むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
帰り道のショートカットのつもりで、公園を通りかかる。
秋色の濃い自然公園は、一面の銀杏の葉でいつもと雰囲気が違った。どこか温かく、どこか切ない掠れた黄色。やわらかい秋風。かすかに残る金木犀の甘い香り。
喫茶店で時間でも潰していこうかと思案していたその時、秋風の合間に何かが聞こえた。
「華ちゃん、華ちゃん」
一瞬どきりとする。ひと気の少ない夕方前の公園に響く突然の声に。
見ると、ひとりの女性がうろうろと辺りを見回している。二十代後半か三十代位の若い女性だった。定まらない方向に向けて声を張り上げていた。途方に暮れているようにも見える。
「どうかされましたか」
びくりと肩があがる。声をかけられたことに驚いたのだろう、丸い目をしてこちらを振り返った。僕は得意の営業用笑顔で迎える。
「ええ、あの。娘を探していて。見ませんでしたか?」
「娘さん?」
女性は頷いて、ちょうどあれくらいの、と道行く親子を指差す。手を繋いで歩く母子の姿。女の子は7、8歳前後だろうか。
「ちょっと目を放したすきにどこかへ行ってしまって」
途方に暮れた声音に、同情を禁じることは出来なかった。
それに、この寒空の下どこかで心細くしているのは、彼女の子供も同じはずだ。
「よかったら、一緒に探しましょうか」
気がつくと、そんな言葉を発していた。けれど後悔はない。驚いたのはむしろ女性のほうで、困ったように尚も食い下がる。
「え…でも、忙しいでしょう?」
「いいんです。特に用事もないし、後は帰るだけだったんで」
こういう場合の笑顔での押しは得意だ。曇り一つ無い笑みで、言葉を解さずに『何も問題はありませんよ』というニュアンスを伝える。
やがて女性も納得したのだろうか、その細い首を小さく縦に振った。
「なら、お願いできますか?」
彼女は自らを皐月と名乗った。我が子のほうに意識が偏っているようだったので深くは聞かなかったが、この辺りには最近来たばかりらしい。
慣れていない中で、目を放したすきに見失ったようだ。子供というのは好奇心が強い。親の心配など余所に興味の塊になって駆け回っているのだろう。
公園は敷地面積が広い。入り口から順に奥へと探していくが、芝生の内側も池の側も、どこにもそれらしい少女はいない。どの子達も母親と一緒か、同年代の子供達で集まってはしゃいでいる。その中に『華ちゃん』はみつからなかった。
腕の時計では3時を回っていた。
公園通りから少し外れた恵比寿神社。その境内を両手に温かい缶を握りしめ、羽根を休める鳩の群れの間を突っ切る。人なれしているのか、踏まれないように逃げはしても飛び立とうとはしない。
拝殿の脇、山茶花のすぐ側に彼女は座っている。僕の気配に気づいてか、下げていた視線をこちらにむけて微笑んだ。少しだけ寒そうに肩が震えている。
「どうぞ。それと、これ、僕ので悪いんですけど」
渡したのはホットの紅茶と、自分の首から外したマフラーだった。皐月さんは目を丸くする。
「え、でも。悪いわ」
途方に暮れたその腕ごと、朱色のマフラーを宙に彷徨わせる。それをまた押し返す。
「僕は大丈夫ですから、嫌でなければ使ってください」
そうして笑うと、また少しだけ申し訳なさそうに首を傾げた。
「……ありがとう」
秋色の濃い自然公園は、一面の銀杏の葉でいつもと雰囲気が違った。どこか温かく、どこか切ない掠れた黄色。やわらかい秋風。かすかに残る金木犀の甘い香り。
喫茶店で時間でも潰していこうかと思案していたその時、秋風の合間に何かが聞こえた。
「華ちゃん、華ちゃん」
一瞬どきりとする。ひと気の少ない夕方前の公園に響く突然の声に。
見ると、ひとりの女性がうろうろと辺りを見回している。二十代後半か三十代位の若い女性だった。定まらない方向に向けて声を張り上げていた。途方に暮れているようにも見える。
「どうかされましたか」
びくりと肩があがる。声をかけられたことに驚いたのだろう、丸い目をしてこちらを振り返った。僕は得意の営業用笑顔で迎える。
「ええ、あの。娘を探していて。見ませんでしたか?」
「娘さん?」
女性は頷いて、ちょうどあれくらいの、と道行く親子を指差す。手を繋いで歩く母子の姿。女の子は7、8歳前後だろうか。
「ちょっと目を放したすきにどこかへ行ってしまって」
途方に暮れた声音に、同情を禁じることは出来なかった。
それに、この寒空の下どこかで心細くしているのは、彼女の子供も同じはずだ。
「よかったら、一緒に探しましょうか」
気がつくと、そんな言葉を発していた。けれど後悔はない。驚いたのはむしろ女性のほうで、困ったように尚も食い下がる。
「え…でも、忙しいでしょう?」
「いいんです。特に用事もないし、後は帰るだけだったんで」
こういう場合の笑顔での押しは得意だ。曇り一つ無い笑みで、言葉を解さずに『何も問題はありませんよ』というニュアンスを伝える。
やがて女性も納得したのだろうか、その細い首を小さく縦に振った。
「なら、お願いできますか?」
彼女は自らを皐月と名乗った。我が子のほうに意識が偏っているようだったので深くは聞かなかったが、この辺りには最近来たばかりらしい。
慣れていない中で、目を放したすきに見失ったようだ。子供というのは好奇心が強い。親の心配など余所に興味の塊になって駆け回っているのだろう。
公園は敷地面積が広い。入り口から順に奥へと探していくが、芝生の内側も池の側も、どこにもそれらしい少女はいない。どの子達も母親と一緒か、同年代の子供達で集まってはしゃいでいる。その中に『華ちゃん』はみつからなかった。
腕の時計では3時を回っていた。
公園通りから少し外れた恵比寿神社。その境内を両手に温かい缶を握りしめ、羽根を休める鳩の群れの間を突っ切る。人なれしているのか、踏まれないように逃げはしても飛び立とうとはしない。
拝殿の脇、山茶花のすぐ側に彼女は座っている。僕の気配に気づいてか、下げていた視線をこちらにむけて微笑んだ。少しだけ寒そうに肩が震えている。
「どうぞ。それと、これ、僕ので悪いんですけど」
渡したのはホットの紅茶と、自分の首から外したマフラーだった。皐月さんは目を丸くする。
「え、でも。悪いわ」
途方に暮れたその腕ごと、朱色のマフラーを宙に彷徨わせる。それをまた押し返す。
「僕は大丈夫ですから、嫌でなければ使ってください」
そうして笑うと、また少しだけ申し訳なさそうに首を傾げた。
「……ありがとう」
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