むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
導かれてやってきたのは、また繁華街だった。
大通りを横切って、普段入らないような細い道を進む。
「こっちよ」
カナリアの声にしたがって更に歩く。すると彼女はあるところまで来て、ピタリと足をとめた。
ビルとビルの狭間だった。人ひとりがやっと通れるような細い道を示す。
「ここを通るの?」
日光が射し込まないほど狭い路地は、明らかに日常的に人が通る道ではなさそうだった。
しかし少女はその路地へ足を踏み入れる。
すると、どうだろう。
カナリアの一歩目が、空中を捉えた。
まるで、そこに階段でもあるかのように、何も無い空中に片足を置いた。
そしてもう一歩。それでも先に置いたほうの足は空中に浮いたままだ。しっかりと足場があるような、安定した足もと。
今や彼女は完全に空中に浮いていた。
「何してるの?」
カナリアは私に手を差し伸べた。
何してるの、って言われても。
私こそ聞きたい。何してるの? というか、どうなってるの?
「ほら、早く」
意を決してその手を取る。そして導かれるままに、何も無い空間に足をのせた。同じようにして私の身体も地面から離れた。
足の下は固い。まるで、すごく透明で頑丈なガラスの階段を昇っているようだった。
カナリアの手を握ったまま一歩一歩と見えない階段を昇る。
段々と地面から遠ざかり、気付けばビルの高さも越えていた。サクラが先導するように空中で羽ばたいている。
「落ちたり、しない?」
「大丈夫よ」
そりゃあ、カナリアは大丈夫かもしれない。元々空のひとなんだから。
でも私は生粋の地上で暮らす人間だ。生身で空を飛んだり、まして歩いたことなんてない。実を言うと、いまだに飛行機でさえ空を飛んだことはない。
思わず足もとを見る。足がすくみそうだ。踏み外して落ちることがあったら、無事では済まない気がする。
私は正面の、サクラが飛んでいる方を目で追うことにした。
次第に慣れてきた私は、カナリアに手を離してもらって一人で階段を昇った。
うっかり下さえ見なければ結構楽しい。こんなに間近で空の青を見るなんて、そうそうない。
カナリアが言うには、空に人間を連れてくることは滅多にないのだという。
「じゃあ、もし破片が地上に落ちて、他の人間が私みたいに拾った場合はどうするの?」
「普通は人間が破片を識別するなんて無いの。道端に落ちていても気付かない。サキはどうしてかしらね」
確かに不思議な話ではある。
この破片を拾った道は、人通りも結構ある場所だった。それでも拾われずに残っていたのは、ただ単に他の人がいぶかしんだだけだと思っていた。
「ねえサキ」
「前から言おうと思ってたんだけど、どうしてサキなの? もう慣れたからいいけどね」
私は感覚だけで階段を昇りながら尋ねた。空と地上では常識が違うことは理解し ていたけれど、どうもこれは違う気がする。
するとカナリアは不思議そうに首を傾げた。
「普通大事なのは中央じゃないの?」
中央? ああ、クレサキユイで、真ん中のサキってこと?
「ミドルネームじゃないんだから…普通は名前だよ。じゃなきゃ苗字」
すると彼女はまじまじと私の顔を見た。
「それ、本当?」
「え、うん。でもサキでいいよ。ニックネームっぽくていい」
彼女はみるみるうちに顔を赤らめた。そしてどこか遠くを見て、悔しそうに何かを呟いた。
「…また騙したわね…あのひと…」
「え?」
「何でもないわ。急ぐわよ、サキ」
そう言って、昇るスピードを速めた。あんまり離れられると、階段の幅が分からない。
「待ってよ!」
呼びかけても立ち止まりもしない。
もしかして、何か怒ってる? それとも、恥ずかしがってる?
