忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 広い草原の中に居て、僕はひとりだった。


 陽射しが焼けるように暑い。
 重くなって来た頭を、なんとか太陽に向けようと持ち上げる。
 
 どれくらいこうしているだろう。
 先刻までは紺色の空に白銀の月が浮かんでいた筈なのに、今はもう何度目かの黄金の太陽が南天から見下ろしている。
 
 大丈夫。大丈夫。
 明日になれば全て夢になる。
 明日を迎えることが出来さえすれば、きっと、変わらない日常が待っている。
 
 紫詰草の葉に頼るように縋る掌が強い赤に染まっている。
 おそらくこの色は、僕の全身を覆っているのだろう。それなのに胸の内側は澄んで、ただ頭の中だけがざりざりと靄がかっている。
 
 だだっ広い草原は、幼い頃に駆け回った草千里に似ていた。
 
 明日になったら、もう一度あの場所に行こう。そうして、空を見上げて、また新しい明日を待つんだ。素晴らしいじゃないか。
 ふいに下ろした視線に、一輪の花が映り込んだ。藍色の美しい花。釣鐘型の花弁が僕と同じように太陽を見ている。もう寿命が近いのだろうか、株の中にひとつだけ辛うじて花が残っていた。
 

「嗚呼、」

 
 僕はかすかに口元に微笑みを浮かべる。
 この広大な草原の中で、静かに明日を待つもの同士だ。
 それを噛み締めるように、鉛のような右手を持ち上げる。じりじりと伸ばす手が、視界の中で歪んで。ふっと世界が暗がりを呼んだ。

 ああ、また夜が来る。
 そして夜露に濡れた体から雫が落ちた。
 



 
 
『どうしてこの花にしたの?』

 友人に問われて、彼女は本棚のフォトスタンドを振り返る。
 飾られているのは一輪の花。藍色が鮮やかな釣鐘型の花弁で作られた押し花だった。

「もっと瑞々しくて咲いたばかりの、元気な花も一杯あったじゃない」
 
 だって、この花が一番綺麗だったんだもの。
 女性は絵筆を置いて、ふいに微笑みを浮かべた。 


 ずっと昔から、何年も何百年も昔から広がっていた草の海原。その片隅に背を伸ばして咲いていた野花を見て、ああ、この花も賢明に時を越えているのだと心に感じた。
 あまり長くない一生の中で何を見ただろう。何を見守ってきただろう。
 そして生を終えようとしている姿はひどく綺麗だった。

 次の季節には、同じ株からまた新たな花が咲くのだろうか。


「それに、何故かしらね。一人ぼっちで淋しそうに見えたのよ」

 窓の外で、七色の虹が空に光っていた。
 
 
END

拍手[0回]

PR
「なんでこんな真似をした」

 二人並んで、暗い厨房の壁に背中を預ける。
 高谷はシルバーフレームの眼鏡を外し、きっちりと固めていた前髪を下ろした。まるで癖のようにポケットに手を入れて、オイルライターを取り出したところで思いとどまる。
 先刻までの生真面目ぶりは何処へやら。人間らしい表情を滲ませた彼を見て、私は笑った。

「さあ、何故かしら」
 本当は何故かなんて分かりきっているのに、まるで面白がるように濁して。
 いや、事実面白がっている。興味が湧いているのだ、これからどうなっていくのかについて。


「だいじょうぶ、逃げ切れる」
 溜め息を吐きながら、わたしを見る。品定めをされている気分になる。
「妙に自信気だな。それとも気を紛らわすための妄言か」
「だってわたしは鈴だから」
 黒い瞳の片隅にわたし自身が映っていた。碧緑色のドレスを着た華奢な娘。何処にでもいる少女と変わらないように見えても、わたしが彼ら人間と違う存在なのだということは疑うことも出来ない。
 そう、生まれた瞬間から知っている。
「あなたはここでは捕まらない。わたしは親切だから、それだけは教えておいてあげる」 
 そうして、軽く彼の手の甲に触れた。
 
 最初は気紛れだった。けれど今は、そんな生易しいものじゃない。
 だって、見えてしまったから。これからのこと。行く末。結末。終焉。
 この先に待っている、行き止まり。


「残酷だな」

「よく言われるわ。心が無いって。でも仕方ないよね」

 そう言って笑うしかない。

 仕方ないわ。だって、人間じゃないんだもの。
 けれど人間じゃなくたって、わたしだって、願う未来はある。
 
 

