むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
こんな店があったなんて。
良く通る道なのに、存在すら気付いていなかった。
元々不思議な街だとは思っていた。受け入れてはくれるのに、全てを教えてはくれない、そんな雰囲気のある土地。もしかしたら僕の知らないものが、まだこの街には溢れているのかもしれない。
そして、それより驚いたのは、この店を埋め尽くすもの。
僕が目を奪われていたもの。
それは、両の壁際に飾られている、沢山の鳥籠。
床から積み重ねられ、天井からも所狭しと吊るされている、大きさも形も様々な鳥籠の数。その中に大人しくしている、様々な種類の鳥達。
それなのに、店の中は驚くほどに静かで。
一通り店を見渡してから、ふいに店主を振り返る。彼は変わらずにカウンターの横に居た。
「あの…初めてお会いしますか?」
「さて、どうだろうね」
そう言うと彼は、複雑そうに笑った。
「ここは、鳥屋なんですか」
「そう。小さな鳥だけを扱う小さな店だ」
店の中には僕と店主の声だけが響いた。こんなに鳥が居るのに、彼らは一声も鳴かなかった。見られている訳でもないのに視線を感じる。まるで僕のことを警戒しているようにも思えた。
鸚鵡、鸚哥、雲雀、不如帰、鶯、金糸雀。雀や鳩までもが止まり木で羽を休めている。
そしてどれもが、彼の言う通り小さいものばかり。
「けれど、ただの鳥ではない。――君、名前は?」
「梨生、です」
「そう。では梨生。ここに居る鳥たちがどんなものか、君には分かるかな」
「…いえ。分かりません」
僕は少しだけ考えてから、すぐに首を振った。
良く通る道なのに、存在すら気付いていなかった。
元々不思議な街だとは思っていた。受け入れてはくれるのに、全てを教えてはくれない、そんな雰囲気のある土地。もしかしたら僕の知らないものが、まだこの街には溢れているのかもしれない。
そして、それより驚いたのは、この店を埋め尽くすもの。
僕が目を奪われていたもの。
それは、両の壁際に飾られている、沢山の鳥籠。
床から積み重ねられ、天井からも所狭しと吊るされている、大きさも形も様々な鳥籠の数。その中に大人しくしている、様々な種類の鳥達。
それなのに、店の中は驚くほどに静かで。
一通り店を見渡してから、ふいに店主を振り返る。彼は変わらずにカウンターの横に居た。
「あの…初めてお会いしますか?」
「さて、どうだろうね」
そう言うと彼は、複雑そうに笑った。
「ここは、鳥屋なんですか」
「そう。小さな鳥だけを扱う小さな店だ」
店の中には僕と店主の声だけが響いた。こんなに鳥が居るのに、彼らは一声も鳴かなかった。見られている訳でもないのに視線を感じる。まるで僕のことを警戒しているようにも思えた。
鸚鵡、鸚哥、雲雀、不如帰、鶯、金糸雀。雀や鳩までもが止まり木で羽を休めている。
そしてどれもが、彼の言う通り小さいものばかり。
「けれど、ただの鳥ではない。――君、名前は?」
「梨生、です」
「そう。では梨生。ここに居る鳥たちがどんなものか、君には分かるかな」
「…いえ。分かりません」
僕は少しだけ考えてから、すぐに首を振った。
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その場所を訪れたのは、偶然のことだった。
数分前まで蒼天だった空が瞬く間に曇り出して、これは降るな、と思う間もなく冷たいものが頬に当たった。
今日は朝から天候が安定しない。どしゃ降りになったかと思うとすぐに晴れて、水溜りに鮮やかな青を映し出してばかりいた。
やっぱりさっきの店で傘を借りてくればよかったかと思いもしたけれど、どちらにせよもう遅い。ついにザアザアと音を立てるほどの天気になって、僕は慌てて辺りを見渡した。
大通りに向かうのにいつも横切る石畳の道。両側には煉瓦造りの建物が並んでいて。
定休日の雑貨屋、屋根の畳まれたカフェ。ぽつぽつとある店の、一番手近な軒先に駆け込む。
そこはショーウインドウのある、少々古めかしい店だった。