理由は分からないけど、後者だったら可愛いなと思いながら慌ててその後を追った。
大通りを横切って、普段入らないような細い道を進む。
「こっちよ」
カナリアの声にしたがって更に歩く。すると彼女はあるところまで来て、ピタリと足をとめた。
ビルとビルの狭間だった。人ひとりがやっと通れるような細い道を示す。
「ここを通るの?」
日光が射し込まないほど狭い路地は、明らかに日常的に人が通る道ではなさそうだった。
しかし少女はその路地へ足を踏み入れる。
すると、どうだろう。
カナリアの一歩目が、空中を捉えた。
まるで、そこに階段でもあるかのように、何も無い空中に片足を置いた。
そしてもう一歩。それでも先に置いたほうの足は空中に浮いたままだ。しっかりと足場があるような、安定した足もと。
今や彼女は完全に空中に浮いていた。
「何してるの?」
カナリアは私に手を差し伸べた。
何してるの、って言われても。
私こそ聞きたい。何してるの? というか、どうなってるの?
「ほら、早く」
意を決してその手を取る。そして導かれるままに、何も無い空間に足をのせた。同じようにして私の身体も地面から離れた。
足の下は固い。まるで、すごく透明で頑丈なガラスの階段を昇っているようだった。
カナリアの手を握ったまま一歩一歩と見えない階段を昇る。
段々と地面から遠ざかり、気付けばビルの高さも越えていた。サクラが先導するように空中で羽ばたいている。
「落ちたり、しない?」
「大丈夫よ」
そりゃあ、カナリアは大丈夫かもしれない。元々空のひとなんだから。
でも私は生粋の地上で暮らす人間だ。生身で空を飛んだり、まして歩いたことなんてない。実を言うと、いまだに飛行機でさえ空を飛んだことはない。
思わず足もとを見る。足がすくみそうだ。踏み外して落ちることがあったら、無事では済まない気がする。
私は正面の、サクラが飛んでいる方を目で追うことにした。
次第に慣れてきた私は、カナリアに手を離してもらって一人で階段を昇った。
うっかり下さえ見なければ結構楽しい。こんなに間近で空の青を見るなんて、そうそうない。
カナリアが言うには、空に人間を連れてくることは滅多にないのだという。
「じゃあ、もし破片が地上に落ちて、他の人間が私みたいに拾った場合はどうするの?」
「普通は人間が破片を識別するなんて無いの。道端に落ちていても気付かない。サキはどうしてかしらね」
確かに不思議な話ではある。
この破片を拾った道は、人通りも結構ある場所だった。それでも拾われずに残っていたのは、ただ単に他の人がいぶかしんだだけだと思っていた。
「ねえサキ」
「前から言おうと思ってたんだけど、どうしてサキなの? もう慣れたからいいけどね」
私は感覚だけで階段を昇りながら尋ねた。空と地上では常識が違うことは理解し ていたけれど、どうもこれは違う気がする。
するとカナリアは不思議そうに首を傾げた。
「普通大事なのは中央じゃないの?」
中央? ああ、クレサキユイで、真ん中のサキってこと?
「ミドルネームじゃないんだから…普通は名前だよ。じゃなきゃ苗字」
すると彼女はまじまじと私の顔を見た。
「それ、本当?」
「え、うん。でもサキでいいよ。ニックネームっぽくていい」
彼女はみるみるうちに顔を赤らめた。そしてどこか遠くを見て、悔しそうに何かを呟いた。
「…また騙したわね…あのひと…」
「え?」
「何でもないわ。急ぐわよ、サキ」
そう言って、昇るスピードを速めた。あんまり離れられると、階段の幅が分からない。
「待ってよ!」
呼びかけても立ち止まりもしない。
もしかして、何か怒ってる? それとも、恥ずかしがってる?
