むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
今、誰か呼んだ?
きょろきょろと見回すと、一番奥の扉が目に入った。すると、再び私を呼ぶ誰かの声。
“結衣。暮崎結衣。君が、破片を拾ったのだね”
今度ははっきり聞えた。その扉の向こうからだ。
男性とも女性ともつかない中性的な声色だった。心に直接響くような声。決して大声ではないのに、聞き落とすことのない音質。
「あ――そうです!」
私は返答をした。そうして、引き寄せられるようにその扉の前へと向かう。
すると声は、安堵したような響きを私に届けた。
“そうか。拾ったのが君で良かった。君は空が好きなのだね”
「…はい!」
私は扉の向こうに頷いた。
そう。私は空が好きだった。
朝起きればすぐ空を見上げて、通学のバスも空を見ながら揺られる。帰り道は夕陽を眺め、星空を見てからベッドに入る。
青空と、曇り空と、雨空と。朝陽も、夕焼けも、星空も好き。
“君が空を愛するから、君には破片を拾うことが出来たんだ。
空を正面から見ている人間は、昔よりずっと少ない。
これからも、空を好きでいてくれるかい”
「もちろんです!」
私は勢いよく頷いた。そうしても、扉の向こうの誰かには見えるはずもないのに。
一体誰が向こうにいるんだろう。私は反無意識的に戸に手をかけた。
そして、ゆっくりと押し開けようとしたその時。
「サキ」
聞きなれた声が、私を呼び止めた。
「…え?」
まるで夢から覚めたかのように、幾度か瞬きをする。
「そっちじゃないわ。そこは指揮をする者じゃないと入れないの」
カナリアは私の腕を取って、扉から遠ざけた。
「え? でも今、ここから声が…」
「声を聞いたの?」
彼女は感心したように私を見る。頷き返すと、扉に目を向けた。
「この先にはね、スーニャがいるの」
「スーニャ?」
それはどこかで聞いた響きだった。思い出した。高校の屋上で、彼女がイヴェールに向けた言葉にあった名前だ。
「『スーニャ・スヴァルガ』。この世界の全てを見澄まし、統括している存在」
それを聞いて、思わず振り返る。
背筋がざわつくのを感じた。
偉大な存在を、今目の前にしているという実感。恐怖ではない、畏怖だった。
スーニャ・スヴァルガ。
つまりそれが、『空』そのものを表す名前。
この世界の全てを見下ろし、見守っているもの。
「…じゃあ、そろそろ行きましょうか」
カナリアの声を聞いて、私はやっと声を取り戻す。見ると彼女は手に大きな鍵を下げていた。
「それは?」
「空に通じる鍵よ」
鍵というよりはチョーカーの飾りみたいだ。真ん中に真っ青な石が埋め込んである。
「こっち」
カナリアは私を部屋の中央へ連れて行った。そして足もとにある青い鍵穴の模様に、首の鍵を差し込んだ。
カチャリ。
どこかで、ロックが解除された音。一瞬で空が真っ白の天井に変わった。
次の瞬間、鍵を差し込んだ所から階段が天に向かって伸びた。
そしてその先に、扉。
真っ青で小さな扉だった。宮殿の中のあちこちでみたような豪華さは無く、まるで青いペンキで塗られた木製の扉。
大きさは、やっとひとひとりくぐれるくらい。ノブの下には、やっぱり鍵穴がついていた。
一度差した鍵を抜き、階段を上がる。部屋と同じ白色の階段。彼女の後について私も上を目指した。
「この扉の向こうが『空』よ」
登りつめると今度はその扉に鍵を入れた。
再び鍵の解除される音。促されて、ドアノブに手を伸ばした。
ギイィ。
青い扉が軋みながら開く。
広がるのは青と白。
扉の向こうは、今度こそ広大な青空だった。
私はためらって、ちらりとカナリアを降り返る。
「大丈夫、わたしもついて行くわ」
その笑顔に安心感を覚えた。
うん。大丈夫。何も恐れることなんてない。
きょろきょろと見回すと、一番奥の扉が目に入った。すると、再び私を呼ぶ誰かの声。
“結衣。暮崎結衣。君が、破片を拾ったのだね”
今度ははっきり聞えた。その扉の向こうからだ。
男性とも女性ともつかない中性的な声色だった。心に直接響くような声。決して大声ではないのに、聞き落とすことのない音質。
「あ――そうです!」
私は返答をした。そうして、引き寄せられるようにその扉の前へと向かう。
すると声は、安堵したような響きを私に届けた。