 どこか遠く、見当違いな所で彼を探す喧騒が聞こえる。
 わたしは重い鉄の扉を押し開けて、タクシー一台停まっていない路地に出た。コンクリートの階段を下り終えたところで、高谷の背中に声をかけた。

「これからきっと会うことになるわね」
「お前とか?こんな面倒事はもう勘弁だ」
 しかめた顔に苦笑しながら、ゆるゆると首を振る。
「違う。わたしじゃない。わたしじゃなくて、かたわれ」

 勿論彼は、脈絡の見えないわたしの言葉の意味を知らない。
 今はまだそれでいい。例え一生分からないままでも、それは必ず起こる邂逅なのだから。
 そしてその時、おそらくもうわたしは居ない。この仕事がわたしの終わりの居場所だと言うことも、ずっと前から知っている。

 だから彼と会うのはわたしじゃなくて。

「あなた、名前は? 『コウヤ』なんて名前じゃないんでしょう」
 怪訝な顔、それでいて何かを読み取ろうとしている彼に、最後に尋ねる。
 小さく返された声は低く私の耳に届いた。
「…常田麻斗」
「あさと。朝の星ね。『荒れた夜』よりはずっと地味でいい」
 そう。地味で、淡くて、それこそ最期の希望のような。
 闇の中に滲むスーツの暗灰色。それは安全灯のオレンジのむこうを目指し、羽根を休める場所を探して背を向ける。


「世話になった。――気をつけろよ」
 ちらりと振り返る、黒い目がわたしを見上げてくる。きっともう二度と会うことのない深い輝き。

 だからわたしは、返事の代わりに未来を託した。
 あの子と、わたしと対になる名前を持つ彼と語り合った行き止まりの未来を。


「わたしはね、メイ。明るいの字で『明』よ」
 

 そうして見えなくなった後姿。
 静かに指を組んで、祈るようにその闇を見た。
 

 アサト。
 きっと彼こそが、わたしたちの終わりを見届けてしまう人。
 
 
END.

Back /
from dark till dawn 『黎明』

拍手[0回]

「――何故、お前がそれを持っている」

 コウヤという男は、動揺を隠しながらじっとボスの顔を見つめていた。

「それは…」
 立ち入り禁止区域のエレベーターホール。新米秘書風の彼の手には、執務室に上がるための認証キー。勿論、ホストキーは私が持っているのだから非合法に作ったスペアだ。
 殺気と猜疑に溢れたボスの視線。そんなものを向けられても、迷い込んだネズミは怯まなかった。

 銀縁の向こう、むしろ、その瞳は何の色も無く。
 それを見てわたしは気がついた。ああ、彼はネズミではないのだと。

「捕らえろ」
 その一言で、ホール前に『警備』が溢れた。殺傷用の銃を携えた人間の群れ。しかし高谷は警備の隙をついて、人の波の間をすり抜け駆け出した。

「『鈴花』」
「はい」
 そのやり取りだけで、わたしもまた戦線に駆り出される。鈴は時として盾に、そして、時として刃になる。

 しかし、わたしの心は違っていた。
 何をするべきなのかを知っていたからだ。これから起こることのために、わたしが取るべき道は見えていた。
 
 そして、わたしの行く末も。
 
 
 迷路のように入り組んだ建物の中では簡単に追いつくことが出来た。
 けれども彼も、人間にしてはうまく隠れている。その証拠に、他の警備の人間は誰一人彼の居場所を特定できていない。

 地下一階、裏口まで僅か数メートルの予備リネン室。まるで人の気配もない、ビルの人間でも見落としがちな小さな部屋は器用に鍵が外されていた。
 その扉の前で、わたしは彼の到着を待っていた。
 
 程なくしてやってきたのは、先刻の高谷という男。
 彼は待ち伏せしていたわたしを見て、反射的に懐に手を入れた。何を求めたのかも定かでないまま、それをやんわりと制す。
 勿論、彼が驚いたのは言うまでもない。そして更に彼が驚くべき言葉を投げかける。


「こっち」


 混乱と警戒の色が交じる。当たり前だ。彼を侵入者だとすればここは敵の本拠地で、わたしは彼の敵ということになる。

「お前…」

「裏口はもう固められてる。逃げるなら運搬口がいいわ」

 その言葉を信用してもらえると思ったわけではなかった。けれどそんなことはどうだっていい。例えば高谷がわたしを信じずに捕まってしまっても、つまりは彼の運命が『それまで』だってことだけだ。

 きっとそれはそれで、運命は転がっていく。
 綺麗に軌道を修正されながら。


Next / Back

拍手[0回]

Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]