理由は分からないけど、後者だったら可愛いなと思いながら慌ててその後を追った。
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「終わ、った」
元に戻った屋上で、私は思わずその場に座り込んだ。
「お疲れ様」
カナリアが労いの言葉をくれた。私は空を見上げる。
真っ青な空が、夏も目前の空が視界いっぱいに広がる。真っ白な雲がゆっくりとその中を流れていた。
「綺麗な空だね」
さっきまでの寒さはもう跡形もない。傍らからサクラが空に飛び立った。冬の寒さから解放されたことを喜んでいるように見えた。空のどこかで、鳥がさえずる声がした。
「ごめんね、カナリアも」
そう口にしてから、思い直して首を振る。
「きっと、謝って済む問題じゃないよね」
「何が、かしらね?」
そう言って苦笑した。優しい微笑みだった。私はそこでやっと気がついた。
ああ、そうか。
カナリアは最初から私を責めたりしなかった。私が人間であっても。自然を虐げてきた、存在であっても。
少しの間空を見上げて、またすぐに立ち上がる。
「さて、行こうか、カナリア。休んでる暇なんてない」
驚いたように首を傾げる彼女。私は手の中のピースを掲げて見せた。
「破片、空に返すんでしょう?」
「あなたが嫌なら、正式な所有権放棄も考えていたのよ」
感心した口ぶりのカナリア。確かにここに来るまでの私は積極性に欠けていたと思う。でもそれは、実感がなかったからに過ぎない。
「行くよ。私が返しにいく」
今は違う。この手にあるピースだって、空の破片だということを心の真ん中から理解してる。そして、どれだけ大切なものかも。
ビンのフタを回して開ける。手を開いてビンをさかさにすると、手のひらにコロンとピースが飛び出した。
それを、壊してしまわないように大切に握って。
「そうね、行きましょうか」
カナリアが手を上げると、サクラが彼女の元に戻ってきた。
再び肩にハトを乗せて、私を振り返る。
「空へ」
そう。まだやることは、残ってるんだから。
元に戻った屋上で、私は思わずその場に座り込んだ。
「お疲れ様」
カナリアが労いの言葉をくれた。私は空を見上げる。
真っ青な空が、夏も目前の空が視界いっぱいに広がる。真っ白な雲がゆっくりとその中を流れていた。
「綺麗な空だね」
さっきまでの寒さはもう跡形もない。傍らからサクラが空に飛び立った。冬の寒さから解放されたことを喜んでいるように見えた。空のどこかで、鳥がさえずる声がした。
「ごめんね、カナリアも」
そう口にしてから、思い直して首を振る。
「きっと、謝って済む問題じゃないよね」
「何が、かしらね?」
そう言って苦笑した。優しい微笑みだった。私はそこでやっと気がついた。
ああ、そうか。
カナリアは最初から私を責めたりしなかった。私が人間であっても。自然を虐げてきた、存在であっても。
少しの間空を見上げて、またすぐに立ち上がる。
「さて、行こうか、カナリア。休んでる暇なんてない」
驚いたように首を傾げる彼女。私は手の中のピースを掲げて見せた。
「破片、空に返すんでしょう?」
「あなたが嫌なら、正式な所有権放棄も考えていたのよ」
感心した口ぶりのカナリア。確かにここに来るまでの私は積極性に欠けていたと思う。でもそれは、実感がなかったからに過ぎない。
「行くよ。私が返しにいく」
今は違う。この手にあるピースだって、空の破片だということを心の真ん中から理解してる。そして、どれだけ大切なものかも。
ビンのフタを回して開ける。手を開いてビンをさかさにすると、手のひらにコロンとピースが飛び出した。
それを、壊してしまわないように大切に握って。
「そうね、行きましょうか」
カナリアが手を上げると、サクラが彼女の元に戻ってきた。
再び肩にハトを乗せて、私を振り返る。
「空へ」
そう。まだやることは、残ってるんだから。
「返、す…?」
冬が、小さく呟いた。
曇が切れて、かすかに晴れ間が覗いた。
「私は、間違っていたのか?」
「あまり賢明とは言えなかったわね」
冬は観念したように、自嘲めいた笑みを浮かべた。
僅かだった晴れ間が空一面に広がって、日光が当たった場所から氷が消えていく。もう、吐く息も白くなかった。
「君の言うとおりだ。私は本当に頭が固いな。他の可能性を考えることが出来なかった」
「じゃあ…」
ふいに目の前に見覚えあるガラスビンが差し出された。冬に渡したときと何ら変わらない、空色のパズルが入ったビン。
「貴女から騙し取った破片だ。お返しするよ」
彼は穏やかに笑った。私も微笑を返す。でも、内心では泣きたくて仕方なかった。
差し出されたそのビンを慎重に受け取った。自然から人間に託された、大切な破片。
「ごめんなさい」
私は思わず謝った。彼を追い詰めたのは私達のせいでもあるのだから。
優しい銀色の瞳が私を見つめた。
「さて…カナリア、だったかな。私はどうなる」
イヴェールが空色の少女を振り返った。
「あなたの処分は言いつかってきたわ」
処分。そういえば彼女が言っていた。冬の居場所と処分を議論してきた、と。
カナリアが改めて口を開く。冬はその言葉の続きを黙って待っていた。
「あなたは、今冬まで大人しく待機。そして今年はいつもより冬が長くなる予定だから、しっかり調節しておくように。以上」
…え?
