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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 今、誰か呼んだ? 
 きょろきょろと見回すと、一番奥の扉が目に入った。すると、再び私を呼ぶ誰かの声。 

“結衣。暮崎結衣。君が、破片を拾ったのだね” 

 今度ははっきり聞えた。その扉の向こうからだ。 
 男性とも女性ともつかない中性的な声色だった。心に直接響くような声。決して大声ではないのに、聞き落とすことのない音質。 
「あ――そうです!」 
 私は返答をした。そうして、引き寄せられるようにその扉の前へと向かう。 
 すると声は、安堵したような響きを私に届けた。 

“そうか。拾ったのが君で良かった。君は空が好きなのだね” 

「…はい!」 
 私は扉の向こうに頷いた。 

 そう。私は空が好きだった。 
 朝起きればすぐ空を見上げて、通学のバスも空を見ながら揺られる。帰り道は夕陽を眺め、星空を見てからベッドに入る。 
 青空と、曇り空と、雨空と。朝陽も、夕焼けも、星空も好き。 

“君が空を愛するから、君には破片を拾うことが出来たんだ。 
 空を正面から見ている人間は、昔よりずっと少ない。 
 これからも、空を好きでいてくれるかい”
 

「もちろんです!」 
 私は勢いよく頷いた。そうしても、扉の向こうの誰かには見えるはずもないのに。 
 一体誰が向こうにいるんだろう。私は反無意識的に戸に手をかけた。 

 そして、ゆっくりと押し開けようとしたその時。 


「サキ」 
 聞きなれた声が、私を呼び止めた。 
「…え?」 
 まるで夢から覚めたかのように、幾度か瞬きをする。 
「そっちじゃないわ。そこは指揮をする者じゃないと入れないの」 
 カナリアは私の腕を取って、扉から遠ざけた。 
「え? でも今、ここから声が…」 
「声を聞いたの?」 
 彼女は感心したように私を見る。頷き返すと、扉に目を向けた。 
「この先にはね、スーニャがいるの」 
「スーニャ?」 
 それはどこかで聞いた響きだった。思い出した。高校の屋上で、彼女がイヴェールに向けた言葉にあった名前だ。 
「『スーニャ・スヴァルガ』。この世界の全てを見澄まし、統括している存在」 
 それを聞いて、思わず振り返る。 

 背筋がざわつくのを感じた。 
 偉大な存在を、今目の前にしているという実感。恐怖ではない、畏怖だった。 

 スーニャ・スヴァルガ。 
 つまりそれが、『空』そのものを表す名前。 
 この世界の全てを見下ろし、見守っているもの。 

「…じゃあ、そろそろ行きましょうか」 
 カナリアの声を聞いて、私はやっと声を取り戻す。見ると彼女は手に大きな鍵を下げていた。 
「それは?」 
「空に通じる鍵よ」 
 鍵というよりはチョーカーの飾りみたいだ。真ん中に真っ青な石が埋め込んである。 
「こっち」 
 カナリアは私を部屋の中央へ連れて行った。そして足もとにある青い鍵穴の模様に、首の鍵を差し込んだ。 

 カチャリ。 

 どこかで、ロックが解除された音。一瞬で空が真っ白の天井に変わった。 
 次の瞬間、鍵を差し込んだ所から階段が天に向かって伸びた。 
 そしてその先に、扉。 

 真っ青で小さな扉だった。宮殿の中のあちこちでみたような豪華さは無く、まるで青いペンキで塗られた木製の扉。 
 大きさは、やっとひとひとりくぐれるくらい。ノブの下には、やっぱり鍵穴がついていた。 
 一度差した鍵を抜き、階段を上がる。部屋と同じ白色の階段。彼女の後について私も上を目指した。 
「この扉の向こうが『空』よ」 
 登りつめると今度はその扉に鍵を入れた。 
 再び鍵の解除される音。促されて、ドアノブに手を伸ばした。 

 ギイィ。 

 青い扉が軋みながら開く。 
 広がるのは青と白。 

 扉の向こうは、今度こそ広大な青空だった。 

 私はためらって、ちらりとカナリアを降り返る。 
「大丈夫、わたしもついて行くわ」 
 その笑顔に安心感を覚えた。 

 うん。大丈夫。何も恐れることなんてない。 

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 門をくぐった途端、視界が変わった。 
 それまではただ雲があるだけの場所だったのに、突然街が広がった。 

 真っ白な街だった。壁も屋根も石畳も白。雲の色だ、と直感した。まるで城下町のように賑やかな街並みを突っ切って、その向こうにそびえる宮殿らしき建物を目指した。破片を傷つけないように気をくばりながら。 
 街には他にも人の姿があった。誰もが人間と同じ姿、違うのは髪と瞳の色がカラフルなくらいだった。橙、濃紺、薄紅、浅葱。白い世界で、彼らの色だけが一層鮮やかだった。 

