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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 駅前通りには、そこから5分もしないうちに着いた。 
 土曜の駅前はさすが人が多い。サクラの反応も既に薄れ、再びカナリアの肩へと戻ってしまった。 

 見渡す限り、白のマフラーも灰色の人影も見当たらない。 

「…擦れ違い、みたいね」 

 呼吸を整える私の傍らで、カナリアは冷静だった。息一つ乱していない状態で、観念したように呟く。 
「やっと追いついたと思ったのに…ダメかぁ」 

 もう手がかりは残っていない。それらしい場所も全て見て回ったはず。 

「あとはどうする? カナリア」 
「そうね…もう一度条件を整理してみましょう」 
 ベンチを見つけて座り込むと、カナリアも横で腕組みをする。 
「『冬』が行きそうな場所は、気温の低いところ…冷房のきいた場所か、地面から少しでも離れた場所」 
「それから、人の気配の少ないところね」 

 色々回って分かってきたのは、どこもひとけが多く騒々しいということだった。そして、冬はそんな場所には長居しない。唯一ひとけの無かった電波塔は、最も冬の気配が残った場所だったと、カナリアは言った。 
 暫く沈黙が続く。 
 寒い場所。ひとけの無い場所。この二つの条件を満たす場所は見当たらない。 


 ふとカナリアが呟いた。 
「教会は無いの?」 
「教会?」 

 こくりと空色の髪が頷く。 
「無駄にニンゲンの居ない場所。あとはそうね、灯台とか」 
 私は首を横に振る。 
「あるにはあるけど、今日は多分バザーをやってる。さっき張り紙を見たもの。灯台は、海辺じゃないから無いよ」 
 少女は再び黙ってしまった。 
 そうして、肩のサクラの羽を撫でる。空の気配を探させるみたいだ。 

 その横で、私は考えていた。 

 冬の居そうな場所。 
 気温の低い、冷房か…高台にある場所で、土曜日でもひとけの無い場所。 
 ふと顔をあげる。 
 そういえば、さっきまで人がたくさんいて、きっと今は誰もいない場所がひとつ頭を掠めた。 
 サクラが駅前通りの先を見た。ここからじゃ建物に邪魔されて見えないけど、その向こうにはあの場所がある。 

 そうか。あの場所も高台にあった。 
 いつもバスで坂道を登っていくじゃない。 
 それに、智美も梨紗も帰宅途中だった。今はほとんどその場所に残っている人はいないはずだ。 


「わかった。あそこだ」 
 私はゆっくりと立ち上がった。怪訝そうにカナリアが見上げてくる。 

「ガッコウ」 

 ぽつりと呟いた単語に、少女も顔色を改めた。 
「もう部活も終わってる。下校時間は過ぎてる。冬はあそこにいるよ」 
 真っ直ぐに人指し指を向ける。ここからは見えるはずないその場所を見据えて。 

「高台の上にある、私の高校」 

 サクラがちょうど、その方角を見て鳴き声をあげた。 

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「あ、やっぱり結衣だぁ」 
 そこに立っていたのは、制服姿の友人が二人。毎日一緒にお昼を食べる顔だった。 

「梨紗、智美? どうして?」 
「部活の帰り。そしたらちょうど梨紗と会ってさ」 
「じゃあ結衣も呼ぼってことになったのに。連絡取れないと思ったらこんなとこにいたのね」 
 二人共、通りの方から私を見つけて声をかけてくれたらしい。 
 慌ててケータイを取り出すと、確かにメールが二件、着信は三件入っていた。どれも相手は智美と梨紗。どうも、冬探しに懸命で気がつかなかったみたいだ。 

「ところで、その子は? 妹…じゃないよな。外人さんぽいし」 
 智美が私の前に座る少女を見て尋ねる。 

「えっと…その、彼女は」 
 どう答えればいいか迷って、ついカナリアのほうに視線をやる。すると、彼女が代わって口を開いた。 

「カナリアよ」 

 簡潔。なんて彼女らしい。ケーキで機嫌が良いカナリアは可愛い顔に似合う微笑を友人達に向けた。 
 梨紗が微笑み返す。 
「へえ、カナリアちゃんかぁ。はじめまして。なるほど、瞳も綺麗なカナリア色ね」 
「カナリア色?」 
「そうだよ。こんな青みを帯びた黄色をカナリア色っていうの」 
 ああ、そういう意味で『カナリア』だったのか。梨紗はよく色の名前が分かるなぁ。さすが美術部。 


 結局『最近知り合った友達』という適当な肩書きを捏造した。 
「髪の色も不思議ね。とても素敵」 
「ありがとう」 
 カナリアは完璧な笑顔で会釈を返した。『不思議』という言葉をちゃんと褒め言葉にとったらしい。 
 まぁ、梨紗のことだから勿論皮肉で言ったことじゃないけれど。 
「不思議って言えばね、さっき駅前の通りで不思議な格好の人を見たのよ」 
 何か思うものがあったようで、ふいに梨紗が切り出した。 
「不思議?」 
 いったいどういう風に『不思議』だったんだろう。私はよく考えずに復唱する。 
「そ。灰色の髪に、灰色の上下でね」 
 灰色の髪。灰色の上下。 
 どこかで聞き覚えのある特徴のような。どこ…だったかな。 
 次の言葉が核心をつく。 


