むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
北欧様式の円卓を囲んだ賑やかな宴。
その片隅でグラスを傾けながら朝斗が言った。
「実はこの偽電気ブラン、とある場所で狸一族が造っているんですよ」
「えええ、まさか」
「まさかのまさかなんです」
異国情緒溢れるペルシャ絨毯の、その上に敷き詰められた沢山の円卓とソファ。古今東西集まった人々を照らすシャンデリア。
猫の楽団の演奏をバック・ミュージックに彼女はかすかに口元を綻ばせる。
「時は遡ること大正時代、京都中央電話局職員の甘井氏が偶然に発明したのがこのお酒。現在は夷川という狸の一族が醸造し、それを強みに狸界で幅を利かせているというわけです」
まるでジャズの演奏にあわせるように、歌うように言葉を紡ぐ。傍らに居た女性が興味津々で尋ねた。偶然席を同じくした面々も、つられて首を傾げる。
「たぬき、って、狸ってあの可愛らしい四肢でお酒を醸成しているのですか」
「ちゃんと工場があるんですよ。狸といえども化ける術を憶えた狸たちですから。そこでせっせと甘美なお酒を作っているのです」
「化ける? 狸界?」
今度は向かいの男性が身を乗り出しながら。
「そうです。化けるし、狸界があるんです」
「僕も長いこと生きてきたけれど、化ける狸には未だかつてお目にかかったことはないなぁ」
「私もよ」
「ええ、実は私もまだ見たことはないんです」
「え? 朝斗さんも無いんですか?」
「はい、残念ながら」
目を白黒させる聴衆を尻目に、ついと澄ました顔で最後の一口を飲み干す。間髪入れず通りかかったメイドが新たな偽電気ブランを注いで去っていった。
そのうちに同席した一人の女性が、ふいに顔を明るくして手を叩いた。
「嗚呼わかった、冗談なのですね」
「そうか、いつもの幻想的物語ですね」
「これはこれは、あやうく口車に乗せられるとこだった」
「ふふふ」
口々に、なんだなんだと胸を撫で下ろす人々。宴の席には相応しいお話ですねと微笑う女性の傍らで、その空想物書きは意味深に笑ったのだった。
※輪音さんの『夜歩く』にトラックバック。
宴の様子は是非彗星舎にて。
『偽電気ブラン』については森見登美彦著『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』を参照されたし。
その片隅でグラスを傾けながら朝斗が言った。
「実はこの偽電気ブラン、とある場所で狸一族が造っているんですよ」
「えええ、まさか」
「まさかのまさかなんです」
異国情緒溢れるペルシャ絨毯の、その上に敷き詰められた沢山の円卓とソファ。古今東西集まった人々を照らすシャンデリア。
猫の楽団の演奏をバック・ミュージックに彼女はかすかに口元を綻ばせる。
「時は遡ること大正時代、京都中央電話局職員の甘井氏が偶然に発明したのがこのお酒。現在は夷川という狸の一族が醸造し、それを強みに狸界で幅を利かせているというわけです」
まるでジャズの演奏にあわせるように、歌うように言葉を紡ぐ。傍らに居た女性が興味津々で尋ねた。偶然席を同じくした面々も、つられて首を傾げる。
「たぬき、って、狸ってあの可愛らしい四肢でお酒を醸成しているのですか」
「ちゃんと工場があるんですよ。狸といえども化ける術を憶えた狸たちですから。そこでせっせと甘美なお酒を作っているのです」
「化ける? 狸界?」
今度は向かいの男性が身を乗り出しながら。
「そうです。化けるし、狸界があるんです」
「僕も長いこと生きてきたけれど、化ける狸には未だかつてお目にかかったことはないなぁ」
「私もよ」
「ええ、実は私もまだ見たことはないんです」
「え? 朝斗さんも無いんですか?」
「はい、残念ながら」