漆黒の木枠に金のドアノブ。ドアを挟むように大きな窓が二つ。硝子の中には空っぽの鳥籠が飾られている。扉越しでは店の中までは窺えなかった。骨董屋か何かだろうか、見上げた看板に文字はない。
僕はまるで吸い寄せられるようにして、その扉に手をかけていた。
カラン、カラン。
ベルの音が室内に木霊する。
裏通りらしい小さな店だった。大人一人が手を広げれば精一杯。その代わりに間取りは奥へ向けて縦に長い。見ると一番奥に木のカウンターがあって、そこに一人の青年が佇んでいた。
「いらっしゃい」
「あ…すみません」
僕は少し驚きながら、軽く頭を下げた。
おそらくこの店の店主なのだろう。彼は僕を見てかすかに微笑んだ。
「あの…雨宿りさせてもらっていいですか」
「ええ、勿論どうぞ」
静かな印象の人だった。黒のジーンズに薄色のワイシャツ。黒髪の間からは、更に深い色の瞳が覗いていた。
「随分降られたみたいだね」
店主はその場から動くことなく、僕に声をかけた。
僕は周りを眺めながら数歩、更に店の奥へと歩を進める。
数分前まで蒼天だった空が瞬く間に曇り出して、これは降るな、と思う間もなく冷たいものが頬に当たった。
今日は朝から天候が安定しない。どしゃ降りになったかと思うとすぐに晴れて、水溜りに鮮やかな青を映し出してばかりいた。
やっぱりさっきの店で傘を借りてくればよかったかと思いもしたけれど、どちらにせよもう遅い。ついにザアザアと音を立てるほどの天気になって、僕は慌てて辺りを見渡した。
大通りに向かうのにいつも横切る石畳の道。両側には煉瓦造りの建物が並んでいて。
定休日の雑貨屋、屋根の畳まれたカフェ。ぽつぽつとある店の、一番手近な軒先に駆け込む。
そこはショーウインドウのある、少々古めかしい店だった。
漆黒の木枠に金のドアノブ。ドアを挟むように大きな窓が二つ。硝子の中には空っぽの鳥籠が飾られている。扉越しでは店の中までは窺えなかった。骨董屋か何かだろうか、見上げた看板に文字はない。
僕はまるで吸い寄せられるようにして、その扉に手をかけていた。
カラン、カラン。
ベルの音が室内に木霊する。
裏通りらしい小さな店だった。大人一人が手を広げれば精一杯。その代わりに間取りは奥へ向けて縦に長い。見ると一番奥に木のカウンターがあって、そこに一人の青年が佇んでいた。
「いらっしゃい」
「あ…すみません」
僕は少し驚きながら、軽く頭を下げた。
おそらくこの店の店主なのだろう。彼は僕を見てかすかに微笑んだ。
「あの…雨宿りさせてもらっていいですか」
「ええ、勿論どうぞ」
静かな印象の人だった。黒のジーンズに薄色のワイシャツ。黒髪の間からは、更に深い色の瞳が覗いていた。
「随分降られたみたいだね」
店主はその場から動くことなく、僕に声をかけた。
僕は周りを眺めながら数歩、更に店の奥へと歩を進める。
そこには、目も覆いたくなるような惨状が待っていた。
力なく大地に横たわる、枯れきった英雄達。昨日とはあまりにも違うその容姿。
私は彼らと同じようにして、へなへなとその前に膝を落とした。
「信じられない…」
彼らの残骸を手にとる。くすんだ色の、見た目通りに乾いたカサカサの手触り。昨日まで、あんなに元気だったのに。
「…無理してでも、全部収穫するんだった…」
そう。昨日の昼間に見た時は、どれもこれも赤々とした実をつけていたのだ。
それが今日、今日こそ彼らを出荷しようと意気込んで、畑に出てきたらこの始末。
何がいけなかっただろう。水のやり過ぎ?日光が足りなかった?自分の心許無さを恨みながら、何より株ごと枯らしてしまったことを、ごめんねごめんねと謝る。
隣のトウモロコシに水をやりながら、宝石みたいだなとほくそ笑んだりしていたのに。
…とりあえず、全部カマで刈って、新しいものを植えないと。
私は膝についた土を払い落としてから、気を取り直して作業にかかった。
島で牧場を営むようになって、まだ月日が浅い。
ここに来る前は畑仕事の真似事くらいしかやったことがなくて、でも、自然に囲まれての生活に憧れて一念発起やってきたのだ。
失敗もまだ多いけれど、それでもあのときの選択が間違いでないと今でも思っている。