“そうか。拾ったのが君で良かった。君は空が好きなのだね”
「…はい!」
私は扉の向こうに頷いた。
そう。私は空が好きだった。
朝起きればすぐ空を見上げて、通学のバスも空を見ながら揺られる。帰り道は夕陽を眺め、星空を見てからベッドに入る。
青空と、曇り空と、雨空と。朝陽も、夕焼けも、星空も好き。
“君が空を愛するから、君には破片を拾うことが出来たんだ。
空を正面から見ている人間は、昔よりずっと少ない。
これからも、空を好きでいてくれるかい”
「もちろんです!」
私は勢いよく頷いた。そうしても、扉の向こうの誰かには見えるはずもないのに。
一体誰が向こうにいるんだろう。私は反無意識的に戸に手をかけた。
そして、ゆっくりと押し開けようとしたその時。
「サキ」
聞きなれた声が、私を呼び止めた。
「…え?」
まるで夢から覚めたかのように、幾度か瞬きをする。
「そっちじゃないわ。そこは指揮をする者じゃないと入れないの」
カナリアは私の腕を取って、扉から遠ざけた。
「え? でも今、ここから声が…」
「声を聞いたの?」
彼女は感心したように私を見る。頷き返すと、扉に目を向けた。
「この先にはね、スーニャがいるの」
「スーニャ?」
それはどこかで聞いた響きだった。思い出した。高校の屋上で、彼女がイヴェールに向けた言葉にあった名前だ。
「『スーニャ・スヴァルガ』。この世界の全てを見澄まし、統括している存在」
それを聞いて、思わず振り返る。
背筋がざわつくのを感じた。
偉大な存在を、今目の前にしているという実感。恐怖ではない、畏怖だった。
スーニャ・スヴァルガ。
つまりそれが、『空』そのものを表す名前。
この世界の全てを見下ろし、見守っているもの。
「…じゃあ、そろそろ行きましょうか」
カナリアの声を聞いて、私はやっと声を取り戻す。見ると彼女は手に大きな鍵を下げていた。
「それは?」
「空に通じる鍵よ」
鍵というよりはチョーカーの飾りみたいだ。真ん中に真っ青な石が埋め込んである。
「こっち」
カナリアは私を部屋の中央へ連れて行った。そして足もとにある青い鍵穴の模様に、首の鍵を差し込んだ。
カチャリ。
どこかで、ロックが解除された音。一瞬で空が真っ白の天井に変わった。
次の瞬間、鍵を差し込んだ所から階段が天に向かって伸びた。
そしてその先に、扉。
真っ青で小さな扉だった。宮殿の中のあちこちでみたような豪華さは無く、まるで青いペンキで塗られた木製の扉。
大きさは、やっとひとひとりくぐれるくらい。ノブの下には、やっぱり鍵穴がついていた。
一度差した鍵を抜き、階段を上がる。部屋と同じ白色の階段。彼女の後について私も上を目指した。
「この扉の向こうが『空』よ」
登りつめると今度はその扉に鍵を入れた。
再び鍵の解除される音。促されて、ドアノブに手を伸ばした。
ギイィ。
青い扉が軋みながら開く。
広がるのは青と白。
扉の向こうは、今度こそ広大な青空だった。
私はためらって、ちらりとカナリアを降り返る。
「大丈夫、わたしもついて行くわ」
その笑顔に安心感を覚えた。
うん。大丈夫。何も恐れることなんてない。
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門をくぐった途端、視界が変わった。
それまではただ雲があるだけの場所だったのに、突然街が広がった。
真っ白な街だった。壁も屋根も石畳も白。雲の色だ、と直感した。まるで城下町のように賑やかな街並みを突っ切って、その向こうにそびえる宮殿らしき建物を目指した。破片を傷つけないように気をくばりながら。
街には他にも人の姿があった。誰もが人間と同じ姿、違うのは髪と瞳の色がカラフルなくらいだった。橙、濃紺、薄紅、浅葱。白い世界で、彼らの色だけが一層鮮やかだった。
「ここにいるひと達がすべて、空を任された者?」
「そうよ。ここは日本地域担当の城塞。この場所以外にも世界中に司者がいるわ。そして、中央の宮殿では今春の空を創っている」
視界が開けた。宮殿の前は広場になっていた。がらんとした空間の向こうに、銀にも近い白色の扉。
カナリアは入り口の前に立つ人物と一言二言交わし、私の所に戻ってきた。
「今から、あなたを『空』へ連れて行くわ。いい?」
