むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「だいじょうぶだよ。ドアを叩いて『Trick or treat!』って言えばいいんだ」
この街に引っ越して来てからの、はじめてのハロウィン。同い年くらいの子達にまじって僕はうなずいた。
空はあいにく雲が多い。それでも雲の間からは銀色の月が覗いていて、ぼんやりと夜の世界を照らしていた。
薄くもやがかるランタンの色。
お父さんの言葉を借りるなら、そう、『ゲンソウテキ』だった。
『ハロウィンなんだから、ちゃんと回ってらっしゃい』
家から押し出すように見送ったお母さんを初めはうらめしく思っていたけど、この調子ならなんとかなりそうだ。道順もこの子達と一緒なら迷わないし、それに、どの子もとっつきやすそうだ。
このハロウィンが終わった後もまた遊んでくれるといいな。そんなことを思いながら、最後尾にこっそりついていく。
「ところで、君は初めて見る子だね」
背の高い男の子が歩幅をあわせながら、僕の顔をじっと見て言う。その表情はやわらかく微笑っている。
「ひっこしてきたばかりなんだ」
僕はちょっとどぎまぎしながら、呟くように答えた。
「じゃあ、新入りの魔法使いだ」
にっこりと笑うその横顔が月の光に照らされている。ふと顔を上げると、先を歩いていた子達も振りかえって笑いかけてくれている。
ぼくは嬉しくなって、その子達につられるようにして笑った。
「トリック・オア・トリート!」
おばけかぼちゃのカゴいっぱいにお菓子を詰め込んで、うらめしく思ったこともすっかり忘れて、満面の笑顔で家のドアをくぐった。
カゴと一緒に心もたくさんのものが詰まっている、そんな気がしていた。
「おかえりなさい」
僕の顔を見て、おかあさんがほっと溜め息をついた。
「良かった。心配していたのよ」
おおげさだな、と思ったけれど、かわりにお菓子のカゴをヒロウする。
たくさん貰ったわねぇ、とお母さんは感心したようにうなずいて、それからまた溜め息をひとつついて笑った。
「お向かいのシュンくんに一緒に回ってくれるように頼んでおいたのに、あなたったら広場に来なかったって聞いていたから」
ぼくは、ぱちぱちとまばたきをする。
「広場なら行ったよ」
広場にはお母さんに言われたとおり、まっすぐに向かった。そしてちょうど出発するところだったハロウィンの行列に混じって、辺りのおうちをめぐったのだから。
「もしかして、別のグループに混じっちゃったのかも」
「ならいいけど。それにしても、変ねぇ。シュンくんのグループが一番に広場を出たって聞いたのに。一体何処で道草していたの?」
あなた、待ち合わせより随分はやく家を出たでしょう。
首をかしげるお母さんの顔を、ぼくは黙ってみつめる。
どうしてだろう。なんだか、胸のあたりがざわざわと落ち着かない。
引っ越したばかりの、一週間目のハロウィンの夜のこと。
そのどきどきの理由を、僕は何日かして知ることになる。
なんでかって?
