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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 おそらく、猫の住処に紛れ込んだネズミなのだろう。
 早々に気がついたけれど、気紛れで黙っておくことにした。
 素知らぬ顔で猫の爪を齧ろうとするネズミ。その行為は無茶で無謀だから、猫はその紛れ込んだひ弱な来客に気がつきもしていなかった。

 気がついたのは猫の首にぶらさがった鈴だけ。
 つまり、わたし。



 
 薄暗くギラギラと派手なパーティーは、高級な絹のカーテンを取り払ってしまえば汚れたコンクリートが顔を覗かせる。
 それくらいあからさまな、見せ掛けの偽善。
 わたしの働く場所は、裏と表が真逆だ。裏の顔こそが本性の、闇の中で蠢くような組織だった。
 ここに来る前も似たようなものだった。命がひとつしかない人間のために、警戒と護衛の役割を果たす。時には盾に、時には身代わりに。
 それを嫌悪したことはない。だって、それこそがわたしの存在する意味だから。

 選択肢は初めからありはしない。零か百か、それだけ。
 もし零であるならば、私の存在意義は欠片もないってこと。そして私の価値は、少しずつ零に近付いている。


 骨格のがっしりした『組織のボス』の横で、私はまるでお人形のように着飾って大人しくしている。エメラルド色のカクテルドレス、胸元に下がる真珠。全てはボスの趣味だ。
 まるで彼の娘のように。こうしていれば誰も、わたしを盾だとは思わないだろう。
「リンファは何か飲むか。シャンパンでいいか」
「はい」
 可愛らしく頷いてみせ、銀色の指輪が光る手からグラスを貰って口をつける。シャンパンに不似合いな有害成分は感じられない。そのままその手にグラスを返した。ボスは頷くこともなく何食わぬ顔でアルコールを口に含んだ。
 シャルドネを味わうボスを尻目に、わたしはもう一度会場内を見渡した。
 
 『彼』が居るのは西側のテーブルの壁際だった。ダークグレーのスーツで髪を後ろに撫で付け、銀のフレームの眼鏡を着けた新米秘書のような出で立ちで、ある男の後ろに控えている。
 上司らしき男の顔と名前は知っている。ボスの統括する子会社の社長だ。きっとあの様子では、仕えているはずの男も気付いていないだろう。
 彼は“別物”だ。何を狙っているのか、何を嗅ぎ回っているのか、悪とも善とも違う異質な存在。

「その話は全て君に任せるよ、高谷」
「畏まりました」
 座標を会わせて、彼らの会話を拾う。その男はコウヤと名乗っているらしい。恭しく頭を垂れて、男の信頼を買っている。
 本当に、人間は暢気なものだ。


 だからその中で騒動が起きたとき、思わずわたしは笑ってしまった。
 馬鹿な人だな。折角見逃してあげていたのに、自ら罠にかかるなんて。


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 足音が聞こえた気がして顔を上げた。
 ――きっと、破滅の足音だ。





 日の落ちたアーケード街は、また新たな人工光で彩られていた。
 人の行き来は絶えない。夜の到来を忘れたように皆、何食わぬ顔をして日常の中の非日常を楽しんでいる。
 仕事終わりのOLや学校帰りの学生達。生き急ぐ中でふと呼吸をする、そんなひととき。こうして見ると、この世界の表面のなんと平和なことか。
 
 ふいに、少し前をクレープ片手に歩く少女に目を戻す。
 市内の某私立高校の制服。彼女の工夫で襟や袖口にレースがあしらわれた白いセーラー。ウインドウ・ショッピングを楽しむその様子は、この通りを歩く他の人間達と何ら変わらない。
 
 ブランド店のショーウインドウに自分達の影が映る。少女の数歩後ろを無表情でついていく自分の姿、硝子越しに見る少女の横顔。それに一瞬だけ、幻想が過ぎる。
 本当は今も表の世界を生きていて、その中で『彼女』と街の中を歩いている。そんな、自分でも見ていることに気がつかないほどの泡夢。
 俺が今の俺でなく、目の前にいるのは彼女ではなく。

「さ――」
 硝子の中の雑貨に夢中になっている横顔に声をかけようとした。口をつきそうになった名前に思考が停止する。

 違う、今のは夢だ。壊れてしまった夢。
 俺のたった一人の、最後の家族だった人。
 皮肉だと思った。どこか彼女に似た『彼女』と組むことになるなど。

「なにしてるの、黄泉。行くわよ」

 我知らず硝子の向こうの自分を見据えていた。
 彼女の無邪気な笑顔に、甘く苦いものが込み上げる。

 
 

