ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
「冬がこのパズルを欲しがっているのは、空を思いのままにしたいからなの」
私はその破片を彼女の手越しに見せてもらった。
そういえば前に私が拾ったピースも、外の空に合わせたように色が変わったっけ。
「これはこの3日で拾い集めた内のひとつよ」
彼女曰く、所在の判明したピースは放って置いて、先に他のピースを集めて回ったらしい。その所在の判明したひとつ…つまり私が拾って飾っていたピースが最後のひとつだったという。
少女はパズルピースを丁寧に仕舞いこんだ。
「冬はね、この時期ここにいるはずはないの。でもどうやら破片が散らばったのを聞きつけて戻ってきたのね」
確かに今はもう春も半ば。冬の気配はもうどこにもないのが普通だ。
「どこかで見ていたのよ。それでわたしより少し早くあなたに会って、先に破片を手に入れた」
「それで私が…」私はその先を代弁した。
「あなたの仲間だって言ってたから、ビンに入れたまま渡した…」
どうして気付かなかったんだろう。最初から、私の前に現れたのはこの少女だけだったのに。突然現れた人を勝手に彼女の仲間だと勘違いして。
「今頃はどこかで破片を解放しようとやっきになってるわね」
少女は考える風情でハトの頭を撫でた。最後は彼女の独り言らしかった。それから、ふいに私に目を向けた。
「分かった?」
「うん…だいたいは」
じゃあ、と少女は立ち上がる。
「明日の朝、もう一度ここに来なさい。一緒に取り戻しに行くのよ」
…え?
一瞬、思考停止。再起動までおよそ30秒。
「な、なんで、私が!?」
話を切り上げる少女を見て、やっと慌てて立ち上がった。そしてその袖を引っ張る。
「私は触れないの」
なんで? 空を任されてるんじゃないの?
彼女はやんわりと袖を引き抜くと、まだ分かっていなかったのか、という顔で私を見た。
「だって、私のものじゃないもの。空の破片は一端地に落ちると所有権が発生するの。あなた、破片を素手で拾ったでしょう? そして、ビンの中に閉じ込めた」
「う・うん」事実なので頷く。
「だったら、今の破片の持ち主はあなたよ」
「拾ったから? でも、私は冬に渡したわ。だったら今はもう冬のものじゃないの?」
「あなたが所有権放棄を申請するか、元の場所に返さない限りはいつまでも所有者よ」
少女は否定の意味で首を振った。それと、と少女は更に付け加える。
「冬が持っていけたのはビン越しにパズルを受け取ったから。今のままじゃ、あのひとはビンのふたを開けることすら出来ないわ。所有者じゃなければ破片は使えないの」
つまり、今までの話を纏めると。
最後のパズルピースの持ち主は便宜上私で、空を元通りにするには私がパズルを取り返して、空に戻さなきゃいけないってこと?
とりあえずは冬を追いかけなきゃ行けないのね。私はしぶしぶ頷いた。
というか、頷く他にこの状況を良くする手段を知らなかった。
「…わかった」
「じゃあ明日、またここで待ってるわ」
首を縦に振ると、少女は満足そうに微笑んだ。
そう言って立ち去るのかとおもいきや、思い出したように振り返る。
「そういえば、確かニンゲンにはひとりひとり『名前』があるんだったわね。あなた、名前は?」
「暮咲結衣」
「じゃあサキ」
どうしてサキ? もしかして、クレサキのサキ?