「そして、私が破片を元に戻すんだね」
私は神妙に頷く。
戸の前に揃って立つと、ひとりでに扉が開かれた。まるで太陽を直接見たような眩しさが視界を塗り潰す。
反転。
白から白へ。視界が視界を取り戻す。
「う…わぁ」
そこはまさに『宮殿』だった。一帯白銀の宮殿。真っ直ぐに伸びる回廊。両端には背の高い柱が陳列している。あわせて天井も遠い。
私はカナリアに導かれて長い廊下を進む。カツン、カツンと、大理石の上でも歩いているかのように足音が響く。黙るように指示された覚えはないけれど、私は口を閉ざしていた。二人の足音だけが木霊する。
体感にして十数分ほど歩いただろうか。目の前にまた観音開きの扉が現れた。
カナリアが手をかけると、ゆっくりと両側に戸が開いた。
部屋の中央に誰かが立っていた。蓬色の髪をした女性だった。
「カナリア!」
誰だろう、と考える間もなく、彼女はカナリアに抱きついた。床につくほまでに長い髪が揺れる。
「おかえりなさい!」
「プリマヴェーラ。只今帰りました」
太陽のような笑顔がカナリアを迎え入れる。カナリアもまた気品ある笑顔を返した。それは目上の存在に向ける笑みだった。
私は辺りを見渡す。そこは円形の部屋で、壁に等感覚でいくつも扉があった。宮殿の中核だろうか。
「いかがですか? 空の様子は」
「破片紛失以外は問題ないわ。今年も無事に夏に引き継げそうよ」
「プリマヴェーラ」
プリマヴェーラがカナリアを解放したところで、扉がひとつ開き、若葉色の髪の男性が呼ぶ。
「分かっているわ。そろそろ梅雨の出番ね。今指示を出すから」
プリマヴェーラの目が一瞬私を捉えた。思わず姿勢を正す。
「貴女が、破片を拾ってくれたのね」
「あ、はい」
「ありがとう。季節の責任者として、御礼申し上げます」
「そんな、私は何も…」
太陽の笑みに、なんとなく照れる。すると女性は首をふるふると横に動かした。
「いいえ。イヴェールの探索も任せてしまってごめんなさいね。本当は私も探し回らなければいけないのに、今はどうしても立て込んでいてね」
「プリマヴェーラ!!」
その時、先刻のドアが開いて同じ男性が顔を覗かせた。顔つきがさっきより険悪だった。
「はいはい、今行くわ」
そう返して、悪びれもせずに頷く。
「では、お気をつけてね」
彼女は私に笑顔を向けると、部屋の奥へふわふわと歩いて行ってしまった。
「今の人が、もしかして」
「そうよ。『春』…プリマヴェーラ。春を指揮する存在」
女性の温かさと優しさ溢れる様子を見て、ピンと来た。
そして私達は、彼女の後ろ姿を見送ってから、別の扉をくぐった。
通されたのは、開放感溢れる部屋だった。
天井がない。頭の上には青空が広がっているだけ。
「ここで待ってて。今空への道を開くから」
流れる雲を目で追っていると、カナリアは私を置いてどこかへ行ってしまった。
仕方なく空に視線を預けた。風にあおられた雲は、少しずつ形を変える。見ていて飽きることはない。
…こんな空の上でも、雲は流れるんだ。
私はふと手を伸ばした。勿論、手が届くはずはないのだけれど。
“結衣”
そんな風にぼうっと眺めていると、どこからか声が聞こえた気がした。
「え?」
とっさに視線を部屋の中に戻す。
しかしカナリアが帰ってきたわけでも、誰かがいるわけでもなかった。
それまではただ雲があるだけの場所だったのに、突然街が広がった。
真っ白な街だった。壁も屋根も石畳も白。雲の色だ、と直感した。まるで城下町のように賑やかな街並みを突っ切って、その向こうにそびえる宮殿らしき建物を目指した。破片を傷つけないように気をくばりながら。
街には他にも人の姿があった。誰もが人間と同じ姿、違うのは髪と瞳の色がカラフルなくらいだった。橙、濃紺、薄紅、浅葱。白い世界で、彼らの色だけが一層鮮やかだった。
「ここにいるひと達がすべて、空を任された者?」
「そうよ。ここは日本地域担当の城塞。この場所以外にも世界中に司者がいるわ。そして、中央の宮殿では今春の空を創っている」
視界が開けた。宮殿の前は広場になっていた。がらんとした空間の向こうに、銀にも近い白色の扉。
カナリアは入り口の前に立つ人物と一言二言交わし、私の所に戻ってきた。
「今から、あなたを『空』へ連れて行くわ。いい?」
「そして、私が破片を元に戻すんだね」
