むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
並んで座って、寒空の下で缶飲料を飲む。熱に触れる左手がピリピリと痛い。
ふいに隣を見ると、皐月さんは紅茶が熱いのか四苦八苦していた。口をつけては離す、というのをしきりに繰り返している。
「やっぱり喫茶店のほうが良かったですね」
山茶花の赤色と、彼女が首に巻いたマフラーが木枯らしに揺れるのを見ながら僕は言った。けれど皐月さんはくすぐったそうに笑うだけ。
「いいえ。こういった場所のほうが落ち着くわ。それに、慣れているから」
「もしかして、よく迷子になるんですか」
スチールの缶で手を温めながら、彼女は空を見る。薄い青色の空には鱗雲が残っていて、その合間を縫うようにセキレイが横切る。
「じっとしていられない子で。この間なんて、鳩を追いかけて石段を転がり落ちそうになって」
灰色の群れが砂利の間を突くのを見ながらコーヒーを啜る。これから冬が来るというのに、彼らはなんとも暢気そうだった。
それにしても、彼女の歳で娘さんがいるってことは、うちの所長は婚期を逃しているということだろうか。今頃大した仕事もなく事務所で暇潰しに勤しんでいるだろう姿を想像しながら、ぼんやりと思い廻らせる。
まあ仕事柄仕方ないのかなとは思うし、それに、あの人なら一人でもやっていけそうだけれど。
「和弘くんは、兄弟はいる?」
ふいに話題が自身のことに移って、僕は口元から缶を下ろした。
「うちは姉が一人。もう結婚してるから滅多に会わないですけどね。僕も一人暮らしだし」
「離れていて淋しかったりはしない?」
「そうですねぇ。でも、一人じゃなくてよかったなぁって思うことは、よくあります」
言いながら思い浮かべるのは故郷を離れて暮らす姉の顔。少し口うるさいけれど、最近は笑顔でいることのほうが増えた気がする。先日帰省したときに姉も丁度里帰りをしていて、春に生まれるのよ、と嬉しそうにお腹を撫でていた。
「それに今は、頼りになる兄みたいな人も近くに居るし」
今度はまた別の人物を思い浮かべた。
慌しくも満たされた日々。こうして僕が平穏な生活を送れているのも、ひとえに彼らのお陰なのだろう。普段は意識しないけれど、実家からの電話を切る瞬間や、事務所でぼうっと過ごす時なんかによぎったりする。
「幸せなのね」
「そうかもしれませんね」
自分がどんな表情をしていたのかは定かではない。彼女の目にはどう写ったのだろうか、穏やかに微笑を向けられて、少しだけ面映い気持ちになった。
「そろそろ行きましょうか」
皐月さんが傍らに缶を置いたのを見て、僕は底に僅かに残ったコーヒーを飲み干した。
ベンチの側のゴミ箱に二人分の缶を放って、先を行く彼女の背中を追いかける。
鳥居の周囲にはまだ鳩が戯れていた。彼女が近付いていくと、あんなにマイペースだった彼らが一斉に逃げて行く。
多少通りやすくなった石畳を辿って石段を降りる。幸いにもまだ日が暮れるまでは時間がありそうだった。紅茶を飲んで気分が落ち着いた彼女と一緒に、再び娘さん探しを開始する。
もう少し探して見つからなかったら、今頃事務所で留守番状態の所長に手伝ってもらうことにしよう。
ふいに隣を見ると、皐月さんは紅茶が熱いのか四苦八苦していた。口をつけては離す、というのをしきりに繰り返している。
「やっぱり喫茶店のほうが良かったですね」
山茶花の赤色と、彼女が首に巻いたマフラーが木枯らしに揺れるのを見ながら僕は言った。けれど皐月さんはくすぐったそうに笑うだけ。
「いいえ。こういった場所のほうが落ち着くわ。それに、慣れているから」
「もしかして、よく迷子になるんですか」
スチールの缶で手を温めながら、彼女は空を見る。薄い青色の空には鱗雲が残っていて、その合間を縫うようにセキレイが横切る。
「じっとしていられない子で。この間なんて、鳩を追いかけて石段を転がり落ちそうになって」
灰色の群れが砂利の間を突くのを見ながらコーヒーを啜る。これから冬が来るというのに、彼らはなんとも暢気そうだった。
それにしても、彼女の歳で娘さんがいるってことは、うちの所長は婚期を逃しているということだろうか。今頃大した仕事もなく事務所で暇潰しに勤しんでいるだろう姿を想像しながら、ぼんやりと思い廻らせる。
まあ仕事柄仕方ないのかなとは思うし、それに、あの人なら一人でもやっていけそうだけれど。
「和弘くんは、兄弟はいる?」
ふいに話題が自身のことに移って、僕は口元から缶を下ろした。
「うちは姉が一人。もう結婚してるから滅多に会わないですけどね。僕も一人暮らしだし」
「離れていて淋しかったりはしない?」
「そうですねぇ。でも、一人じゃなくてよかったなぁって思うことは、よくあります」
言いながら思い浮かべるのは故郷を離れて暮らす姉の顔。少し口うるさいけれど、最近は笑顔でいることのほうが増えた気がする。先日帰省したときに姉も丁度里帰りをしていて、春に生まれるのよ、と嬉しそうにお腹を撫でていた。
「それに今は、頼りになる兄みたいな人も近くに居るし」
今度はまた別の人物を思い浮かべた。
慌しくも満たされた日々。こうして僕が平穏な生活を送れているのも、ひとえに彼らのお陰なのだろう。普段は意識しないけれど、実家からの電話を切る瞬間や、事務所でぼうっと過ごす時なんかによぎったりする。
「幸せなのね」
「そうかもしれませんね」
自分がどんな表情をしていたのかは定かではない。彼女の目にはどう写ったのだろうか、穏やかに微笑を向けられて、少しだけ面映い気持ちになった。
「そろそろ行きましょうか」
皐月さんが傍らに缶を置いたのを見て、僕は底に僅かに残ったコーヒーを飲み干した。
ベンチの側のゴミ箱に二人分の缶を放って、先を行く彼女の背中を追いかける。
鳥居の周囲にはまだ鳩が戯れていた。彼女が近付いていくと、あんなにマイペースだった彼らが一斉に逃げて行く。
多少通りやすくなった石畳を辿って石段を降りる。幸いにもまだ日が暮れるまでは時間がありそうだった。紅茶を飲んで気分が落ち着いた彼女と一緒に、再び娘さん探しを開始する。
もう少し探して見つからなかったら、今頃事務所で留守番状態の所長に手伝ってもらうことにしよう。
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