 
 
 西の空まで暗くなって、身を隠す場所に困ることはなかった。
 なんとか逃げ切ったようだが、右の肩の損傷が酷い。あまり遠くまで行くことは出来なそうだ。
 それでも、少しでも遠くへ。彼らの心臓の音が聞こえなくなるくらいは遠くへ。
 
 暗い路地裏に息を潜ませながら生体機能の回復を待つ。息は白く淡い。コンクリートが冷たいのかこの指先が冷たいのか、分からなくなっていた。
 逃げ切れるとは思っていない。『あれ』が俺にとって…俺達にとってどれだけ重要な情報なのかは、自身が良く理解している。
 だからこそ持ち出した。この過ちを終わらせるために。

 俺に生命を教えてくれたひと。
 創られた俺達の、辿り着く先が同じなのかは分からないけれど。
 辿り着く場所があるのかも分からないけれど。
 いや、それは『人間』であっても同じか。
 
 何でもいい。誰でもいい。
 あの子の居ない場所なら、どこだって同じだ。泡のように消えたって。

 ただ――もう少しだけ。
 俺にはやらなきゃいけないことがあるから、もう少しだけ。
 
 待ち受けるのが崩壊で、その前に進むことが出来なくても。
 全てが消えたとしても。

 だから。

「――匿って」
 
 
 その気配を読み取って、俺は顔を上げた。
 



 
 
 胸に耳を押し当てていた。
 あんなに遠ざかりたかった音なのに、今はこんなに温かい。


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 それから幾らもしないうちに、少年の体が泡のように薄れて溶け出した。
 常田は目を細める。そういう仕組みなのだ。足がつかないように、生体活動が止まると肉体は消滅する。
 彼は少年の最期を見守ってから、ポケットの携帯端末を取り出した。


「――燐音か」

 コール音はない。応答を待たずに相手の名を呼ぶ。受話口の向こうからは加工さえされていない女性の声。いや、うら若い少女の声。

「今、終わった」
『貴方にしては随分掛かったのね』
 鈴のようにころころと澄んだ、自信の満ち溢れた口調。抑揚なく告げる常田を嘲笑うような気配が窺えた。

「仕方無いさ。俺にも都合ってものがある」
『そう。それじゃあ、メモリを持って《13号棟》へ戻ってきて』
「古本屋にあるそうだ。日が昇らねぇと開かねぇよ」
『だったら、朝一で手に入れてきなさい。ちゃんと一般人を装ってね』

 常田は軽く溜め息を吐いた。彼女とは長い付き合いになるが、彼女にかかれば誰であってもただの駒でしかない。利用できるものは利用する、お互いの有益のためには仕方のないことだ。

 目を閉じると、アンドロイドの少年の微笑みが浮かんだ。


 
『お前は、本当に人使いが荒いな』
 スピーカーの向こうから呆れたような声がする。燐音はそれに笑いながら、手元では数台のコンピュータを操作する。
「あら、貴方は人間だったかしら。死神でしょう?人の振りをしちゃ駄目」
『それはお前もだろう。死神も混沌魔王には負けるよ』
 その言葉の傍らでオイルライターの音が聞こえる。通信相手が頭を掻きながら煙草を咥える仕草を連想し、思わず口角をあげる。

「じゃあ、8時間後に」
 彼女の言葉を合図に回線が切れる。同時に、キーボードを叩いていた手が止まった。
 何かを熟考する少女。控えていた男性が気遣わしげに声をかける。
 

「いかがなされましたか、お嬢様」

「いいえ、何もないわ。総て順調よ」

 そうして、椅子を離れて窓際に立った。磨かれた硝子には自分の影が映る。綺麗に手入れされた長い髪、陶磁のような肌。フランネルのチュニックに黒色のジーンズ。

「観上、紅茶を。大至急お願いね」
「かしこまりました」

 窓の外を見下ろした。そこは高層ビルの最上階で、人間が足を付ける大地は既に遠い。
 広がるのは虚ろと静謐。僅かに散らばっているのは輝石だった。東の空が仄かに色付き始めている。


「夜明けが近いわね」

 ひとり呟いて、少女は優雅に微笑んだ。

 

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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