私は神妙に頷く。
戸の前に揃って立つと、ひとりでに扉が開かれた。まるで太陽を直接見たような眩しさが視界を塗り潰す。
反転。
白から白へ。視界が視界を取り戻す。
「う…わぁ」
そこはまさに『宮殿』だった。一帯白銀の宮殿。真っ直ぐに伸びる回廊。両端には背の高い柱が陳列している。あわせて天井も遠い。
私はカナリアに導かれて長い廊下を進む。カツン、カツンと、大理石の上でも歩いているかのように足音が響く。黙るように指示された覚えはないけれど、私は口を閉ざしていた。二人の足音だけが木霊する。
体感にして十数分ほど歩いただろうか。目の前にまた観音開きの扉が現れた。
カナリアが手をかけると、ゆっくりと両側に戸が開いた。
部屋の中央に誰かが立っていた。蓬色の髪をした女性だった。
「カナリア!」
誰だろう、と考える間もなく、彼女はカナリアに抱きついた。床につくほまでに長い髪が揺れる。
「おかえりなさい!」
「プリマヴェーラ。只今帰りました」
太陽のような笑顔がカナリアを迎え入れる。カナリアもまた気品ある笑顔を返した。それは目上の存在に向ける笑みだった。
私は辺りを見渡す。そこは円形の部屋で、壁に等感覚でいくつも扉があった。宮殿の中核だろうか。
「いかがですか? 空の様子は」
「破片紛失以外は問題ないわ。今年も無事に夏に引き継げそうよ」
「プリマヴェーラ」
プリマヴェーラがカナリアを解放したところで、扉がひとつ開き、若葉色の髪の男性が呼ぶ。
「分かっているわ。そろそろ梅雨の出番ね。今指示を出すから」
プリマヴェーラの目が一瞬私を捉えた。思わず姿勢を正す。
「貴女が、破片を拾ってくれたのね」
「あ、はい」
「ありがとう。季節の責任者として、御礼申し上げます」
「そんな、私は何も…」
太陽の笑みに、なんとなく照れる。すると女性は首をふるふると横に動かした。
「いいえ。イヴェールの探索も任せてしまってごめんなさいね。本当は私も探し回らなければいけないのに、今はどうしても立て込んでいてね」
「プリマヴェーラ!!」
その時、先刻のドアが開いて同じ男性が顔を覗かせた。顔つきがさっきより険悪だった。
「はいはい、今行くわ」
そう返して、悪びれもせずに頷く。
「では、お気をつけてね」
彼女は私に笑顔を向けると、部屋の奥へふわふわと歩いて行ってしまった。
「今の人が、もしかして」
「そうよ。『春』…プリマヴェーラ。春を指揮する存在」
女性の温かさと優しさ溢れる様子を見て、ピンと来た。
そして私達は、彼女の後ろ姿を見送ってから、別の扉をくぐった。
通されたのは、開放感溢れる部屋だった。
天井がない。頭の上には青空が広がっているだけ。
「ここで待ってて。今空への道を開くから」
流れる雲を目で追っていると、カナリアは私を置いてどこかへ行ってしまった。
仕方なく空に視線を預けた。風にあおられた雲は、少しずつ形を変える。見ていて飽きることはない。
…こんな空の上でも、雲は流れるんだ。
私はふと手を伸ばした。勿論、手が届くはずはないのだけれど。
“結衣”
そんな風にぼうっと眺めていると、どこからか声が聞こえた気がした。
「え?」
とっさに視線を部屋の中に戻す。
しかしカナリアが帰ってきたわけでも、誰かがいるわけでもなかった。
時計が進んでいない。
そう気付いたのはつい先刻だった。
学校を後にしたのは4時。あれから1時間は経っているはずなのに、時計はまだ4時過ぎ。壊れたのかと疑ったけれど、どうも違うらしい。
そしてもう一つ。というか、こっちは気がつかないほうがおかしい。
破片が大きくなっている。
階段を昇れば昇るほど。
初めはどこにでもあるピースのサイズだったのに、定期入れと同じサイズになり、顔が隠れるほどになり、ついには部屋のドアよりも大きくなってしまった。
「空に近づいているせいよ」空の司者は答えた。
「穴の大きさに合わなければ元通りにはならないでしょう」
それでも、パズルのピースは羽のように軽い。重さだけは変わらなかった。おかげで、大きさの割には片手で持っていられた。
「まだ着かないの?」
時間的に距離的にも、随分昇った気がする。もう雲の上に来たらしく、見渡す限り真っ白い雲。
「もう少しよ」
今度は上を見る。どこまでも白一色。それ以外は何もない。
何も…あれ?