「ここにいるひと達がすべて、空を任された者?」 
「そうよ。ここは日本地域担当の城塞。この場所以外にも世界中に司者がいるわ。そして、中央の宮殿では今春の空を創っている」 

 視界が開けた。宮殿の前は広場になっていた。がらんとした空間の向こうに、銀にも近い白色の扉。 
 カナリアは入り口の前に立つ人物と一言二言交わし、私の所に戻ってきた。 
「今から、あなたを『空』へ連れて行くわ。いい?」 
「そして、私が破片を元に戻すんだね」 
 私は神妙に頷く。 
 戸の前に揃って立つと、ひとりでに扉が開かれた。まるで太陽を直接見たような眩しさが視界を塗り潰す。 

 反転。 
 白から白へ。視界が視界を取り戻す。 
「う…わぁ」 
 そこはまさに『宮殿』だった。一帯白銀の宮殿。真っ直ぐに伸びる回廊。両端には背の高い柱が陳列している。あわせて天井も遠い。 
 私はカナリアに導かれて長い廊下を進む。カツン、カツンと、大理石の上でも歩いているかのように足音が響く。黙るように指示された覚えはないけれど、私は口を閉ざしていた。二人の足音だけが木霊する。 

 体感にして十数分ほど歩いただろうか。目の前にまた観音開きの扉が現れた。 
 カナリアが手をかけると、ゆっくりと両側に戸が開いた。 

 部屋の中央に誰かが立っていた。蓬色の髪をした女性だった。 
「カナリア!」 
 誰だろう、と考える間もなく、彼女はカナリアに抱きついた。床につくほまでに長い髪が揺れる。 
「おかえりなさい!」 
「プリマヴェーラ。只今帰りました」 
 太陽のような笑顔がカナリアを迎え入れる。カナリアもまた気品ある笑顔を返した。それは目上の存在に向ける笑みだった。 
 私は辺りを見渡す。そこは円形の部屋で、壁に等感覚でいくつも扉があった。宮殿の中核だろうか。 
「いかがですか? 空の様子は」 
「破片紛失以外は問題ないわ。今年も無事に夏に引き継げそうよ」 
「プリマヴェーラ」 
 プリマヴェーラがカナリアを解放したところで、扉がひとつ開き、若葉色の髪の男性が呼ぶ。 
「分かっているわ。そろそろ梅雨の出番ね。今指示を出すから」 
 プリマヴェーラの目が一瞬私を捉えた。思わず姿勢を正す。 
「貴女が、破片を拾ってくれたのね」 
「あ、はい」 
「ありがとう。季節の責任者として、御礼申し上げます」 
「そんな、私は何も…」 
 太陽の笑みに、なんとなく照れる。すると女性は首をふるふると横に動かした。 
「いいえ。イヴェールの探索も任せてしまってごめんなさいね。本当は私も探し回らなければいけないのに、今はどうしても立て込んでいてね」 
「プリマヴェーラ!!」 
 その時、先刻のドアが開いて同じ男性が顔を覗かせた。顔つきがさっきより険悪だった。 
「はいはい、今行くわ」 
 そう返して、悪びれもせずに頷く。 
「では、お気をつけてね」 
 彼女は私に笑顔を向けると、部屋の奥へふわふわと歩いて行ってしまった。 
「今の人が、もしかして」 
「そうよ。『春』…プリマヴェーラ。春を指揮する存在」 
 女性の温かさと優しさ溢れる様子を見て、ピンと来た。 
 そして私達は、彼女の後ろ姿を見送ってから、別の扉をくぐった。 


 通されたのは、開放感溢れる部屋だった。 
 天井がない。頭の上には青空が広がっているだけ。 
「ここで待ってて。今空への道を開くから」 
 流れる雲を目で追っていると、カナリアは私を置いてどこかへ行ってしまった。 
 仕方なく空に視線を預けた。風にあおられた雲は、少しずつ形を変える。見ていて飽きることはない。 

 …こんな空の上でも、雲は流れるんだ。 
 私はふと手を伸ばした。勿論、手が届くはずはないのだけれど。 

“結衣” 

 そんな風にぼうっと眺めていると、どこからか声が聞こえた気がした。 
「え?」 
 とっさに視線を部屋の中に戻す。 
 しかしカナリアが帰ってきたわけでも、誰かがいるわけでもなかった。 

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 時計が進んでいない。 
 そう気付いたのはつい先刻だった。 