だってあの夜以来、この街のどこでも、一度もあの子達に会っていないのだから。
あの、ハロウィンの行列。
月に照らされた子供達の顔は、今だって忘れずにいるのに。
この街に引っ越して来てからの、はじめてのハロウィン。同い年くらいの子達にまじって僕はうなずいた。
空はあいにく雲が多い。それでも雲の間からは銀色の月が覗いていて、ぼんやりと夜の世界を照らしていた。
薄くもやがかるランタンの色。
お父さんの言葉を借りるなら、そう、『ゲンソウテキ』だった。
『ハロウィンなんだから、ちゃんと回ってらっしゃい』
家から押し出すように見送ったお母さんを初めはうらめしく思っていたけど、この調子ならなんとかなりそうだ。道順もこの子達と一緒なら迷わないし、それに、どの子もとっつきやすそうだ。
このハロウィンが終わった後もまた遊んでくれるといいな。そんなことを思いながら、最後尾にこっそりついていく。
「ところで、君は初めて見る子だね」
背の高い男の子が歩幅をあわせながら、僕の顔をじっと見て言う。その表情はやわらかく微笑っている。
「ひっこしてきたばかりなんだ」
僕はちょっとどぎまぎしながら、呟くように答えた。
「じゃあ、新入りの魔法使いだ」
にっこりと笑うその横顔が月の光に照らされている。ふと顔を上げると、先を歩いていた子達も振りかえって笑いかけてくれている。
ぼくは嬉しくなって、その子達につられるようにして笑った。
「トリック・オア・トリート!」
おばけかぼちゃのカゴいっぱいにお菓子を詰め込んで、うらめしく思ったこともすっかり忘れて、満面の笑顔で家のドアをくぐった。
カゴと一緒に心もたくさんのものが詰まっている、そんな気がしていた。
「おかえりなさい」
僕の顔を見て、おかあさんがほっと溜め息をついた。
「良かった。心配していたのよ」
おおげさだな、と思ったけれど、かわりにお菓子のカゴをヒロウする。
たくさん貰ったわねぇ、とお母さんは感心したようにうなずいて、それからまた溜め息をひとつついて笑った。
「お向かいのシュンくんに一緒に回ってくれるように頼んでおいたのに、あなたったら広場に来なかったって聞いていたから」
ぼくは、ぱちぱちとまばたきをする。
「広場なら行ったよ」
広場にはお母さんに言われたとおり、まっすぐに向かった。そしてちょうど出発するところだったハロウィンの行列に混じって、辺りのおうちをめぐったのだから。
「もしかして、別のグループに混じっちゃったのかも」
「ならいいけど。それにしても、変ねぇ。シュンくんのグループが一番に広場を出たって聞いたのに。一体何処で道草していたの?」
あなた、待ち合わせより随分はやく家を出たでしょう。
首をかしげるお母さんの顔を、ぼくは黙ってみつめる。
どうしてだろう。なんだか、胸のあたりがざわざわと落ち着かない。
引っ越したばかりの、一週間目のハロウィンの夜のこと。
そのどきどきの理由を、僕は何日かして知ることになる。
なんでかって?
だってあの夜以来、この街のどこでも、一度もあの子達に会っていないのだから。
あの、ハロウィンの行列。
月に照らされた子供達の顔は、今だって忘れずにいるのに。
End.
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『煙草なんて吸わないほうがいい』
ライターを見せてくれながら、彼は言った。
「いいものじゃない。手放せなくなるし、匂いが始終とれない。体に悪い」
「じゃあどうして吸ってるの」
抗議の意味を込めて訊ね返す。まるで彼と自分の、大人と子供の差を示されているようで嫌だった。
勿論、彼がそんな人間でないことは知っている。先生なのに偉そうでもなくて、子供相手でも適当に合わせたりする人じゃない。けれどどうしたって私には、それは大きな壁に見えてしまうから。
拗ねるばかりの子供を余所に、彼は笑った。
「弱いからだよ。縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
目を眇めて、部屋の隅に視線を逃がした。かけた眼鏡のレンズ越しに黄昏が透けて映り込んでいる。
淋しい色だった。
「煙草吸ってても強い人だっているよ」
とっさに口にする。そう言わないと駄目な気がして。
したたかに生きているようで違う、泣きたくなるような色。
私よりも深くて、私よりも脆い。時折見えてしまう、彼の。
「そうかもね。けど、俺はそうじゃない」