ざくざく、ざくざくと畑を平らにして、また新たな命を植える。
今度こそ、立派に育ててあげられますように。
「セシル!」
太陽が南天を越えて、それすら気がつかずに私は畑を整えていた。
声に呼ばれて振り返る。誰の声かなんて考える必要もない。
「仕事、行ってくる」
「もうそんな時間?」
声が届くように少し張りながら問い返す。彼が軽く頷いた。
「夕方には帰る」
それから、泥だらけになっている私を見て笑った。どこか呆れたように、可笑しそうに。
「昼飯食べてないだろう。テーブルに置いてあるから、あとでゆっくり食べろ」
「うん、ありがとう」
笑顔も口数も、最初に会った頃より格段に増えている。それが私の成したものだと思うと、どうしようもないくらい幸福な気分になれた。
深い紫色の瞳。アメジストのように穏やかで高貴で、そして愛しい色。
私は立ち上がって、大きく大きく手を振った。
「いってらっしゃい!」
遠目にも目を瞬いているのが見えた。少しだけ、その言葉に驚いたように。まだ、慣れていないのかもしれない。くすぐったいのかもしれなかった。
「――いってくる」
空が青い。
出掛けて行く後姿を見守りながら、やっぱりここに来たことは間違いじゃなかったと強く思った。
力なく大地に横たわる、枯れきった英雄達。昨日とはあまりにも違うその容姿。
私は彼らと同じようにして、へなへなとその前に膝を落とした。
「信じられない…」
彼らの残骸を手にとる。くすんだ色の、見た目通りに乾いたカサカサの手触り。昨日まで、あんなに元気だったのに。
「…無理してでも、全部収穫するんだった…」
そう。昨日の昼間に見た時は、どれもこれも赤々とした実をつけていたのだ。
それが今日、今日こそ彼らを出荷しようと意気込んで、畑に出てきたらこの始末。
何がいけなかっただろう。水のやり過ぎ?日光が足りなかった?自分の心許無さを恨みながら、何より株ごと枯らしてしまったことを、ごめんねごめんねと謝る。
隣のトウモロコシに水をやりながら、宝石みたいだなとほくそ笑んだりしていたのに。
…とりあえず、全部カマで刈って、新しいものを植えないと。
私は膝についた土を払い落としてから、気を取り直して作業にかかった。
島で牧場を営むようになって、まだ月日が浅い。
ここに来る前は畑仕事の真似事くらいしかやったことがなくて、でも、自然に囲まれての生活に憧れて一念発起やってきたのだ。
失敗もまだ多いけれど、それでもあのときの選択が間違いでないと今でも思っている。
ざくざく、ざくざくと畑を平らにして、また新たな命を植える。
今度こそ、立派に育ててあげられますように。
「セシル!」
太陽が南天を越えて、それすら気がつかずに私は畑を整えていた。
声に呼ばれて振り返る。誰の声かなんて考える必要もない。
「仕事、行ってくる」
「もうそんな時間?」
声が届くように少し張りながら問い返す。彼が軽く頷いた。
「夕方には帰る」
それから、泥だらけになっている私を見て笑った。どこか呆れたように、可笑しそうに。
「昼飯食べてないだろう。テーブルに置いてあるから、あとでゆっくり食べろ」
「うん、ありがとう」
笑顔も口数も、最初に会った頃より格段に増えている。それが私の成したものだと思うと、どうしようもないくらい幸福な気分になれた。
深い紫色の瞳。アメジストのように穏やかで高貴で、そして愛しい色。
私は立ち上がって、大きく大きく手を振った。
「いってらっしゃい!」
遠目にも目を瞬いているのが見えた。少しだけ、その言葉に驚いたように。まだ、慣れていないのかもしれない。くすぐったいのかもしれなかった。
「――いってくる」
空が青い。
出掛けて行く後姿を見守りながら、やっぱりここに来たことは間違いじゃなかったと強く思った。
End.
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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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