 学校を後にしたのは4時。あれから1時間は経っているはずなのに、時計はまだ4時過ぎ。壊れたのかと疑ったけれど、どうも違うらしい。 

 そしてもう一つ。というか、こっちは気がつかないほうがおかしい。 
 破片が大きくなっている。
 階段を昇れば昇るほど。 
 初めはどこにでもあるピースのサイズだったのに、定期入れと同じサイズになり、顔が隠れるほどになり、ついには部屋のドアよりも大きくなってしまった。 
「空に近づいているせいよ」空の司者は答えた。 
「穴の大きさに合わなければ元通りにはならないでしょう」 
 それでも、パズルのピースは羽のように軽い。重さだけは変わらなかった。おかげで、大きさの割には片手で持っていられた。 

「まだ着かないの?」 
 時間的に距離的にも、随分昇った気がする。もう雲の上に来たらしく、見渡す限り真っ白い雲。 
「もう少しよ」 
 今度は上を見る。どこまでも白一色。それ以外は何もない。 
 何も…あれ? 
 目を凝らすと、上空に何かがポツンとあった。それは太陽や飛行機ではなさそうだった。平たくて大きな何かが雲の上にそびえ立っている。 
 更に空を昇ると、段々近づいてきた。どうやら私達はあそこを目指しているらしい。 

 辿り着いてみると、それは門だった。 
 人工物風の頑丈そうな門。でも、もう不思議とすら思わない。だからその側に人が立っていて手を振っていても、驚きもしなかった。どうやら男の人らしい。見た目は二十代中頃くらいの。白雲の上、碧の髪と瞳が際立っていた。 
「やあ、カナリア。お勤めご苦労様。今日も可愛いね」 
「…いい加減にして」 
 青年はカナリアに微笑みかけた。彼女は珍しく、拗ねたように顔を背ける。少し困ったようにも見えるその顔は心なしか赤かった。 
「誰?」 
「空の門番よ。お喋りでうるさいの」 
 それから私をその門番に引き合わせる。 
 そこあるのは『門』だけのようだった。入り口だけで、建物も何もない。 空の上だから『何もない』のが普通だと思うけど。 
「破片の持ち主を連れてきたわ」 
 青年は私にも人懐こい笑顔を向けた。門番という割には怖くも厳しくもなさそうだった。握手を求められて手を握る。 
「初めまして、俺はジェイド。キミの国の呼び方だとカワセミだね」 
「カワセミ? 翡翠じゃなくて?」 
 思わず聞き返した。Jadeなら英語で『ヒスイ』のはずだ。 
「元々翡翠というのはカワセミのことなんだよ。翡翠色ならカワセミの羽の色」 
 そう言われれば確かに、彼は綺麗な翡翠色の髪をしていた。瞳も同じ翡翠色。 
「いいから早く通して頂戴。いつまでもあなたと喋っていたくないの」 
 カナリアはいつにも増して強気口調だった。ジェイドはそんな彼女を見てクスリと微笑する。 
「はいはい。では、鳥をこちらへ」 
 サクラが青年の腕に止まった。次に彼は振り返って、 
「所有者の…キミの名前を聞いても良い?」 
「暮咲結衣です」 
「クレサキユイ…じゃあもしかして、彼女に『サキ』って呼ばれなかった?」 
「え? どうしてそれを…」 
「ジェイドっ!!」 
 突然カナリアが会話を遮った。それ以上喋るな、と言いたそうな瞳で。ジェイドはまたもや面白そうに微笑む。 

 彼の腕に留まるサクラが、澄んだ声で鳴いた。それが空一体に響いて、大きな門を揺るがせた。 
 一拍置いて、門の向こう側から同じ鳴き声が返ってきた。途端に門番の腕を離れ、門の向こうへ。あっという間に姿が見えなくなってしまった。 
「声門一致。空の司者カナリアと、破片の所有者ユイの通行を許可します」 
 門が音もなく開き始めた。見た目は頑丈そうだけれど、雲で出来ているのか、重さは感じられない。 
「ありがとうございます」 
 頭を下げると、彼は私をじっと見つめた。そして髪に視線を注ぐ。 
「綺麗な黒だね。深い夜よりも艶やかだ。ちょっと触らせてくれないかな」 
「え、え…?」 
 面食らっていると、横からカナリアが私の腕を引っ張って、門番の手を回避した。 
「行くわよ、サキ!」 
 ジェイドには目も合わせないで門をくぐった。ふり向くと青年が手を振っていたので、とりあえず振り返しておいた。 
「…どうしたの?」 
「別に、どうもしないないわ」 
「じゃあ、あのジェイドっていうひとが嫌いなの?」 
 彼女は一瞬だけ遠くの青年に目をやって、何かを必死に考えていた。 

「…キライよ」 
 そう答えるのに、ゆうに10秒はかかった。 

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