目を白黒させる聴衆を尻目に、ついと澄ました顔で最後の一口を飲み干す。間髪入れず通りかかったメイドが新たな偽電気ブランを注いで去っていった。
そのうちに同席した一人の女性が、ふいに顔を明るくして手を叩いた。
「嗚呼わかった、冗談なのですね」
「そうか、いつもの幻想的物語ですね」
「これはこれは、あやうく口車に乗せられるとこだった」
「ふふふ」
口々に、なんだなんだと胸を撫で下ろす人々。宴の席には相応しいお話ですねと微笑う女性の傍らで、その空想物書きは意味深に笑ったのだった。
宴は続く
※輪音さんの『夜歩く』にトラックバック。
宴の様子は是非彗星舎にて。
『偽電気ブラン』については森見登美彦著『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』を参照されたし。
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それから数刻の後、祠を片付けて二人は夏端家邸宅へと向かった。
屋敷に蔓延していた眷属も平和的且つ合法的にお帰り頂いた。御神体、『刀』の切れ端は新しく布を丁寧に巻き直し、翠仙がしたためた符札と共に祠に納めた。
奉るということは、こういうことである。
手際良く全てを終わらせた二人を、感心と猜疑が混じった目で見つめる。
けれど夏端家の者達は、確かに家の中が清められた気配を感じていた。足音も障子の影も、異形の列が跋扈する夢さえももう見ることはないのだと、漠然と理解していた。
「以上で、私共の仕事は終わりです。あとは何年かに一度、あの祠の手入れを怠らなければ悪いことは起こらないでしょう」
厳粛に、常葉は頭を下げた。その後ろには相変わらず影に隠れるように少女が潜んでいたが、夏端はもう何も奇妙に思うことはなかった。そろそろ飽き始めているらしい横顔も、今では神々しく、また微笑ましく見える。
「ありがとうございました」
頭を垂れる。瞳を潤ませながら感謝の意を唱える母と妻の姿に、夏端はこの上ない幸福と安堵を憶えた。
こんなにも早く解放されるなら、何故もっと早く彼らを頼らなかったのか。否、今となっては変わらぬ話だ。ただ我が家に戻ってきた平穏を噛み締めながら、その真っ白な後姿を見送った。
彼が再び薊堂を訪れたのは、二人が夏端家を治めた一週間後のことである。
「お陰様で妙な事も起こらなくなりました。祠も毎年掃除をするように取り決めました」
前と同じように二階の洋室に通され、よく冷えた麦茶を勧められながら礼を述べる。少女は眠りこそしていなかったが、やはり長いソファの上で寝そべっていた。
「お役に立てたようで何よりです」
常葉が心から喜ばしげに微笑む。値段があまりに良心的だったため少々不安に思っていたが、どうやら正しいらしい。夏端は思い出したように、携えてきた袋を常葉に差し出した。
「そうだ、これ」
テーブルの上に揚げられた白い紙袋。常葉は一瞬だけ怪訝な顔をして、勧められるままにそれを受け取る。取り出してみると、更に紙で包まれた箱が入っていた。
「あの、この油揚げをお嬢ちゃんに」
その言葉に、常葉が驚嘆の表情を浮かべる。
「戴いても宜しいんですか」
「ええ。ウチは代々にがり屋なもので」
言い訳染みた言葉ではあったが、夏端の家が豆富屋であることは事実だった。それにやはり、狐には油揚げが良いと考えたのだ。ちらりと青年の後ろに目をやると、少女もまた首をもたげてこちらを見ていた。
それから幾度と礼を述べる常葉に暇を告げ、夏端は薊堂を後にした。
「またお困りのことがあれば、どうぞ薊堂へ」
深く下げられた頭に会釈を返す。きっとここに来ることはもうないのだろう。そう思うと嬉しくもあり、少し淋しくもあった。
夏端が扉を出て行ったのを見送って、常葉はソファの上の少女を振り返った。
「翠仙、油揚げを貰ったよ。どうしようか」
