋って。
 何も言わなくとも、僕は全部知っている。記憶は彼女の魂の欠片とともに少しずつ体内に蓄積して、それと比例して彼女は少しずつ忘れていく。
 彼女自身も気付いていないだろう。
 否、忘れてしまったというのが正しいか。
 
 これは契約という名の願い。
 僕がここにいて、彼女がこうして生きることが彼女の望み。

 『だから、最後まで“今の”私に従って』。
 目の前の少女はあの頃とまるで違う。泣きそうだった表情は消え、代わりに無邪気な笑顔も見られなくなった。斬れば斬る程に鮮やかな色が薄れ、限りなく白に近づいていく。
 それが哀しくも嬉しい。
 何故なら、白を最も濁らせるのが黒だからだ。

 君の求めている答えは、僕が全て持っている。
 僕の正体も、彼女の未来も。戦いの結末も。
 全て、全て、全て。

 
「また、闇が鳴いてる」
 虚空を見上げ、平坦な言葉が吐き出される。
 僕は耳を澄ました。人間には聞き取れない慟哭を聞く。薄く笑いながら、彼女の共鳴に同意する。
「次の場所に向かおうか、『唯』」
 
 確かなのは名前。その文字が表すように唯一の持ち物。
 その名を呼ぶ瞬間だけ、彼女の瞳には強い色が戻る。
 

 本当の事は何も言わず、ただ彼女の傍に。
 君が忘れてしまった賭も、僕は最後まで記憶に刻んでおこう。
 たとえ契りで繋がった浅はかな糸でも、それがどれだけ不安定で刹那的な存在だとしても、僕にとっては確かな糸だから。

 だから最期の瞬間、君が命を投げ出す瞬間。僕は今まで奪ってきたものの全てを返そう。
 僕は充分生きた。君のお陰で充分永らえた。
 きっと君は泣いて嫌がるだろうけど、君が目を背けたものは全て必要なものだから。
 死を願った君には、それ以上の罰を。
 
 それに気がつくまでは、君も僕も愚かなままでいい。
 そして僕だけは、最後まで愚かなままで。
 
「久遠」
 時折思い出したように僕の名を呼ぶ。
 だから僕も同じ数だけ、彼女の名前を返す。

 

 今はそれだけで充分だった。

 
 
END.

拍手[0回]

PR
 私の記憶は、振り下ろされた一太刀から始まる。
 

 手に握られた白刃。
 対峙する陰影の化物。
 
 刹那、闇が途切れた。私の刃が空を裂く。
 血の代わりに溢れる、真紅の光。
 闇の魔物は光によって内側から弾け、溶ける様に消えた。

 振り返る。
 そして呼ばれたのは与えられた第二の名前。

「唯」

 私の本当の名前は知らない。憶えていない。ただ、この名前が『本物』でないことだけは本能が理解していた。
 
「今日もお疲れ様。相変わらず見事なお手並みだね」
「…どうせ、すぐに蘇るでしょう」
 私は感情もなく答える。彼はいつものように肩をすくめて性悪く笑う。
 
 長い髪を緩く結んだ男。
 黒いサングラスを外すと、ヘテロクロミアが暗闇に浮かび上がる。
「久遠」
 その碧い右目と名前。それ以外の、彼の存在証明を私は知らない。
 

 記憶は振り下ろされた一太刀から始まる。
 今のように、闇色の中に瞬く真白い一閃。自分の手に握られた白い白い煌き。
 その記憶が本当に私の始まりなのかどうか、知る術はどこにも存在しない。
 ぼんやりと霞の中にいるような。辛うじて過ぎる、セーラー服に身を包んで太陽の下を歩いた記憶も、森の奥で鷺を追いかけた記憶も、結局はただの幻惑かもしれない。
 
 世界は知らないことばかりだ。その無数のものに埋もれて、私個人さえも分からないことが些細なものに思える。
 
 
 私が今、確かに得られるその現実は、
 影に歪む夜の渾沌と、傍らで微笑む白い男と、
 そして、この手に携えた一振りの日本刀。
 
 
 全ては闇と光。闇の中で光が生まれ、光の中で闇が息を吹き返す。
 その秩序を乱してしまわぬように、私は闇の中で光を振るう。
 ゆえにある者は私を天使と呼び、ある者は私を死神と畏れる。
 私と同じで、その正体を知らないまま、一方的に空想を築き上げる。
 
