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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「うあー、寒っ」
 トワちゃんが身震いすると、白い息が空中に広がった。
 しきりに手を擦り合わせながら、不思議そうに私を見る。
「あんたはよくマフラーしなくて済むね」
「首は平気だもん。手も大丈夫だし」
 微笑むと、あたしはダメ、と彼女が首を振る。
「暑いのも嫌だけど、寒いのはもっとダメ。このままじゃ冬眠しちゃうって」
 手も冷え性だしさ、と、からから笑う。
 
 空はどんより曇っていた。
 今にも降り出しそうな空模様。もしかしたら、雪ぐらい降るかもしれない。
 
「じゃ、悠紀は寒いの全然大丈夫なんだ?」
 名前もユキだしさぁ、と冗談も付け加える。余裕あるなぁ。
「そんなことないよ。苦手なとこ、あるし」
 
 溜め息のように、大きく息を吐く。真っ白な生きる証が、空に溶けて消えた。
 
 駅前通りまでやってくると、彼女は私とは逆方向の信号に向かった。
「じゃあ、あたしバイトだから。このまま行くね」
「うん、また明日」
「風邪引くなよー?」
 笑いながら、片手を挙げて去っていく。
 
 神崎遠子は今日も元気だった。
 いったい、どっちが本当に冬に強いのか。
 
 残された私は、とぼとぼ家路につく。
 

 冷たい冷たい、風が吹いた。
 口を固く結び直した。ぴり、と唇に痛みが走る。
 
 ああ、またやっちゃった。
 
 口だけは、だめなんだ。カサカサになってしまって、すぐ血が滲む。痛い。
 息をしたくない。喋りたくない。口を、開けたくなくなる。
 
 冷たい空気を吸おうとすると、喉が詰まる。身体の中から冷えていって、息をすることさえ止めようかと思う程に寒い。体は鉛が押し込まれたように重くて。
 
 この唇と同様にささくれて行くのは、心。
 
 寒くなるとそう。
 他愛ない話で笑えない。感情が消える。表情が薄らぐ。受け答えすることが、他人と関わることが億劫で。
 だからいつも、必死になって喋る。言葉を捜して、沈黙を埋めようと。
 でもいつも途中で諦めてしまうの。
 だって、それは凍て付くような冬の気温だから。
 
 けれど。彼女と一緒の時は別。
 トワちゃんは太陽で、私は冬の木。いつだって私はあの子から温かさを貰う。
 そうすると、こんな凍える季節でも、もう少しだけ頑張れる気がした。
 
 私はポケットの中を探った。
 おかしいな。いつも入れているあれが、今日は入っていない。
 どこかに置き忘れたかな。それとも、落としてしまったのだろうか。どうしていつもなくしちゃうんだろう?
 

 だから今日は、コンビニに寄り道。
 自動ドアの向こうの、ふわりと温かいその場所で、
 買ったばかりのリップエッセンス。
 グロスにもなるという程のとろとろしたその液体。これなら、きっと裂けた唇を守ってくれる。

 キャップをあけると、ほんのりグレープフルーツの香りがした。 
 まるでトワちゃんみたいだった。
 
 唇にあててするりとなぞる。薄く伸ばして、厚く重ねて。
 途端に凍て付いた鉛が消えるのだ。
 
「これで、よし」
 
 うん。寒いけど、もう少しだけ頑張ろう。
 
Fin.

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詳しくはFirstを参照ください。
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