まったく、妙な呼び方をするものだ。
すると少女は少女で違和感を持ったらしい。
「妙なものね。いちいち呼び名を付けるなんて」
「じゃあ、あなたに名前は無いの?」
「わたしはあるわ。空を任された者の一人だもの」
ちょっとそれ、矛盾してない? 今『いちいち呼び名をつけるなんて』って言ったじゃない。
とにかく、名前はあるようなので今度こそ彼女に尋ねた。
「あなたの名前は?」
すると、少女は鈴の音のような声で答えた。
「カナリア」
それは記憶の限り、鳥の名前だった。
夕方の公園はひとけがない。桜も既に散った今は犬の散歩をしている人に会うくらいだった。
藤棚の下に座って少女の話を聞く。
「『冬』ね」
彼女の結論はこうだった。
「青白くて銀色の目をしてたんでしょう? 間違いないわ。彼らは彼らなりにこの世界を憂えているのよ」
『彼ら』って、誰? と聞き返すと、少女は「だから冬」と答えた。
「待って。話が全く見えない」
私はワンピースの少女に挙手した後、異議を申し立てた。
「冬、っていうのは、あの人の愛称?」
「違うわ。冬は冬。季節の冬よ。あなたがさっき会った彼が、冬を呼ぶひとりなの」
…何ですって?
「ちょっと待って。なにそれ、たとえ話?」
雨女とか、晴れ男とか、そんな区分で冬男? 寒さを呼ぶ人ってこと?
だから、と少女は少し苛々しながら答えた。
「彼らがいないとこの世界は冬が来ないの。日本では毎年末に寒くなるように、彼らが季節をコントロールしているのよ」
黙っていると理解したと取ったようで、次第に落ち着きを取り戻した。しかし実際は、単に頭がついていかないだけ。
「もちろん、春には春が、夏になるには夏が来て指揮をとるのよ。だってあなた、放っておいただけで世界が寒くなったり暑くなったりすると思う?」
「でもそれは、地球の地軸に関係があって、太陽までの距離の変化で季節が変わるって、授業で習ったけど」
「それはニンゲンたちが勝手に跡付けしたヘリクツでしょう」
大真面目でそんなことを言った。どうやら、私を笑わせようとしてる訳ではないらしい。
「待ってよ」
こうして会話を中断するのは何度目だろう。でも、一向に理解できないのは私が悪い訳じゃない。
「もしそれが本当だとして、あなたは何? どうしてそんなことを知っているの?」
すると彼女は一端言葉を切って、充分に息を吸い込んでから言った。
「それは、私が空を任されている身だからよ」
思わず両手を挙げる。
少女が怪訝そうに私を見た。
「もうだめ。ごめんなさい、ワカラナイです」
「何よ! 疑ってるっていうの!?」
その肩で、白ハトも羽をバタつかせる。ああ、怒っても可愛らしい。声なんてまさに鈴を転がしたよう。人生ってつくづく不平等。
「疑う疑わないじゃなくて、現実離れした内容で信じられないの」
私は諦めて立ち上がった。これ以上この子に付き合ってもきっと進展はない。
「パズルを勝手にあの人に渡しちゃったのは謝るよ。でも、この後はあなたでなんとかして」
何か言いたげな彼女に手を振って去ろうとした。すると、背後で勢い良く立ち上がる気配がした。
「いいわ。そこまで言うのだったら、証拠を見せてあげる」
「証拠…?」
「全てが真実だという証拠。本当はニンゲンに教えてはいけないんだけれど、仕方ないわ」
それは私に言ったのではなく、自分に対して言い聞かせたようだった。
「じゃあ、あそこを見てて」
そう言って空の一辺を指差した。電信柱の上の辺り。そこに丸い月が浮かんで、銀色を広げていた。
「綺麗な満月ね」
「そうだけど、違うわ。よく見て」
なんの変哲もないただの満月だ。数分しないうちに、月がほんの少し角度を変えた。さっきより少しだけ高い位置に動く。
そして益々輝かしい光を放ったと思ったそのとき。
月が、欠けた。
新円だった月が、右上から少しずつ夜の闇に消えた。まるで月が天空を移動するのに合わせたかのように。
あれ? 月って一晩のうちに満ち欠けするんだっけ?
