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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 エレベーターの扉が開いた。

 僕は誰もいないその箱に、晴れやかな心で乗り込んだ。
 行き先のボタンを押す。すぐに扉が閉まって、エレベーターは昇って行く。

 そう、答えは出たんだ。酷く簡単で、酷く呆気ない答えが。だから僕の心はこんなにも軽い。

 僕は彼女に会いに行く。

 あんな形で別れることになってしまった僕と彼女。心が潰れるんじゃないかというくらいに泣いて泣いて、誰にも会わずに部屋に籠った。

 昼も夜も分からなかった。
 自分が誰かも見失っていた。

 傷ついて、可哀想で、
 淋しくて、絶望に包まれて。

 けれどユウヤに、食事も口にしない僕を見た彼に、死ぬ気か、それでいいのかと、殴られた瞬間気がついた。
 これでは駄目なのだと。
 だから僕は会いに行くんだ。何も言わずに別れたままの彼女に。


 4階。
 幸運なことに、どの階でも人一人乗って来ない。当たり前か、こんな深夜に出歩く人間なんていやしない。

 彼女はちゃんと迎えてくれるだろうか?
 大丈夫、きっと分かってくれるさ。
 最初は怒られるかもしれない。でも彼女も、独りで心細いに違いないから。

 ジーンズのポケットに手を突っ込んで、彼女に貰った懐中時計がないことに気がついた。
 家から確実に持って来たのだから、落としたならおそらく入口前で携帯を取り出した時だろう。それなら大丈夫、すぐに降りるから見つかるはずだ。それにそのほうが、壊れずに済んでいいかもしれない。


 9階。ここが彼女の部屋の階。
 けれど僕は降りなかった。彼女がそこにいないことだけは、ちゃんと理解していたから。

 エレベーターはどんどん上昇していく。
 それにあわせて、僕の思考もどんどん澄んでいく。

 彼女に会ったら、一体何を話そう。
 キミが居なくなってどれだけ淋しかったとか、キミの式にたくさんの人が集まったこととか、話すことはいくつもある。
 そしてもうすぐ来るはずだった、二人の記念日を祝おう。

 思い出されるのは、太陽のような彼女の笑顔。

 いつの間にか涙が流れていた。
 こんなにも気持ちが空っぽなのに、心の奥が痛いのは何故だろう。


 ポーン。
 デジタル表記が最上階を示した。
 なんのためらいも無くエレベーターの扉が開いた。

 僕は彼女の好きだった歌を口ずさみながら外へ出た。



 待っていて、サトカ。今行くから。
 すぐに追いかけるから。

 

 屋上の風は寒かった。


 歩き出した僕の背後で、扉は静かに閉ざされた。
 
 
End.

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