「それだけか?」
イヴェールも驚いたように少女に尋ねた。
「そうよ。ただし、今年の職務を疎かにした場合、来年の春の職務を手伝うことになるから覚悟してね」
悪戯っぽく微笑む空の少女。それを聞いて、冬の民もまた苦笑した。
「…心得た」
「それから…この世界も手遅れじゃないわ」
「そう、だろうか」
「ええ。それに、他にもわたしたちに出来ることはある」
イヴェールは頷くと、ふわりと宙に身体を浮かべた。
「あの、私」
去ろうとするその姿を、思わず呼び止める。彼は不思議そうに私を見た。
「冬も好きだから、今年も頑張ってね」
彼はただ微笑んだ。
次第に足先から色が抜け始める。まるで、空に溶けるように。
「では、また冬に逢おう」
冬は最後にそう言葉を残して、春の世界を去った。
冬が、小さく呟いた。
曇が切れて、かすかに晴れ間が覗いた。
「私は、間違っていたのか?」
「あまり賢明とは言えなかったわね」
冬は観念したように、自嘲めいた笑みを浮かべた。
僅かだった晴れ間が空一面に広がって、日光が当たった場所から氷が消えていく。もう、吐く息も白くなかった。
「君の言うとおりだ。私は本当に頭が固いな。他の可能性を考えることが出来なかった」
「じゃあ…」
ふいに目の前に見覚えあるガラスビンが差し出された。冬に渡したときと何ら変わらない、空色のパズルが入ったビン。
「貴女から騙し取った破片だ。お返しするよ」
彼は穏やかに笑った。私も微笑を返す。でも、内心では泣きたくて仕方なかった。
差し出されたそのビンを慎重に受け取った。自然から人間に託された、大切な破片。
「ごめんなさい」
私は思わず謝った。彼を追い詰めたのは私達のせいでもあるのだから。
優しい銀色の瞳が私を見つめた。
「さて…カナリア、だったかな。私はどうなる」
イヴェールが空色の少女を振り返った。
「あなたの処分は言いつかってきたわ」
処分。そういえば彼女が言っていた。冬の居場所と処分を議論してきた、と。
カナリアが改めて口を開く。冬はその言葉の続きを黙って待っていた。
「あなたは、今冬まで大人しく待機。そして今年はいつもより冬が長くなる予定だから、しっかり調節しておくように。以上」
…え?
「それだけか?」
イヴェールも驚いたように少女に尋ねた。
「そうよ。ただし、今年の職務を疎かにした場合、来年の春の職務を手伝うことになるから覚悟してね」
悪戯っぽく微笑む空の少女。それを聞いて、冬の民もまた苦笑した。
「…心得た」
「それから…この世界も手遅れじゃないわ」
「そう、だろうか」
「ええ。それに、他にもわたしたちに出来ることはある」
イヴェールは頷くと、ふわりと宙に身体を浮かべた。
「あの、私」
去ろうとするその姿を、思わず呼び止める。彼は不思議そうに私を見た。
「冬も好きだから、今年も頑張ってね」
彼はただ微笑んだ。
次第に足先から色が抜け始める。まるで、空に溶けるように。
「では、また冬に逢おう」
冬は最後にそう言葉を残して、春の世界を去った。
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冬に包まれる季節。
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