何やらそわそわと落ち着きを欠いた動向。いつもより喜色の強い微笑みに翠仙は溜め息を吐く。
「どうしようも何も」
暫く不満げにその様子を見ていたが、やがて目を逸らして呆れた顔。それから面倒臭そうに彼の名前を呼んだ。
「…常葉」
「なにかな?」
「しっぽ出てる」
うきうきとした言葉を断ち切るように。常葉はとっさに自らの尻を隠す仕草をして、まるで犬が自分のそれを追いかけるようにくるりと体を回した。
「嘘よ。冗談」
視界の端でそれを追いながら、翠仙は益々呆れたように肘掛に頬杖をついた。
時刻は丁度お八つ時。
結局、煮浸しにした油揚げを全部常葉にやって、少女は静かに麦茶で喉を潤していた。
こうも至福そうに食べる姿を見ると、油揚げはそんなにまで美味しいものだったかと錯覚する。
「ほんとに…人間の真似、上手いよねぇ」
滅多に座らない執務机に向かい、薊堂の主人・浅見翠仙は感心したように言葉を洩らした。
それに何を思ったか、常葉は得意げに胸を張る。
「まぁまぁ。それもこれも妖のなせる業だよ」
そう言って悪戯っぽく片目を瞑ってみせるが、嬉しそうに油揚げを頬張る後では到底格好もつかないと、少女は重ねて思うのだった。
屋敷に蔓延していた眷属も平和的且つ合法的にお帰り頂いた。御神体、『刀』の切れ端は新しく布を丁寧に巻き直し、翠仙がしたためた符札と共に祠に納めた。
奉るということは、こういうことである。
手際良く全てを終わらせた二人を、感心と猜疑が混じった目で見つめる。
けれど夏端家の者達は、確かに家の中が清められた気配を感じていた。足音も障子の影も、異形の列が跋扈する夢さえももう見ることはないのだと、漠然と理解していた。
「以上で、私共の仕事は終わりです。あとは何年かに一度、あの祠の手入れを怠らなければ悪いことは起こらないでしょう」
厳粛に、常葉は頭を下げた。その後ろには相変わらず影に隠れるように少女が潜んでいたが、夏端はもう何も奇妙に思うことはなかった。そろそろ飽き始めているらしい横顔も、今では神々しく、また微笑ましく見える。
「ありがとうございました」
頭を垂れる。瞳を潤ませながら感謝の意を唱える母と妻の姿に、夏端はこの上ない幸福と安堵を憶えた。
こんなにも早く解放されるなら、何故もっと早く彼らを頼らなかったのか。否、今となっては変わらぬ話だ。ただ我が家に戻ってきた平穏を噛み締めながら、その真っ白な後姿を見送った。
彼が再び薊堂を訪れたのは、二人が夏端家を治めた一週間後のことである。
「お陰様で妙な事も起こらなくなりました。祠も毎年掃除をするように取り決めました」
前と同じように二階の洋室に通され、よく冷えた麦茶を勧められながら礼を述べる。少女は眠りこそしていなかったが、やはり長いソファの上で寝そべっていた。
「お役に立てたようで何よりです」
常葉が心から喜ばしげに微笑む。値段があまりに良心的だったため少々不安に思っていたが、どうやら正しいらしい。夏端は思い出したように、携えてきた袋を常葉に差し出した。
「そうだ、これ」
テーブルの上に揚げられた白い紙袋。常葉は一瞬だけ怪訝な顔をして、勧められるままにそれを受け取る。取り出してみると、更に紙で包まれた箱が入っていた。
「あの、この油揚げをお嬢ちゃんに」
その言葉に、常葉が驚嘆の表情を浮かべる。
「戴いても宜しいんですか」
「ええ。ウチは代々にがり屋なもので」
言い訳染みた言葉ではあったが、夏端の家が豆富屋であることは事実だった。それにやはり、狐には油揚げが良いと考えたのだ。ちらりと青年の後ろに目をやると、少女もまた首をもたげてこちらを見ていた。
それから幾度と礼を述べる常葉に暇を告げ、夏端は薊堂を後にした。
「またお困りのことがあれば、どうぞ薊堂へ」
深く下げられた頭に会釈を返す。きっとここに来ることはもうないのだろう。そう思うと嬉しくもあり、少し淋しくもあった。
