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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 長い長い夜の始まりは、長い長い夕暮れの時刻。
 長い長い影を引きずり、辿り着かない家へと急ぐ。


 ああ、もうこんな時間。
 夕飯前には、帰るって言ったのに。
「すっかり遅く…」
 
 夕方は嫌だ。
 橙に染まった景色が、まるで馴染みのないどこかの街に挿げ替えられた気がする。
 知っている筈の、知らない街。
 増して、こんなに静謐で。
 誰とも出会わない不思議。最初から誰もいないのじゃないかと、錯覚するような。
 
 早足で急ぐ舗装道。昼間の余熱が、ぼんやりした空気を作る。じわりと熱い風が街路樹をさわさわと揺らした。
 カナカナカナ、
 ヒグラシの声が、遠くで響いていた。
 
「おそく…」

 独り言で自分を紛らわせながら歩く、細い道の最中。私はふと立ち止まった。
 擦れ違うひとけすらない十字路の先に、誰かが佇んでいる。
 

「…誰…?」

 黒い髪、黒いワンピース。手には、柄の長い竹箒。何故かぴくりとも動かない影のように。
 不思議に思いながら、速度は落とさずに近付いていった。
 
 その人影まで、あと数メートル。歩く速度を遅めた。
 

 そして、はっと息を呑む。
 橙色の中で、目を疑う。
 
 箒じゃ、ない。

 かしゃり。
 金属の擦れる音。
 あの、冷たく光るものは何だろう。鋭く研ぎ澄まされた、人の首くらい簡単に落としてしまえそうな、大きな刃は。
 そしてその表面を覆う、ぬらぬらした赤黒いものは。
 
 
 かしゃり。
 ぽた、り。

 あれは、あの粘り気を含んだ液体は。
 夕陽に照らされて赤い色をした。いや、もしや。もともと、あんなに赤い。
 まさか、そんなはずない。
 まさかね、まさか。
 そんなはずない。

 寒気を感じながら、足早にその横を通り過ぎる。
 するとその時。擦れ違う、その時。

 
「夕方が怖いか?」

 
 黒い人影が、口を聞いた。
 男とも、女とも思えない口調。大人とも子供ともつかない声。

 足は一瞬にして、地面に縫い付けられた。
 振り返ることが出来なかった。
 
 嫌な汗が背筋を伝う。
 
 もう一度、声が聞こえた。


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 長いローブを着たその様子は、魔法使いのように見えました。そしてさらにその姿にぴったりの、ふしのついた白い木の杖で土を叩きました。
 シャン、シャン、と、杖の飾りについた、澄んだ鈴の音がします。
 その音はあちらこちらで木霊して、遠くまで響いていきました。

 それを黙って聞いていたローリエさんは、木霊が聞こえなくなるのを待って頷きました。


「ああ、流れているね。それは川を下り、森をも抜けた。そして海に。川を出た水は波の流れに乗って、入り江にたどり着く。探し物はそこで見つかるだろう」


「ありがとうございます」

 セシルはまた、深く深く会釈をしました。
 ローリエさんはふわりと微笑んで、

「礼には及ぶことではないよ。どれ、森の外まで送ろう」

 ローリエさんは私たちの前に立って、深い森を進んでいきました。

 彼が歩くと、うっそうとした森の中に、月の光に照らされた道が出来ました。
 まるで、森の木々達が月の光を招き入れているようでした。


 いくらも歩かないうちに、私たちは森を抜けることができました。


「二人とも、気をつけていきなさい」
 ローリエさんは森の出口まで来ると、私たちに手を振って見送ってくれました。

 今夜は不思議なことばかり起こります。
 それとも夜の世界とはこういうものなのかしら。



「さっきの人は?あのひとも竜?」

「いや。あれは森の精霊だ。もっとも、竜も霊のようなものだけどね」

 セシルは少し難しそうなことを言いました。
 私にはよく分からなかったけれど。

 聞きたいことは山積みでした。
 どうしてセシルは竜や精霊を知っているのだろう?
 まるで、昼間に聞いた物語のようだわ。

「さあ、次は海だ。少し急がないと。もうじき夜が明ける」

≪Back Next≫

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 私達は少年にお礼を言い、その場を後にしました。
 山の斜面を下りながら、私はそっとセシルに尋ねてみます。

「ねえ、さっきのひと、誰なの? どうして私の名前を知っていたの?」

「人じゃないよ。竜だ」
 セシルは急に、とんでもない事を言い出しました。

「竜? あの、おとぎ話に出てくる?」
「そう。彼は何百年も前から山に住んでいて、君たちの町を見守っているんだよ」

 思わず振り返ったけれど、もう少年の姿はありませんでした。ただ、月影の落ちる草原が広がっているだけ。茂った草が、夜風に吹かれてそよぐだけでした。

「信じられない?」

「そうじゃないけど…」

 私にはクインスという少年は人間にしか見えませんでした。
 確かに、なんとなく町の人とは違う雰囲気を持ったひとだなとは思ったけれど。

「いいんだ。今日は満月の夜だからね」

 私は納得できないままセシルの後をついていきました。

 それにしても、どうしてセシルは竜と知り合いなのだろう? 
 もしかしたら、またセシルの作り話なのかもしれない。
 彼は旅の絵描きだもの。私よりずっと多くのおとぎ話をしっているはずだわ。

 しかし私にはこれから先、どうしても納得しなければいけない出来事が待っていたのです。





「さあ、次は森だ。森の知恵に会いにいかなければ」

 私達は竜の言葉通り小川に沿って山を下りました。
 もしかしたら川のどこかに小瓶が引っかかっていないかと探しながら歩きましたが、そんな形跡はどこにも見当たりませんでした。

 川は森の中へ続いていました。そのまま小川に沿って森の中へ入っていきました。満月の光が当たる草原とは違って、森の中はうす暗く、そして少しだけ心細くなります。

「もう戻るかい?」

 セシルはそんな意地悪な事を言ってきたけれど、私は聞えないふりをしました。


 樹の間を歩いていくと、突然、森の中の開けた所に出ました。
 そこは地面がならされたように平らで、丸く切り取って広場にしたみたいでした。森の中なのに夜空が見えています。
 そして、その広場の真ん中に、一本の大きくて古い木が生えていました。
 森の他の木がその木のために場所を空けているみたい。私はぼんやりとそんなことを考えました。

 大きな木のそばで、今度は歳をとった男の人が待っていました。
 草原で出逢ったクインスと同様に、町では見覚えの無い人でした。

「こんばんは、ローリエ。お邪魔しています」
「よく来たね、セシルにアリシア。来ると分かっていたよ」
 そのおじいさんもまた、私のことを知っていました。

「あまり時間がないようだな。では、早速本題に入ろうか」
 ローリエというらしいそのおじいさんは、月の傾き具合を見て言いました。

 どうやらおじいさんは何も言わなくても私たちが来た理由を知っているようでした。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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