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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 再び公園に差し掛かったところで、突然皐月さんが足を速めた。
 入り口から見えたのは花時計と噴水。そのすぐ側のブランコに、幼い女の子が座っている。

「華ちゃん?」

 彼女が声をかけると、俯いていた少女が顔を上げる。
 その表情が一気に輝いた。

「おかぁさん!」

 ブランコから飛び降りて、ぱたぱたと跳ねるように駆け寄ってくる。そしてしっかりと母親の腕に抱きしめられると、安心したようにぴったりとくっついた。

「もう、どこに行っていたの。駄目じゃない」
「ごめんなさい…」

 決まり悪そうに小さな声で謝る。ほんとにもう、と嗜める母親もまた、眉を顰めながらも口元が綻んでいる。どうやら、はぐれた場所から近い公園に戻ってきていたらしい。
 とにかく、大事に至らなくて良かった。二人の様子を微笑ましく見守っていると、ふいに華ちゃんが僕の存在に気がついた。
「あ、さっきのお兄ちゃん!」
 無邪気に喜ぶ彼女に、一方で僕は内心首を傾げる。『さっき』?どこかで擦れ違っていただろうか。そのうちに皐月さんが顔を上げた。

「ありがとう、和弘くん」
「見つかって良かったですね」

 包み込む太陽の微笑みにつられるように笑って、それから屈んで少女にも笑顔を返した。

「華ちゃんも、もうはぐれちゃ駄目だよ」
「うん!」

 折れそうな細い首で精一杯頷いた。やっぱり子供は元気の塊だ。眩しくて、大人が思う以上に頑丈で。
 皐月さんが華ちゃんの頭を撫でる。華ちゃんは嬉しそうに目を細める。

 
 二人の影越しに、傾き始めた太陽が光っていた。少し離れたどこかで鬼ごっこをしている子供達の声がする。木枯らしで銀杏の葉がかさかさと舞った。もうすっかり日も短い。

 
「和弘?」

 
 ふいに知った声で名前を呼ばれて、僕はゆっくり振り向いた。
 そこにはビニール袋を手に提げたスーツ姿の男。

「あ、恵さん」
 思いがけずバイトの雇い主に会って、僕は破顔する。

「どうしたんですか?こんなところで」
 尋ねると彼は何ともなしにビニール袋を掲げて見せた。袋の表には馴染みの喫茶店のロゴが入っている。
「コーヒーを買いにな。お前こそ何してたんだ、こんな場所で」
「僕は迷子探しですよ」
 恵さんは暫く僕の顔を見て、それからちらと辺りを見回した。
「一人で?」
「一人?まさか」
 訝しげに返されて、思わず苦笑する。そうして、すぐ傍の皐月さん親子を紹介する。

 いや、正しくは紹介しようとした。けれどそれは叶わなかった。なぜなら数歩後ろに居たはずの彼女達が居なくなっていたからだ。

 周りを見回しても人影は無い。二人の姿を隠してしまいそうな障害物も無い。あるのは空のブランコと、低い山茶花の生垣。それからその枝にかけられた、あの人に貸したはずの赤いマフラー。

 どうして、と一瞬だけ戸惑う。
 けれどなんとなく、ああやっぱりという気もしていた。

 気配のようなものだろうか。最初に会ったときのあの不思議な感覚。それから、自販のミルクティーをゆっくりと飲む彼女の様子と。

 
「まさか、ね」

 
 一人呟きながら、ふっと口角をあげる。
 花を傷めてしまわないようマフラーをそっと外した。暖かな朱の色は誰かの手によって丁寧に置かれたように見えた。茂みの向こうに三毛色が揺れた気がしたのは、多分気のせいだろう。
 
 
「そうだ。ちょっとケーキ買いに行きませんか」
「ケーキぃ?なんでまた」
 面倒そうに眉根を寄せる彼を尻目に、異論を唱えさせないよう勝手に荷物を引き取る。
 何度も言うが、こういうのは得意だ。伊達にあの事務所で接客係などやっていない。
「絵那さんから教わったケーキ屋がこの辺りなんです。小さなお店だけど美味しいらしいですよ」
 それを黙って見過ごしながら、恵さんは軽く溜め息を吐いた。
「……モンブランがあるなら」
 勝ち誇ったようににこりと笑って、僕は彼を先導するために道を指す。
 
 そうして、コンクリートに敷き詰められた枯れ葉の上を、二人で歩いていった。
 
 
End.

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 並んで座って、寒空の下で缶飲料を飲む。熱に触れる左手がピリピリと痛い。
 ふいに隣を見ると、皐月さんは紅茶が熱いのか四苦八苦していた。口をつけては離す、というのをしきりに繰り返している。

「やっぱり喫茶店のほうが良かったですね」

 山茶花の赤色と、彼女が首に巻いたマフラーが木枯らしに揺れるのを見ながら僕は言った。けれど皐月さんはくすぐったそうに笑うだけ。

「いいえ。こういった場所のほうが落ち着くわ。それに、慣れているから」
「もしかして、よく迷子になるんですか」
 スチールの缶で手を温めながら、彼女は空を見る。薄い青色の空には鱗雲が残っていて、その合間を縫うようにセキレイが横切る。

「じっとしていられない子で。この間なんて、鳩を追いかけて石段を転がり落ちそうになって」

 灰色の群れが砂利の間を突くのを見ながらコーヒーを啜る。これから冬が来るというのに、彼らはなんとも暢気そうだった。
 
 それにしても、彼女の歳で娘さんがいるってことは、うちの所長は婚期を逃しているということだろうか。今頃大した仕事もなく事務所で暇潰しに勤しんでいるだろう姿を想像しながら、ぼんやりと思い廻らせる。
 まあ仕事柄仕方ないのかなとは思うし、それに、あの人なら一人でもやっていけそうだけれど。

