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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 灰色と青が滲んだ空の下、ゆっくりと道を下っていく。
 人というのはしぶとい。けれどどこか不安定で、こうして迷うことが怖い。
 けれど、彼は違った。
 あの人は『知って』いるのだろう。他人の抱えているものが、無関係なのに見えている。だから彼は鳥を売る。彼自身が迷う必要はなく、どことなく退屈そうに。

「彼に会って、僕はどうだろう?」

 少しだけ心が軽くなった気がする。影響を受けたのかもしれない。こっそり、教えてくれたのかもしれない。それが彼の退屈しのぎでも構わない。利害の一致だ。
 それに約束してくれた。自分の手で掴めないときは、売ってくれると。

 また会えるよ。
 必ず。
 その言葉にまた少し気持ちが楽になり、けれど同時に、なにかが軋んだ気がした。それもすぐに薄らいで分からなくなってしまったけれど。


「…また降る前に、少し急がないと」

 ところで、あの言葉はなんだったんだろう。
 扉が閉ざされて残された、あの言葉の意味は。

 ――早く抜け出せるといいね。

 彼はなんと言っただろう。何を伝えようとしていたのだろう。
 ふと鳥の声を聞いて空を見上げる。雲間に鳥の姿はなかった。

 燦々。目を細める。

 太陽の光が強くて、眩暈がした。
 

 
 
***
 

 どれくらい歩いただろうか。確か目的があって歩いていたはずだったが、考え事をしているうちに忘れてしまった。
 仕方なく、足の進むままに石畳を辿っていく。

「まずいなぁ」

 そのうちに数分前まで蒼天だった空が瞬く間に曇り出して。これは降るな、と思う間もなく冷たいものが頬に当たった。
 やっぱりさっきの店で傘を借りてくればよかったかと思いもしたが、どちらにせよもう遅い。
 ついにザアザアと音を立てるほどの天気になって、僕は慌てて辺りを見渡した。
 
 
 そして見つけたのだ。ショーウインドウのある、小さな店を。
 古めかしい佇まい。漆黒の木枠に金のドアノブ、ドアを挟むように大きな窓が二つ。硝子の中には空っぽの鳥籠。
 軒先で雨宿りをしながらそっと覗いた。骨董屋か何かだろうか、見上げても看板はない。
 僕はまるで吸い寄せられるようにして、その扉に手をかけていた。
 
 カラン、カラン。
 ベルの音が室内に木霊する。
 
 裏通りらしく比較的小さな店だった。
 一番奥に木のカウンターがあって、そこに一人の青年が佇んでいた。
 
「あの…雨宿りさせてもらっていいですか」
「ええ、勿論どうぞ」

 店主はその場から動くことなく、僕に声をかけた。僕は周りを眺めながら数歩、更に店の奥へと歩を進める。そしてふと首を傾げた。

 
「……初めてお会いしますか?」

「さて、どうだろうね――」

 そう言うと彼は、複雑そうに笑った。
End...

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「……さっきとの違いは分かった?」
「え?」

 半ば独り言に近い、返答を必要としないような僅かな声量。けれどその目は確かにこちらを見ていた。
 僕は思わず聞き返す。彼はすぐに軽く首を振った。そうして、珈琲に角砂糖を沈める。

「なんでもないよ。ただの冗談だ。ところでさっきの続きだけどね、この店には迷子がよくやってくるんだ」
 深い琥珀色の中に消える真白い四角。僅かに気泡が返ってくる。
 彼はその中に更にスプーンを差し入れて。

「誰かの逃がしてしまった迷い鳥。何らかのタイミングを逃して見失ってしまった鳥が、ここにやってくるんだ」
 それから、ちらりと僕を見た。その瞳に悪戯な色を浮かべながら。
「あと、人間の迷子も、たまにね」

 可笑しげに微笑む目元。僕は思わず口をとがらせた。

「それって、僕のことですか?」
「どうだろうね?」

 その微笑みを隠すように、籠の中の鳥が鳴いた。それを境に音が消えた。無音の上に彼方さんの声が上書きされていく。

「僕はそれらを保護しているだけに過ぎない。今居る大半も、似たようなものかな。ここで新しく生まれるものもいるよ」

 掻き混ぜたカップの中には螺旋が浮かんでいた。苦いのか甘いのか、黒と、ゆるやかな白が混じる混沌とした渦。

 世界の始まりは混沌だという。僕達はその中で生まれ、その元へ帰っていく。
 まるで分からぬまま、自分の知らないうちに根源へと。
 焦り、怯え。
 それを目の前の彼は繋ぎとめていてくれる。
 そう、例え言葉の上だけでも。
 