目を凝らすと、上空に何かがポツンとあった。それは太陽や飛行機ではなさそうだった。平たくて大きな何かが雲の上にそびえ立っている。
更に空を昇ると、段々近づいてきた。どうやら私達はあそこを目指しているらしい。
辿り着いてみると、それは門だった。
人工物風の頑丈そうな門。でも、もう不思議とすら思わない。だからその側に人が立っていて手を振っていても、驚きもしなかった。どうやら男の人らしい。見た目は二十代中頃くらいの。白雲の上、碧の髪と瞳が際立っていた。
「やあ、カナリア。お勤めご苦労様。今日も可愛いね」
「…いい加減にして」
青年はカナリアに微笑みかけた。彼女は珍しく、拗ねたように顔を背ける。少し困ったようにも見えるその顔は心なしか赤かった。
「誰?」
「空の門番よ。お喋りでうるさいの」
それから私をその門番に引き合わせる。
そこあるのは『門』だけのようだった。入り口だけで、建物も何もない。 空の上だから『何もない』のが普通だと思うけど。
「破片の持ち主を連れてきたわ」
青年は私にも人懐こい笑顔を向けた。門番という割には怖くも厳しくもなさそうだった。握手を求められて手を握る。
「初めまして、俺はジェイド。キミの国の呼び方だとカワセミだね」
「カワセミ? 翡翠じゃなくて?」
思わず聞き返した。Jadeなら英語で『ヒスイ』のはずだ。
「元々翡翠というのはカワセミのことなんだよ。翡翠色ならカワセミの羽の色」
そう言われれば確かに、彼は綺麗な翡翠色の髪をしていた。瞳も同じ翡翠色。
「いいから早く通して頂戴。いつまでもあなたと喋っていたくないの」
カナリアはいつにも増して強気口調だった。ジェイドはそんな彼女を見てクスリと微笑する。
「はいはい。では、鳥をこちらへ」
サクラが青年の腕に止まった。次に彼は振り返って、
「所有者の…キミの名前を聞いても良い?」
「暮咲結衣です」
「クレサキユイ…じゃあもしかして、彼女に『サキ』って呼ばれなかった?」
「え? どうしてそれを…」
「ジェイドっ!!」
突然カナリアが会話を遮った。それ以上喋るな、と言いたそうな瞳で。ジェイドはまたもや面白そうに微笑む。
彼の腕に留まるサクラが、澄んだ声で鳴いた。それが空一体に響いて、大きな門を揺るがせた。
一拍置いて、門の向こう側から同じ鳴き声が返ってきた。途端に門番の腕を離れ、門の向こうへ。あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「声門一致。空の司者カナリアと、破片の所有者ユイの通行を許可します」
門が音もなく開き始めた。見た目は頑丈そうだけれど、雲で出来ているのか、重さは感じられない。
「ありがとうございます」
頭を下げると、彼は私をじっと見つめた。そして髪に視線を注ぐ。
「綺麗な黒だね。深い夜よりも艶やかだ。ちょっと触らせてくれないかな」
「え、え…?」
面食らっていると、横からカナリアが私の腕を引っ張って、門番の手を回避した。
「行くわよ、サキ!」
ジェイドには目も合わせないで門をくぐった。ふり向くと青年が手を振っていたので、とりあえず振り返しておいた。
「…どうしたの?」
「別に、どうもしないないわ」
「じゃあ、あのジェイドっていうひとが嫌いなの?」
彼女は一瞬だけ遠くの青年に目をやって、何かを必死に考えていた。
「…キライよ」
そう答えるのに、ゆうに10秒はかかった。
そう気付いたのはつい先刻だった。
学校を後にしたのは4時。あれから1時間は経っているはずなのに、時計はまだ4時過ぎ。壊れたのかと疑ったけれど、どうも違うらしい。
そしてもう一つ。というか、こっちは気がつかないほうがおかしい。
破片が大きくなっている。
階段を昇れば昇るほど。
初めはどこにでもあるピースのサイズだったのに、定期入れと同じサイズになり、顔が隠れるほどになり、ついには部屋のドアよりも大きくなってしまった。
「空に近づいているせいよ」空の司者は答えた。
「穴の大きさに合わなければ元通りにはならないでしょう」
それでも、パズルのピースは羽のように軽い。重さだけは変わらなかった。おかげで、大きさの割には片手で持っていられた。
「まだ着かないの?」
時間的に距離的にも、随分昇った気がする。もう雲の上に来たらしく、見渡す限り真っ白い雲。
「もう少しよ」
今度は上を見る。どこまでも白一色。それ以外は何もない。
何も…あれ?