しかし、ただの満ち欠けじゃないことがすぐ分かった。月の欠けた部分がどうもデコボコだ。尖っている場所と、へこんでいる場所と。
「なに? あれ」
どこかで見た形だ。あれは、そう、ジグソーパズルのピース。完成したパズルの上で、そこだけピース一つぶん空いてしまっているみたいに。
それから幾分もしないうちに、満月の真ん中にぽっかりパズル型の闇が開いた。
少女はポケットから何かを引っ張り出した。
輝く銀色のピース。彼女は隣で空に手を伸ばし、私の目線に合わせてそうっと月の欠けた場所に重ねた。色も形もぴったり。完璧な満月が出来上がる。
「空の破片って…まさか」
目を奪われたまま問う。そうよ。と少女の声がする。
「これは空の一部。あなたが見ている空は、こうしてパズルのように構成されているの」
私がとっさに何も返せなかったのは、言うまでもない。
どうしてパズルを探している人は、揃ってせっかちなんだろう。最後まで話くらい聞いてくれたっていいじゃない。
…でも、まあ、とにかく。
これで厄介事は終わったわけだ。めでたしめでたし。ついでに、私の体重も5キロくらい減ってくれれば更にめでたいのに。
肩の荷が下りた気分で私は無事家まで帰ってきた。ドアノブを捻って、中に入ろうとした…
その瞬間だった。
「遅いわ」
突然真後ろから響いた声に、体が地面から数ミリ浮いた。
「え、あれ?」
驚いて振り返ると、この間のワンピースの少女だった。あの白いハトを肩に留まらせて、なんだか少し怒った様子で腕組みをしている。
彼女は組んでいた手を解いて、右の手のひらを私に見せた。
「さぁ、破片を返して頂戴」
???
頭の中で「?」マークが飛び回る。返すも何も、もう手元にパズルはない。
私は彼女のその手のひらをたっぷり見つめてから、念のため問い返してみた。
「だってさっき、返したでしょ?」
言ったきり二人の間に広がる、一瞬の沈黙。
少女は一瞬手を引っ込めたが、また勢いよく突き出してきた。
「意味が分からないわ。さあ、返して頂戴」
「いや、だからね」
どうも混乱しているようだ。きっと説明が足りなかったんだろう。私は丁寧に主語述語を交えて言いなおした。
「さっきバスを降りたところにあなたの知り合いの人が居て、パズルを返してって言ってたから、その人に返したのよ」
「何言ってるの。私はちゃんと『3日後の同じ時間』って言ったでしょう」
そう言われて腕時計を見る。すると先日と同じ時間を少し回ったところだった。じゃあ、さっき男の人に会ったのはもう15分は前ということになる。確かに、ちょっと早かったかな?
「『わたしの知り合い』というのは、誰?」
「わ、わかんないよ。でも、『知り合い?』って聞いたら男の人が『はい』って、確かに」
「男の人…どんな?」
その顔は深刻そうだった。
私は事情聴取の如く尋ねられて、その男性の特徴を思い出す。
「ええと…白髪混じりなのかな? 灰色の髪で、服も同じような灰色の上下で。顔色が悪くて…白いマフラーを巻いてて…」
「――銀色の目をしていた?」
少女がぽつりと付け足す。なんだ。やっぱり知り合いなんだ。私はこくりと頷いた。
すると少女は反対に首を横に振った。
「違うわ」
何が?
「その人は、私の『知り合い』じゃない」
まるでそれに同意するように、ハトが鳴いた。
少女の声は低く、感情を押し殺したように静かだった。
「…やられたわ。先手を取られた」
なんとなく、背筋に冷たいものを感じた。なにか、なにか取り返しのつかないことをしてしまった気がする。それは、あんなに気の強そうだった彼女が妙に落ち着いている様子からも感じ取れた。
「あなたも、とんでもないことをしてくれたわね」
ふいに、少女の目に怒りの色がついた。
それはいったい誰に向けた怒りなんだろう。
…もしかして、私にじゃないよね?