 闇は魔物だ。夜に蠢くものは闇。
 人の精神(ココロ)を喰むのが魔物。
 ではその闇を葬る私は何者なのだろう。
 
「じゃあ戻ろうか。唯」

 『ユイ』。それが今の自分を表す記号。
 時折彼が皮肉を込めて呼ぶ通り名ではなく。
 誰かが授けてくれた、私が私であり続けるための免罪符。
 
 刀を鞘に戻した。
 またどこかで闇が啼いた。
 彼が頷く前に、私が動く。
 ころころと鳴るのは、柄に下げた魔除けの鈴の音。
 
 
「まだ、夜は長いのよ」
 
 
 夜に蠢くものは闇。
 私自身が闇でないと、一体誰が証明してくれるのだろう。

END.

拍手[0回]

「うあー、寒っ」
 トワちゃんが身震いすると、白い息が空中に広がった。
 しきりに手を擦り合わせながら、不思議そうに私を見る。
「あんたはよくマフラーしなくて済むね」
「首は平気だもん。手も大丈夫だし」
 微笑むと、あたしはダメ、と彼女が首を振る。
「暑いのも嫌だけど、寒いのはもっとダメ。このままじゃ冬眠しちゃうって」
 手も冷え性だしさ、と、からから笑う。
 
 空はどんより曇っていた。
 今にも降り出しそうな空模様。もしかしたら、雪ぐらい降るかもしれない。
 
「じゃ、悠紀は寒いの全然大丈夫なんだ?」
 名前もユキだしさぁ、と冗談も付け加える。余裕あるなぁ。
「そんなことないよ。苦手なとこ、あるし」
 
 溜め息のように、大きく息を吐く。真っ白な生きる証が、空に溶けて消えた。
 
 駅前通りまでやってくると、彼女は私とは逆方向の信号に向かった。
「じゃあ、あたしバイトだから。このまま行くね」
「うん、また明日」
「風邪引くなよー?」
 笑いながら、片手を挙げて去っていく。
 
 神崎遠子は今日も元気だった。
 いったい、どっちが本当に冬に強いのか。
 
 残された私は、とぼとぼ家路につく。
 

 冷たい冷たい、風が吹いた。
 口を固く結び直した。ぴり、と唇に痛みが走る。
 
 ああ、またやっちゃった。
 
 口だけは、だめなんだ。カサカサになってしまって、すぐ血が滲む。痛い。
 息をしたくない。喋りたくない。口を、開けたくなくなる。
 
 冷たい空気を吸おうとすると、喉が詰まる。身体の中から冷えていって、息をすることさえ止めようかと思う程に寒い。体は鉛が押し込まれたように重くて。
 
 この唇と同様にささくれて行くのは、心。
 
 寒くなるとそう。
 他愛ない話で笑えない。感情が消える。表情が薄らぐ。受け答えすることが、他人と関わることが億劫で。
 だからいつも、必死になって喋る。言葉を捜して、沈黙を埋めようと。
 でもいつも途中で諦めてしまうの。
 だって、それは凍て付くような冬の気温だから。
 
 けれど。彼女と一緒の時は別。
 トワちゃんは太陽で、私は冬の木。いつだって私はあの子から温かさを貰う。
 そうすると、こんな凍える季節でも、もう少しだけ頑張れる気がした。
 
 私はポケットの中を探った。
 おかしいな。いつも入れているあれが、今日は入っていない。
 どこかに置き忘れたかな。それとも、落としてしまったのだろうか。どうしていつもなくしちゃうんだろう?
 

 だから今日は、コンビニに寄り道。
 自動ドアの向こうの、ふわりと温かいその場所で、
 買ったばかりのリップエッセンス。
 グロスにもなるという程のとろとろしたその液体。これなら、きっと裂けた唇を守ってくれる。

 キャップをあけると、ほんのりグレープフルーツの香りがした。 
 まるでトワちゃんみたいだった。
 
 唇にあててするりとなぞる。薄く伸ばして、厚く重ねて。
 途端に凍て付いた鉛が消えるのだ。
 
「これで、よし」
 
 うん。寒いけど、もう少しだけ頑張ろう。
 
Fin.

拍手[0回]

Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]