夏端が扉を出て行ったのを見送って、常葉はソファの上の少女を振り返った。
「翠仙、油揚げを貰ったよ。どうしようか」
何やらそわそわと落ち着きを欠いた動向。いつもより喜色の強い微笑みに翠仙は溜め息を吐く。
「どうしようも何も」
暫く不満げにその様子を見ていたが、やがて目を逸らして呆れた顔。それから面倒臭そうに彼の名前を呼んだ。
「…常葉」
「なにかな?」
「しっぽ出てる」
うきうきとした言葉を断ち切るように。常葉はとっさに自らの尻を隠す仕草をして、まるで犬が自分のそれを追いかけるようにくるりと体を回した。
「嘘よ。冗談」
視界の端でそれを追いながら、翠仙は益々呆れたように肘掛に頬杖をついた。
時刻は丁度お八つ時。
結局、煮浸しにした油揚げを全部常葉にやって、少女は静かに麦茶で喉を潤していた。
こうも至福そうに食べる姿を見ると、油揚げはそんなにまで美味しいものだったかと錯覚する。
「ほんとに…人間の真似、上手いよねぇ」
滅多に座らない執務机に向かい、薊堂の主人・浅見翠仙は感心したように言葉を洩らした。
それに何を思ったか、常葉は得意げに胸を張る。
「まぁまぁ。それもこれも妖のなせる業だよ」
そう言って悪戯っぽく片目を瞑ってみせるが、嬉しそうに油揚げを頬張る後では到底格好もつかないと、少女は重ねて思うのだった。
完.
「これが祠かぁ」
話に聞いた、何を奉っているとも知れない小さな祠。けれどそれがただの飾りでないことは、張り巡らされた注連縄と頑丈な石の造りから見て取れる。
「御狐様ではないみたいだけど」
翠仙は四方八方から遠慮なしに祠を眺めた。歪んだ気は確かに感じるが、ここに来る間に随分薄れてしまったので正体がよく判らない。立ったりしゃがんだりと、奇妙な所がないかと探し回る。時折手を伸ばしながら。
「あれ。なんだろ」
祠の厨子が開いて中が見える。その中には傷付き風雨に汚れた御神体が転がっていた。
文字通り転がっているのだ。ボロボロの布に包まれた何かが正しい場所に納まるでもなく、扉の内側に倒れ込んでいる。翠仙はそれを拾い上げようとして、何かを察して指先を宙で止める。
「翠仙!」
傾斜を見下ろすと、数メートル下に常葉の姿があった。足場の悪い道をそろりそろりと登ってくる。
「あら、貴方まで来たの? 別にいいのに」
翠仙は林檎飴のついていた割り箸を袋に仕舞うと、スカートのポケットに押し込んだ。常葉の到着を待たずに何かを唱える。
時の流れのような、滾々(こんこん)と湧きいずる言葉の鎖。それは祝詞のようでも真言のようでもあった。
そして鎖の終わりにはっきりと、喉の奥から言葉を発する。
「臨兵闘者皆陣列在前」
両の手で結ぶのは九文字の印。曰く、『兵に臨みて闘ふ者は皆陣列の前に在り』と。いかなる敵でさえ恐れるに足りないのだと、つまりは挑発だった。
最後の一文字を結び終わるか終わらないかのうちに、彼女の体を突風が包む。
風の源は、厨子の中だった。風と共に声が鳴る。
『知った口を聞くな、小娘』
腹の底、脳の奥に直接響くような『声』。男とも女とも、子供とも老人ともつかぬ、それでいて憤りの感情だけは籠った声だった。
それでも少女が怯む筈は無く。
「小娘じゃないわ。翠仙よ」
むしろ堂々と祠の主を見上げる。また別の風が、翠仙を守るように包み込む。
ふいに声の調子が変わった。
『おや…その気配、人の姿はしているが人ではないな』
ちょっと興が削がれたような顔つきの翠仙と、その傍らに静かに佇む常葉を見て、声の主が嗤う。
そして何かを透かし見るように、
『承知、承知。人間の側に寝返った狐が居ると聞いたことがあるぞ』
暗闇とも陽炎とも判らない、網膜に映りこまないその何か。けれど翠仙の瞳は真っ直ぐに声の主を見据えていた。彼女には『見えて』いるのだ。