目を凝らすと、上空に何かがポツンとあった。それは太陽や飛行機ではなさそうだった。平たくて大きな何かが雲の上にそびえ立っている。
更に空を昇ると、段々近づいてきた。どうやら私達はあそこを目指しているらしい。
辿り着いてみると、それは門だった。
人工物風の頑丈そうな門。でも、もう不思議とすら思わない。だからその側に人が立っていて手を振っていても、驚きもしなかった。どうやら男の人らしい。見た目は二十代中頃くらいの。白雲の上、碧の髪と瞳が際立っていた。
「やあ、カナリア。お勤めご苦労様。今日も可愛いね」
「…いい加減にして」
青年はカナリアに微笑みかけた。彼女は珍しく、拗ねたように顔を背ける。少し困ったようにも見えるその顔は心なしか赤かった。
「誰?」
「空の門番よ。お喋りでうるさいの」
それから私をその門番に引き合わせる。
そこあるのは『門』だけのようだった。入り口だけで、建物も何もない。 空の上だから『何もない』のが普通だと思うけど。
「破片の持ち主を連れてきたわ」
青年は私にも人懐こい笑顔を向けた。門番という割には怖くも厳しくもなさそうだった。握手を求められて手を握る。
「初めまして、俺はジェイド。キミの国の呼び方だとカワセミだね」
「カワセミ? 翡翠じゃなくて?」
思わず聞き返した。Jadeなら英語で『ヒスイ』のはずだ。
「元々翡翠というのはカワセミのことなんだよ。翡翠色ならカワセミの羽の色」
そう言われれば確かに、彼は綺麗な翡翠色の髪をしていた。瞳も同じ翡翠色。
「いいから早く通して頂戴。いつまでもあなたと喋っていたくないの」
カナリアはいつにも増して強気口調だった。ジェイドはそんな彼女を見てクスリと微笑する。
「はいはい。では、鳥をこちらへ」
サクラが青年の腕に止まった。次に彼は振り返って、
「所有者の…キミの名前を聞いても良い?」
「暮咲結衣です」
「クレサキユイ…じゃあもしかして、彼女に『サキ』って呼ばれなかった?」
「え? どうしてそれを…」
「ジェイドっ!!」
突然カナリアが会話を遮った。それ以上喋るな、と言いたそうな瞳で。ジェイドはまたもや面白そうに微笑む。
彼の腕に留まるサクラが、澄んだ声で鳴いた。それが空一体に響いて、大きな門を揺るがせた。
一拍置いて、門の向こう側から同じ鳴き声が返ってきた。途端に門番の腕を離れ、門の向こうへ。あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「声門一致。空の司者カナリアと、破片の所有者ユイの通行を許可します」
門が音もなく開き始めた。見た目は頑丈そうだけれど、雲で出来ているのか、重さは感じられない。
「ありがとうございます」
頭を下げると、彼は私をじっと見つめた。そして髪に視線を注ぐ。
「綺麗な黒だね。深い夜よりも艶やかだ。ちょっと触らせてくれないかな」
「え、え…?」
面食らっていると、横からカナリアが私の腕を引っ張って、門番の手を回避した。
「行くわよ、サキ!」
ジェイドには目も合わせないで門をくぐった。ふり向くと青年が手を振っていたので、とりあえず振り返しておいた。
「…どうしたの?」
「別に、どうもしないないわ」
「じゃあ、あのジェイドっていうひとが嫌いなの?」
彼女は一瞬だけ遠くの青年に目をやって、何かを必死に考えていた。
「…キライよ」
そう答えるのに、ゆうに10秒はかかった。
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