「それから、もう夏も近いって言うのに、真っ白な毛糸のマフラー巻いてるのよ」 


 私とカナリアは勢いに任せて立ち上がった。 
 カナリアに視線を投げる。彼女も同時に私に目を向けた。 


「間違いないわね」 

「だよね」 


「ゆ、結衣??」 
 突然のことに友人二人は目を丸くした。それも仕方がない。今まで笑顔だった私達が突然緊迫した雰囲気を作ったのだから、何事かと思っただろう。 

 やっと、見つけた。 

 私は友人達にフォローの笑顔を向けた。 
「ゴメン、急いでるの、そろそろ行くね。あ、これ立て替えといてくれる? ちゃんと返すから」 
 ついでに伝票を智美に持たせて、テラスの生垣を分けて通りに飛び出した。風の如くカナリアが走り、サクラが先導するように羽ばたいた。 


「え? え? 立て替えるって、あたしあまりお金持ってないぞ!!」 
 背後から智美の声が追ってきて、私は肩越しに手を振った。 


「また月曜に!」 

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 歩き疲れた私の目は一軒のカフェを捉えた。その一瞬にして、意識はカフェに奪われていた。時計はもう2時を指している。お昼を食べた記憶はないけど、よく今まで歩けたものだ。 
「ねぇ、ちょっと休憩してもいい? 私、お腹すいちゃって」 
 早く冬を見つけなきゃいけないけど、さすがに空腹と疲労が限界に来ていた。 


「カナリアは食事を摂ったりするの?」 

 二人(と一羽)でテーブル席に通されて、メニューを眺める。 
 本当は入店の際にカナリアの肩の上を注意されるかとびくびくしたけれど、驚いたことに何も言われなかった。他の人間には見えないのだろうか。それとも、ここがテラス席だからなのか。 

「食べることも出来るけど、必要がないからしないわ。わたしたちは太陽の光から力を貰うの」 
 まるで光合成だ。葉緑体はなさそうだけど。 
 カナリアは物珍しそうに店内(外だけど)を見回していた。 
「だったら、一緒に何か頼んでみる? ケーキセットくらいならおごるよ」 

 ケーキと紅茶のセットを注文して、待つことしばし。なんとなく落ち着きのないカナリアをよそに、私達の目の前には苺のショートケーキが2つ並べられた。 

 ふわふわに泡立てられた生クリーム。その上にちょこんと乗せられた真紅の苺。断面にはぎっしりとフルーツが詰められていた。 
 カナリアは、ショートケーキを穴が開くほど見つめた。 

「どうかした?」 
 不安になって声をかけてみる。彼女の視線はケーキから離れない。 

「…これが、ケーキっていうのね」 
「うん。あ、食べるの初めて?」 
「話に聞いたことはあるわよ」 
 じゃあ、見るのは初めてって訳だ。 

 二人そろってケーキにフォークを入れる。ふんわりしたクリームが一端沈んで、切り取られると同時に再び起き上がる。シロップの染みこんだ、柔らかいスポンジ生地。それを口に運ぶ。 


「…う」 


 思わず絶句する。 

 甘い。甘かった。
 何がって、ケーキが。 

 生クリームってこんなに甘かったっけ。歩き疲れたからつい甘いものに目がいったけど、やっぱり私は甘いものが苦手だった。餡子は好きだけど。 
 もう一口食して、諦めて紅茶に口をつける。熱めの紅茶で、甘みにやられた舌と喉が回復する。ああ、とてもいい香り。ダージリンティーみたいだ。 

 こんなの食べさせてまずかったかな、と何気にカナリアに目をやる。
 すると、彼女はフォークを口にくわえたままで停止していた。目はまたもやケーキを凝視している。 

「か、カナリア…?」 
 そっと呼びかけると、カナリアはゆっくり私を見た。 

「これが…ケーキ?」 
 なんだか神妙な顔つき。 
「ごめんね、無理だったら残してもいいよ?」 
「凄く…美味しい」 
「うん、だから、って…え?」 
 改めてその表情を見ると、きらきらした笑みを浮かべていた。金色に近い瞳が眩しい。 
「ニンゲンが食事をする理由が分かったわ。こんな美味しいものをいつも食べられるなら、飽きずに食事を摂ることも頷けるわね」 
 というか、いつもケーキじゃないんだけど。それに勿論食事は栄養摂取が大前提であって… 
 そう訂正しようと思ったけれど、どうも彼女は既にショートケーキのとりこらしかった。感動の瞳でケーキを眺め、休む間もなく口に入れていく。ああ、幸せそうだ。まるで人間の女の子と同じリ反応。それを見ているだけで、もう口の中が甘くってたまらない。私は紅茶のおかわりを注文するハメになった。 

 よかったら私のも食べて、と食べかけのケーキを勧める。それが皿の上から消えるまでには、おそらく数分も掛からなかっただろう。 


「結衣?」 

 彼女の食べっぷりを眺めていると、後ろから誰かが私を呼んだ。 

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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