むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
カナリアを連れて、私は母校の前に立っていた。
時間は3時を少しまわった所。野球部の掛け声も、吹奏楽部の演奏も聞えてこない。正門は既に閉じられていた。その横に警備員室があるけれど、そこすら空っぽ。少し不信感を覚える。
「まだいるわ。空の気配が続いてる」
正門も壁も背が高い。どうやって入り込むか考えていると、カナリアが門の向こう側を見つめながら言った。それから私に手を伸ばす。
「とにかく入りましょう。サキ」
手を取ると、それを見計らってカナリアが地面を蹴った。
ふわり、と重力が軽くなったように体が宙に浮かぶ。私の身体も一緒に。驚く間もなく、門を飛び越えて敷地内に着地。難なく無人の高校へ侵入できた。
足が再び地面を捉えた瞬間、寒気が走った。
冷蔵庫の中にでも入ったような、ひんやりとした空気。見ると、吐く息も少し白い。
「長く居過ぎたのね。この空間が冬になってる」
それはもう、私にも理解できた。
『冬』は、まだここにいる。
校庭にもひとけは無い。部室棟も体育館も静まり返り、奥に進むほど寒くなっていく。あちこちにうっすらと霜が張っていた。
「寒い?」
私は首を振る。寒さを体感できるほどの余裕はなかった。
「大丈夫。カナリアこそ」
「私は何ともないわ。仮にも空の民だもの」
外を一通り確認して回ったけれど、冬は見当たらなかった。ということは、あとは校舎の中だ。
昇降口の扉が重い音を立てて開く。途端に、冷たい空気が全身を包んだ。
「中のほうが寒い…」
私は声を潜めて目配せする。するとカナリアが頷いた。
「…いるわね」
冷気を追って廊下を歩いた。互いに交わす言葉は無かった。ただ、冬の気配をひしひしと感じながら前へ歩を進める。導かれるように階段を昇ると、どうやら次第に上に行く度に寒さが増しているようだった。
晩春の天気とは信じられない気温。既に息は真っ白く空中に留まる。もしかすると、普段の冬よりも寒い。
2階から3階へ、3階から4階へ。
そして、行き着いたのは屋上に出る扉の前。
「行きましょう」
彼女が扉に手を伸ばす。しかし私は、それを遮った。空の少女は視線だけを私に返した。
「カナリアはここにいて。私が先に行く」
思い出したんだ。
今までずっと、『冬』はカナリアの前に姿を現さなかった。私が冬を見たのは、私が一人でいたときだけ。
もしかしたら、冬はカナリアに気付いているのかもしれない。
パズルを取り返しに来た存在なのだと。
もちろん、私がひとりだからといって、また冬が話をしてくれるかは分からない。もうカナリアと行動していることを知られている可能性だってある。
でも、ここまで来てもう逃がす訳にはいかない。
カナリアはしばらく考えた後、やっと首を縦に振った。
「分かったわ」
カナリアが扉から一歩下がった。それとは反対に、一歩前に出る。
鉄の扉は、冷気で更にひんやりしていた。彼女に知れないように、こっそりと拳を握った。
それを、力を込めて押す。
ギイィ。
音と共に、外界の眩しい日光が差し込んできた。
暗い校内に慣れた視界が白色の光に満たされる。
目は一瞬で順応した。そして私は息を殺す。
明るい日光の中には、転落防止のフェンスと、貯水タンク。
そして、真っ白の長いマフラーを巻いた人影が、青空を見上げて立っていた。
時間は3時を少しまわった所。野球部の掛け声も、吹奏楽部の演奏も聞えてこない。正門は既に閉じられていた。その横に警備員室があるけれど、そこすら空っぽ。少し不信感を覚える。
「まだいるわ。空の気配が続いてる」
正門も壁も背が高い。どうやって入り込むか考えていると、カナリアが門の向こう側を見つめながら言った。それから私に手を伸ばす。
「とにかく入りましょう。サキ」
手を取ると、それを見計らってカナリアが地面を蹴った。
ふわり、と重力が軽くなったように体が宙に浮かぶ。私の身体も一緒に。驚く間もなく、門を飛び越えて敷地内に着地。難なく無人の高校へ侵入できた。
足が再び地面を捉えた瞬間、寒気が走った。
冷蔵庫の中にでも入ったような、ひんやりとした空気。見ると、吐く息も少し白い。
「長く居過ぎたのね。この空間が冬になってる」
それはもう、私にも理解できた。
『冬』は、まだここにいる。
校庭にもひとけは無い。部室棟も体育館も静まり返り、奥に進むほど寒くなっていく。あちこちにうっすらと霜が張っていた。
「寒い?」
私は首を振る。寒さを体感できるほどの余裕はなかった。
「大丈夫。カナリアこそ」
「私は何ともないわ。仮にも空の民だもの」
外を一通り確認して回ったけれど、冬は見当たらなかった。ということは、あとは校舎の中だ。
昇降口の扉が重い音を立てて開く。途端に、冷たい空気が全身を包んだ。
「中のほうが寒い…」
私は声を潜めて目配せする。するとカナリアが頷いた。
「…いるわね」
冷気を追って廊下を歩いた。互いに交わす言葉は無かった。ただ、冬の気配をひしひしと感じながら前へ歩を進める。導かれるように階段を昇ると、どうやら次第に上に行く度に寒さが増しているようだった。
晩春の天気とは信じられない気温。既に息は真っ白く空中に留まる。もしかすると、普段の冬よりも寒い。
2階から3階へ、3階から4階へ。
そして、行き着いたのは屋上に出る扉の前。
「行きましょう」
彼女が扉に手を伸ばす。しかし私は、それを遮った。空の少女は視線だけを私に返した。
「カナリアはここにいて。私が先に行く」
思い出したんだ。
今までずっと、『冬』はカナリアの前に姿を現さなかった。私が冬を見たのは、私が一人でいたときだけ。
もしかしたら、冬はカナリアに気付いているのかもしれない。
パズルを取り返しに来た存在なのだと。
もちろん、私がひとりだからといって、また冬が話をしてくれるかは分からない。もうカナリアと行動していることを知られている可能性だってある。
でも、ここまで来てもう逃がす訳にはいかない。
カナリアはしばらく考えた後、やっと首を縦に振った。
「分かったわ」
カナリアが扉から一歩下がった。それとは反対に、一歩前に出る。
鉄の扉は、冷気で更にひんやりしていた。彼女に知れないように、こっそりと拳を握った。
それを、力を込めて押す。
ギイィ。
音と共に、外界の眩しい日光が差し込んできた。
暗い校内に慣れた視界が白色の光に満たされる。
目は一瞬で順応した。そして私は息を殺す。
明るい日光の中には、転落防止のフェンスと、貯水タンク。
そして、真っ白の長いマフラーを巻いた人影が、青空を見上げて立っていた。
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