その自嘲的な瞳が、いつまでも目蓋の裏に焼きついて消えない。
“何に弱いの。”
最後まで聞くことは出来なかった。
あれから、もう7年。
中学生だった私も、今や既に喫煙が許される年齢だった。
社会人になったあの人はバイトをやめ、それ以来会っていない。彼が居なくとも私は無事に高校大学と卒業し、いつの間にか、あの頃の彼の年齢を越えていた。
何処にいるのかも、何をしているのかも知らない。もう永遠に巡り会うことはないのだろう。
けれど、私のポケットには銀色のライター。
あげることは出来ないと知りながら、買わずにはいられなかったひとつのもの。
あの人と同じ匂い。
顔も声も記憶も少しずつ薄れていく中で、この匂いに包まれている間は鮮明に思い出せた。火をつけると思い出す、ずっと大好きだった人。そしてこれからも忘れられない人。
何かに依存しないと生きて行けないのだと彼は言った。弱いから、必要のないものに助けを請うのだと。
哀しそうな目で笑って、何度も得ようとする右手を静かに下ろし、溜め息を吐く。その息は決して白くはない。
虚勢を張って、己に嘘をついて。
視線の先に居る誰かと比べて、自分はどうしてこんなにも子供なのだろうと嗤う。
私と同じだ。
煙草に火を灯すとき、ふと浮かび上がる自分の弱いもの。
“煙草吸ってても強い人だっているよ”
“そうかもね。けど、俺はそうじゃない”
小さく呟いた。
「弱いから縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
何かに。誰かに。
今なら分かってしまう。
あの人も、誰かに憧れていたのだろう。
ライターを見せてくれながら、彼は言った。
「いいものじゃない。手放せなくなるし、匂いが始終とれない。体に悪い」
「じゃあどうして吸ってるの」
抗議の意味を込めて訊ね返す。まるで彼と自分の、大人と子供の差を示されているようで嫌だった。
勿論、彼がそんな人間でないことは知っている。先生なのに偉そうでもなくて、子供相手でも適当に合わせたりする人じゃない。けれどどうしたって私には、それは大きな壁に見えてしまうから。
拗ねるばかりの子供を余所に、彼は笑った。
「弱いからだよ。縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
目を眇めて、部屋の隅に視線を逃がした。かけた眼鏡のレンズ越しに黄昏が透けて映り込んでいる。
淋しい色だった。
「煙草吸ってても強い人だっているよ」
とっさに口にする。そう言わないと駄目な気がして。
したたかに生きているようで違う、泣きたくなるような色。
私よりも深くて、私よりも脆い。時折見えてしまう、彼の。
「そうかもね。けど、俺はそうじゃない」
その自嘲的な瞳が、いつまでも目蓋の裏に焼きついて消えない。
“何に弱いの。”
最後まで聞くことは出来なかった。
あれから、もう7年。
中学生だった私も、今や既に喫煙が許される年齢だった。
社会人になったあの人はバイトをやめ、それ以来会っていない。彼が居なくとも私は無事に高校大学と卒業し、いつの間にか、あの頃の彼の年齢を越えていた。
何処にいるのかも、何をしているのかも知らない。もう永遠に巡り会うことはないのだろう。
けれど、私のポケットには銀色のライター。
あげることは出来ないと知りながら、買わずにはいられなかったひとつのもの。
あの人と同じ匂い。
顔も声も記憶も少しずつ薄れていく中で、この匂いに包まれている間は鮮明に思い出せた。火をつけると思い出す、ずっと大好きだった人。そしてこれからも忘れられない人。
何かに依存しないと生きて行けないのだと彼は言った。弱いから、必要のないものに助けを請うのだと。
哀しそうな目で笑って、何度も得ようとする右手を静かに下ろし、溜め息を吐く。その息は決して白くはない。
虚勢を張って、己に嘘をついて。
視線の先に居る誰かと比べて、自分はどうしてこんなにも子供なのだろうと嗤う。
私と同じだ。
煙草に火を灯すとき、ふと浮かび上がる自分の弱いもの。
“煙草吸ってても強い人だっているよ”
“そうかもね。けど、俺はそうじゃない”
小さく呟いた。
「弱いから縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
何かに。誰かに。
今なら分かってしまう。
あの人も、誰かに憧れていたのだろう。
END.