 
「雨が止んだね」

 言葉につられて窓の外に目をやる。細く開いた空から、光が注いでいるのが見えた。
 石畳の上、残った水溜りで反射していた。うっすらと雲が映っていた。
 その眩しさに僕は現実を思い出す。引き戻されるように顔を上げる。

「じゃあ僕、そろそろ帰ります」
 僕は慌てて残った珈琲を飲み干した。思った通り、底のほうが甘い。カウンターの側で主人が頷いた。

「そうか、そうだね。また降ってくる前に、早く行った方がいい」

「あの、また来てもいいですか」

 椅子をテーブルの下に押し込みながら尋ねた。
 この現実から隔絶されたような空間が、その中に佇む彼が羨ましくて。そしてとても安心出来るこの小さな店にいつの間にか愛着が湧いている。

 社交辞令とは違う。またこの人と話したい。また、この場所に来たい。
 その時にまたここに辿り着けるかは、自信がないけれど。

「勿論、きっとまた会えるよ、必ず」

「きっとと必ずは、どっちが強いですか」

 冗談めかして言う。彼方さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに心得たように可笑しそうに笑った。

「必ず、かな」
 
 店中の鳥達が羽ばたき、囀っていた。時間が戻ってきたようだった。
 彼方さんが見送りに扉を引き開ける。その横をすり抜けて、太陽の光の下に出た。西の空がまだ薄暗かった。

「君がいつ来てもいいように、珈琲を用意して待っているよ」

 戸口に佇む温かい微笑み。僕もまた微笑んで会釈をする。石畳に一歩目を下ろした。
 振り向いてもう一度頭を下げる。すると店主は頷いて、それから、ゆっくりと腕を下ろした。

 最後の最後に、ふと目を細めた。
 扉が閉まるその刹那、声が聞こえた気がした。

「早く抜け出せるといいね。この、リンネの輪から」

 店のドアが音も無く閉じた。

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 夜はすっかり深くなっている。

 常田が奇妙な少年を拾ってから、かれこれ1、2時間といったところだろうか。
 少年・幽は相変わらずソファで毛布にくるまっている。彼の言葉通り、一睡もしないまま天井を見上げていた。目を閉じればそのうち眠れるだろう、そう提言しようとしてやめた。

 繁華街から外れたビル通りは深夜を回ってしまえば静かなものだった。響くのは時計の音と、時折何かに向かって吼える野良犬の声。部屋の中はデスク上のスタンドライトだけが灯っている。その弱い光が、幽の横顔を照らす。
 
 
「あんたは、死神って信じる」
 沈黙の合間を縫うように幽は言った。常田は暇潰しに開いていた週刊誌を捲りながら返す。

「死神、ねぇ」
 少し驚きつつも、視線は上げないまま片手間で首を捻る。幽の言葉は唐突だった。何を考えていて思い至ったかは知らないが、まるで寝物語の延長のようで、常田は深く考えずに答えた。

「黒の死神かブギーポップか…いずれにせよ、魂を狩るものだろ」
「物語の上ではね」
 含みのある言い方だった。はじめて常田は顔をあげる。

「でも、現実の奴らは違う。あいつらは、魂のない奴を狩る」
「まるで、会ったことのあるような口ぶりだな」
 灰皿の吸殻の山を崩しながら常田が言った。茶化したつもりだったが、少年は笑わなかった。
「まさか。さすがに俺だってないよ」
 軽く首を振る。視線は天井を見つめたままで、何を見ているのかは窺えない。
「ただ、『サーカス』の連中が怖れてたから」
 じっと注いだままの真っ直ぐな瞳。胸の辺りが呼吸に合わせて上下するが、ひどく落ち着いているように見えた。

「魂っていうのは命というより精神、意志だよ。所謂(いわゆる)太陽の下を生きる人間が持たなきゃいけない、真っ当なもの。俺たちにはそれがない。自分達の仕事は公にすればマズイって本当は知ってる。だから『サーカス』の奴らも『美術館』の人間も、『宇宙船』の奴らでさえ、悪魔や死神や魔王を怖れてる」

 突然幽が身体を起こした。その瞳がやっと常田を捉える。幾らかの空白を置いて、静かに静かに口を開く。ジリジリと電球が音を立てる。


「あのさ、麻斗。きっと信じてもらえないけど、聞いてくれる」

「何だ」

 室内に溢れる暗闇。灯火を反射して揺れる目の光。泥を落とした顔だけがやけに青白かった。


「俺、ヒトじゃないんだ」

 その言葉に、常田はただ彼を見つめ返すしか出来なかった。

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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