「寝返ったわけじゃないわよ。元々はヒトも妖怪も、助け合って生きてきたでしょう」
誰かの真似をして、つまらなそうに肩をすくめる仕草をする。それから、にやりと表情を改めて傍らの青年に視線をやる。
「――なんて。そんなこと、どうでもいいんだけどね。ねぇ、常葉?」
「そうだね。僕も翠仙も、自分の居たい場所に居るのだから何も問題はない」
少女に応えるように青年もくすりと微笑する。
その言葉に益々気を良くしたのか、翠仙はにいっと笑った。
「それこそ、誰かにとやかく言われる必要もね」
日の光の下だというのに、少女の眼光が鋭く色付いたように見えた。
話に聞いた、何を奉っているとも知れない小さな祠。けれどそれがただの飾りでないことは、張り巡らされた注連縄と頑丈な石の造りから見て取れる。
「御狐様ではないみたいだけど」
翠仙は四方八方から遠慮なしに祠を眺めた。歪んだ気は確かに感じるが、ここに来る間に随分薄れてしまったので正体がよく判らない。立ったりしゃがんだりと、奇妙な所がないかと探し回る。時折手を伸ばしながら。
「あれ。なんだろ」
祠の厨子が開いて中が見える。その中には傷付き風雨に汚れた御神体が転がっていた。
文字通り転がっているのだ。ボロボロの布に包まれた何かが正しい場所に納まるでもなく、扉の内側に倒れ込んでいる。翠仙はそれを拾い上げようとして、何かを察して指先を宙で止める。
「翠仙!」
傾斜を見下ろすと、数メートル下に常葉の姿があった。足場の悪い道をそろりそろりと登ってくる。
「あら、貴方まで来たの? 別にいいのに」
翠仙は林檎飴のついていた割り箸を袋に仕舞うと、スカートのポケットに押し込んだ。常葉の到着を待たずに何かを唱える。
時の流れのような、滾々(こんこん)と湧きいずる言葉の鎖。それは祝詞のようでも真言のようでもあった。
そして鎖の終わりにはっきりと、喉の奥から言葉を発する。
「臨兵闘者皆陣列在前」
両の手で結ぶのは九文字の印。曰く、『兵に臨みて闘ふ者は皆陣列の前に在り』と。いかなる敵でさえ恐れるに足りないのだと、つまりは挑発だった。
最後の一文字を結び終わるか終わらないかのうちに、彼女の体を突風が包む。
風の源は、厨子の中だった。風と共に声が鳴る。
『知った口を聞くな、小娘』
腹の底、脳の奥に直接響くような『声』。男とも女とも、子供とも老人ともつかぬ、それでいて憤りの感情だけは籠った声だった。
それでも少女が怯む筈は無く。
「小娘じゃないわ。翠仙よ」
むしろ堂々と祠の主を見上げる。また別の風が、翠仙を守るように包み込む。
ふいに声の調子が変わった。
『おや…その気配、人の姿はしているが人ではないな』
ちょっと興が削がれたような顔つきの翠仙と、その傍らに静かに佇む常葉を見て、声の主が嗤う。
そして何かを透かし見るように、
『承知、承知。人間の側に寝返った狐が居ると聞いたことがあるぞ』
暗闇とも陽炎とも判らない、網膜に映りこまないその何か。けれど翠仙の瞳は真っ直ぐに声の主を見据えていた。彼女には『見えて』いるのだ。
「寝返ったわけじゃないわよ。元々はヒトも妖怪も、助け合って生きてきたでしょう」
誰かの真似をして、つまらなそうに肩をすくめる仕草をする。それから、にやりと表情を改めて傍らの青年に視線をやる。
「――なんて。そんなこと、どうでもいいんだけどね。ねぇ、常葉?」
「そうだね。僕も翠仙も、自分の居たい場所に居るのだから何も問題はない」
少女に応えるように青年もくすりと微笑する。
その言葉に益々気を良くしたのか、翠仙はにいっと笑った。
「それこそ、誰かにとやかく言われる必要もね」
日の光の下だというのに、少女の眼光が鋭く色付いたように見えた。
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