ペンを握ったまま、真っ白なノートをぼんやりと見つめていた。
少し年季の入ったヒーターがカタカタと鳴る。外はとうに薄暗く、まだ開け放したままのカーテンの内側で硝子が曇っていた。
ふわふわと暖かい部屋の空気。遠くを走る電車の音。かすかに聞こえる、時計の針が動く音。
眠いのか、夢を見ているのか分からない。
ただ時間だけが贅沢に過ぎていく。
「手、とまってるぞ」
テーブルの向こう側に肘をついて、眼鏡をかけた青年がつまらなそうに呟いた。
「だって、分かんないんだもん」
膨れてみせると、溜め息をつく真似をして口角を上げた。
頬杖を解いて、少しだけ身を乗り出すようにノートを覗き込む。
「どれが分からない」
「これ」
「錘の体積の公式はなんだっけ?」
「底辺の面積かける、高さ」
「だけ?」
「…かける三分の一?」
「正解」
こっちは円柱だから気をつけろよ、とテキストの右側をつつきながら付け加える。
そう、贅沢な時間だ。きっと世界一贅沢で、世界一過ぎるのが早い時間。まだ十数年しか生きていないけれど、今までもこれからも、これに優る時間なんてきっと存在しない。それほどに思えるくらいの、憧れと幸せ。
「なんか眠そうだね」
ちらりと視線をあげると、窓外に目を向ける横顔が見えた。
「この時間はね。それにお前の手もよく止まるし」
「でも、今日はいつもより出来てるでしょ?」
「まぁな」
目線の代わりに言葉が返ってきて、彼はそのまま立ち上り窓際に歩いていった。
暗闇と硝子に映る白い表情。寄りかかるように腕を組んで、じっとどこかを見ている。欠伸を堪える仕草。所在無げな右手が、ジーンズのポケットに触れる。
そこに何があるのか、私は知っていた。
いつだったか、振り向くとそれを手に眺めていた時があった。格好いいねと言ったら昔の恋人の貰い物だと笑っていた。
「じゃあ、私がプレゼントしたら使ってくれる?」
その表情が知らない誰かのように感じられて、茶化す振りをして遮った。私の心を知らないまま、彼はいいよ、なんて言ってニヤリと口角をあげた。
「けど、結構高いよ」
いつもポケットに忍ばせている、銀色のオイルライター。
角に蔦模様とイニシャルの入ったシンプルなデザイン。
使っているところは見たことがなかった。当たり前だろう。彼は仕事中だし、私が彼を知っているのはこの短い時間の中でだけだから。
けれど、かすかにさせている煙草の香りから、それを吸っている姿は容易に想像できた。
少し年季の入ったヒーターがカタカタと鳴る。外はとうに薄暗く、まだ開け放したままのカーテンの内側で硝子が曇っていた。
ふわふわと暖かい部屋の空気。遠くを走る電車の音。かすかに聞こえる、時計の針が動く音。
眠いのか、夢を見ているのか分からない。
ただ時間だけが贅沢に過ぎていく。
「手、とまってるぞ」
テーブルの向こう側に肘をついて、眼鏡をかけた青年がつまらなそうに呟いた。
「だって、分かんないんだもん」
膨れてみせると、溜め息をつく真似をして口角を上げた。
頬杖を解いて、少しだけ身を乗り出すようにノートを覗き込む。
「どれが分からない」
「これ」
「錘の体積の公式はなんだっけ?」
「底辺の面積かける、高さ」
「だけ?」
「…かける三分の一?」
「正解」
こっちは円柱だから気をつけろよ、とテキストの右側をつつきながら付け加える。
そう、贅沢な時間だ。きっと世界一贅沢で、世界一過ぎるのが早い時間。まだ十数年しか生きていないけれど、今までもこれからも、これに優る時間なんてきっと存在しない。それほどに思えるくらいの、憧れと幸せ。
「なんか眠そうだね」
ちらりと視線をあげると、窓外に目を向ける横顔が見えた。
「この時間はね。それにお前の手もよく止まるし」
「でも、今日はいつもより出来てるでしょ?」
「まぁな」
目線の代わりに言葉が返ってきて、彼はそのまま立ち上り窓際に歩いていった。
暗闇と硝子に映る白い表情。寄りかかるように腕を組んで、じっとどこかを見ている。欠伸を堪える仕草。所在無げな右手が、ジーンズのポケットに触れる。
そこに何があるのか、私は知っていた。
いつだったか、振り向くとそれを手に眺めていた時があった。格好いいねと言ったら昔の恋人の貰い物だと笑っていた。
「じゃあ、私がプレゼントしたら使ってくれる?」
その表情が知らない誰かのように感じられて、茶化す振りをして遮った。私の心を知らないまま、彼はいいよ、なんて言ってニヤリと口角をあげた。
「けど、結構高いよ」
いつもポケットに忍ばせている、銀色のオイルライター。
角に蔦模様とイニシャルの入ったシンプルなデザイン。
使っているところは見たことがなかった。当たり前だろう。彼は仕事中だし、私が彼を知っているのはこの短い時間の中でだけだから。
けれど、かすかにさせている煙草の香りから、それを吸っている姿は容易に想像できた。
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