むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
『煙草なんて吸わないほうがいい』
ライターを見せてくれながら、彼は言った。
「いいものじゃない。手放せなくなるし、匂いが始終とれない。体に悪い」
「じゃあどうして吸ってるの」
抗議の意味を込めて訊ね返す。まるで彼と自分の、大人と子供の差を示されているようで嫌だった。
勿論、彼がそんな人間でないことは知っている。先生なのに偉そうでもなくて、子供相手でも適当に合わせたりする人じゃない。けれどどうしたって私には、それは大きな壁に見えてしまうから。
拗ねるばかりの子供を余所に、彼は笑った。
「弱いからだよ。縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
目を眇めて、部屋の隅に視線を逃がした。かけた眼鏡のレンズ越しに黄昏が透けて映り込んでいる。
淋しい色だった。
「煙草吸ってても強い人だっているよ」
とっさに口にする。そう言わないと駄目な気がして。
したたかに生きているようで違う、泣きたくなるような色。
私よりも深くて、私よりも脆い。時折見えてしまう、彼の。
「そうかもね。けど、俺はそうじゃない」
その自嘲的な瞳が、いつまでも目蓋の裏に焼きついて消えない。
“何に弱いの。”
最後まで聞くことは出来なかった。
あれから、もう7年。
中学生だった私も、今や既に喫煙が許される年齢だった。
社会人になったあの人はバイトをやめ、それ以来会っていない。彼が居なくとも私は無事に高校大学と卒業し、いつの間にか、あの頃の彼の年齢を越えていた。
何処にいるのかも、何をしているのかも知らない。もう永遠に巡り会うことはないのだろう。
けれど、私のポケットには銀色のライター。
あげることは出来ないと知りながら、買わずにはいられなかったひとつのもの。
あの人と同じ匂い。
顔も声も記憶も少しずつ薄れていく中で、この匂いに包まれている間は鮮明に思い出せた。火をつけると思い出す、ずっと大好きだった人。そしてこれからも忘れられない人。
何かに依存しないと生きて行けないのだと彼は言った。弱いから、必要のないものに助けを請うのだと。
哀しそうな目で笑って、何度も得ようとする右手を静かに下ろし、溜め息を吐く。その息は決して白くはない。
虚勢を張って、己に嘘をついて。
視線の先に居る誰かと比べて、自分はどうしてこんなにも子供なのだろうと嗤う。
私と同じだ。
煙草に火を灯すとき、ふと浮かび上がる自分の弱いもの。
“煙草吸ってても強い人だっているよ”
“そうかもね。けど、俺はそうじゃない”
小さく呟いた。
「弱いから縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
何かに。誰かに。
今なら分かってしまう。
あの人も、誰かに憧れていたのだろう。
ライターを見せてくれながら、彼は言った。
「いいものじゃない。手放せなくなるし、匂いが始終とれない。体に悪い」
「じゃあどうして吸ってるの」
抗議の意味を込めて訊ね返す。まるで彼と自分の、大人と子供の差を示されているようで嫌だった。
勿論、彼がそんな人間でないことは知っている。先生なのに偉そうでもなくて、子供相手でも適当に合わせたりする人じゃない。けれどどうしたって私には、それは大きな壁に見えてしまうから。
拗ねるばかりの子供を余所に、彼は笑った。
「弱いからだよ。縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
目を眇めて、部屋の隅に視線を逃がした。かけた眼鏡のレンズ越しに黄昏が透けて映り込んでいる。
淋しい色だった。
「煙草吸ってても強い人だっているよ」
とっさに口にする。そう言わないと駄目な気がして。
したたかに生きているようで違う、泣きたくなるような色。
私よりも深くて、私よりも脆い。時折見えてしまう、彼の。
「そうかもね。けど、俺はそうじゃない」
その自嘲的な瞳が、いつまでも目蓋の裏に焼きついて消えない。
“何に弱いの。”
最後まで聞くことは出来なかった。
あれから、もう7年。
中学生だった私も、今や既に喫煙が許される年齢だった。
社会人になったあの人はバイトをやめ、それ以来会っていない。彼が居なくとも私は無事に高校大学と卒業し、いつの間にか、あの頃の彼の年齢を越えていた。
何処にいるのかも、何をしているのかも知らない。もう永遠に巡り会うことはないのだろう。
けれど、私のポケットには銀色のライター。
あげることは出来ないと知りながら、買わずにはいられなかったひとつのもの。
あの人と同じ匂い。
顔も声も記憶も少しずつ薄れていく中で、この匂いに包まれている間は鮮明に思い出せた。火をつけると思い出す、ずっと大好きだった人。そしてこれからも忘れられない人。
何かに依存しないと生きて行けないのだと彼は言った。弱いから、必要のないものに助けを請うのだと。
哀しそうな目で笑って、何度も得ようとする右手を静かに下ろし、溜め息を吐く。その息は決して白くはない。
虚勢を張って、己に嘘をついて。
視線の先に居る誰かと比べて、自分はどうしてこんなにも子供なのだろうと嗤う。
私と同じだ。
煙草に火を灯すとき、ふと浮かび上がる自分の弱いもの。
“煙草吸ってても強い人だっているよ”
“そうかもね。けど、俺はそうじゃない”
小さく呟いた。
「弱いから縋りたくなる。何かに依存しないと、生きていけない」
何かに。誰かに。
今なら分かってしまう。
あの人も、誰かに憧れていたのだろう。
END.
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