「和弘くんは、兄弟はいる?」
 ふいに話題が自身のことに移って、僕は口元から缶を下ろした。
「うちは姉が一人。もう結婚してるから滅多に会わないですけどね。僕も一人暮らしだし」
「離れていて淋しかったりはしない?」
「そうですねぇ。でも、一人じゃなくてよかったなぁって思うことは、よくあります」

 言いながら思い浮かべるのは故郷を離れて暮らす姉の顔。少し口うるさいけれど、最近は笑顔でいることのほうが増えた気がする。先日帰省したときに姉も丁度里帰りをしていて、春に生まれるのよ、と嬉しそうにお腹を撫でていた。

「それに今は、頼りになる兄みたいな人も近くに居るし」
 今度はまた別の人物を思い浮かべた。
 慌しくも満たされた日々。こうして僕が平穏な生活を送れているのも、ひとえに彼らのお陰なのだろう。普段は意識しないけれど、実家からの電話を切る瞬間や、事務所でぼうっと過ごす時なんかによぎったりする。

「幸せなのね」
「そうかもしれませんね」

 自分がどんな表情をしていたのかは定かではない。彼女の目にはどう写ったのだろうか、穏やかに微笑を向けられて、少しだけ面映い気持ちになった。
 
 
「そろそろ行きましょうか」

 皐月さんが傍らに缶を置いたのを見て、僕は底に僅かに残ったコーヒーを飲み干した。
 ベンチの側のゴミ箱に二人分の缶を放って、先を行く彼女の背中を追いかける。

 鳥居の周囲にはまだ鳩が戯れていた。彼女が近付いていくと、あんなにマイペースだった彼らが一斉に逃げて行く。
 多少通りやすくなった石畳を辿って石段を降りる。幸いにもまだ日が暮れるまでは時間がありそうだった。紅茶を飲んで気分が落ち着いた彼女と一緒に、再び娘さん探しを開始する。

 もう少し探して見つからなかったら、今頃事務所で留守番状態の所長に手伝ってもらうことにしよう。

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 帰り道のショートカットのつもりで、公園を通りかかる。
 秋色の濃い自然公園は、一面の銀杏の葉でいつもと雰囲気が違った。どこか温かく、どこか切ない掠れた黄色。やわらかい秋風。かすかに残る金木犀の甘い香り。
 喫茶店で時間でも潰していこうかと思案していたその時、秋風の合間に何かが聞こえた。

「華ちゃん、華ちゃん」

 一瞬どきりとする。ひと気の少ない夕方前の公園に響く突然の声に。
 見ると、ひとりの女性がうろうろと辺りを見回している。二十代後半か三十代位の若い女性だった。定まらない方向に向けて声を張り上げていた。途方に暮れているようにも見える。

「どうかされましたか」
 びくりと肩があがる。声をかけられたことに驚いたのだろう、丸い目をしてこちらを振り返った。僕は得意の営業用笑顔で迎える。
「ええ、あの。娘を探していて。見ませんでしたか?」
「娘さん?」
 女性は頷いて、ちょうどあれくらいの、と道行く親子を指差す。手を繋いで歩く母子の姿。女の子は7、8歳前後だろうか。

「ちょっと目を放したすきにどこかへ行ってしまって」
 途方に暮れた声音に、同情を禁じることは出来なかった。
 それに、この寒空の下どこかで心細くしているのは、彼女の子供も同じはずだ。
 
「よかったら、一緒に探しましょうか」

 気がつくと、そんな言葉を発していた。けれど後悔はない。驚いたのはむしろ女性のほうで、困ったように尚も食い下がる。

「え…でも、忙しいでしょう?」
「いいんです。特に用事もないし、後は帰るだけだったんで」

 こういう場合の笑顔での押しは得意だ。曇り一つ無い笑みで、言葉を解さずに『何も問題はありませんよ』というニュアンスを伝える。
 やがて女性も納得したのだろうか、その細い首を小さく縦に振った。

「なら、お願いできますか?」
 
 
 彼女は自らを皐月と名乗った。我が子のほうに意識が偏っているようだったので深くは聞かなかったが、この辺りには最近来たばかりらしい。
 慣れていない中で、目を放したすきに見失ったようだ。子供というのは好奇心が強い。親の心配など余所に興味の塊になって駆け回っているのだろう。

 公園は敷地面積が広い。入り口から順に奥へと探していくが、芝生の内側も池の側も、どこにもそれらしい少女はいない。どの子達も母親と一緒か、同年代の子供達で集まってはしゃいでいる。その中に『華ちゃん』はみつからなかった。
 
 
 腕の時計では3時を回っていた。
 公園通りから少し外れた恵比寿神社。その境内を両手に温かい缶を握りしめ、羽根を休める鳩の群れの間を突っ切る。人なれしているのか、踏まれないように逃げはしても飛び立とうとはしない。
 拝殿の脇、山茶花のすぐ側に彼女は座っている。僕の気配に気づいてか、下げていた視線をこちらにむけて微笑んだ。少しだけ寒そうに肩が震えている。

「どうぞ。それと、これ、僕ので悪いんですけど」
 渡したのはホットの紅茶と、自分の首から外したマフラーだった。皐月さんは目を丸くする。
「え、でも。悪いわ」
 途方に暮れたその腕ごと、朱色のマフラーを宙に彷徨わせる。それをまた押し返す。
「僕は大丈夫ですから、嫌でなければ使ってください」
 そうして笑うと、また少しだけ申し訳なさそうに首を傾げた。
「……ありがとう」

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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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