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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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* * * 
 春への引継ぎが終わって数日。冬は、冬のいるべき場所へ帰る必要があった。 
 次々と宮殿を出る冬の民。しかし、一人は永く空を見上げていた。灰色の髪と白のマフラーが風になびく。 
『お疲れ様。どうかした?』 
 隣に一人の女性が立った。銀の瞳と、雪のように輝く長い髪が太陽の光を反射した。 
『…いや』彼は力なく首を振る。 
『私はもう少し空を眺めていくよ』 
 それから幾日も幾日も、彼は街の外れで空を見ていた。出番はもう、一年後まで回ってこないというのに。 

 そしてある日。 彼は見ていた。空を覆うものが剥がれ落ちるその瞬間を。 
 あれは。 
 落ちる。落ちてしまう。まだ誰も気がついていないようだ。あのままでは地上に―― 
 その時、心に過ぎった。落ちれば、それは誰かのものとなる『可能性』が生まれる。 
 彼はそれを誰にも知らせずに黙って見ていた。 カラリ、カラリ、とまるで塗料が剥がれるかのように次々と空の面を離れた。 
 落ちろ、落ちてしまえ。 

 しばらくして、宮殿が騒がしくなり出した。やっと異常に気がついたらしい。 彼はそれに背を向けた。喧騒を縫うように街を抜け、横道を通り、雲間から外へ抜け出した。 
 雲の端から空を見下ろす。地上は遠く、代わりに青色と白い雲が広がっていた。 
 パラパラと落ちていく空のカケラ。まだ誰も破片を拾いに出てはいない。 
 堕ちろ、堕ちてしまえ。 
 彼は両手を広げて、その青色の中へ飛び降りた。 
 * * * 

 カナリア曰く「危ないから下がって」の意味が分かった。フェンスやコンクリートの床が凍っている。 
 空がまるで雪空のように雲に覆われた。春には不釣合いだった白いマフラーが今は暖かそうに見える。 
 これが、冬。 
「あなたは良識ある冬の民のはずよ。それなのになぜこんなことをするの」 
「この世界は病んでいるんだ! 助けようとして何が悪い?」 
 違う。 
 彼は尚も想いを吐き出す。 
「この世界が崩れれば、私達だけではなく地球の生き物も居場所を失う。そこにいる人間も、全てだ。だから私が手を伸べる。年中を冬にしようとも、世界が治癒するのならそれでいいだろう?」 
 違う。私は口の中でそう呟いた。 
 この世界は、そんな簡単な仕組みじゃない。 
「雪は嫌いか? 木枯らしは嫌いか! すべてが眠る、穏やかな灰色の世界では満足しないというのか!」 
 凍えそうなこの冷たさは、どこから湧いてくるのだろう。全身の震えは、本当にこの寒さから来ているのだろうか。 

「そうじゃないよ」 

 私はついに冬の叫びを遮った。私の一言が、揺らぐ世界を止めた。 
「そういう問題じゃないの。だって、もう人間には寒さなんて関係ないから」 
「…な、に?」 
 彼の意識がこちらに向く。木枯らしが弱まった気がした。 
「暖房って知ってる? ストーブとか、ヒーターとか。人間が寒いときに、快適に過ごせるように室内を温かくするものなんだけど」 
 冬は私の言葉に耳を傾けた。カナリアまでもが私に注目している。 
「寒ければ寒いほど、人間は暖房を駆使するの。そうすると二酸化炭素の排出量が上がって…温室効果ガス?が…ええと」 
 説明しながらしどろもどろになる。ああもう、こんなことならもっと勉強しておくんだった。そんな邪念が入って、頭を振る。後悔先に立たず、だ。 
「とにかく、そうなると益々地球温暖化が進むの。だから、むやみに冬を長くすることは環境には望ましくないんだと思う」 
「それ…は」 
「こんなこと…私も認めたくないけど」 

 屋上に静寂が広がった。 
 私の言葉は伝わっただろうか? 雄大な空と自然に比べれば、私なんて小さい存在のひとつでしかないけれど。そんな小さな人間が、寄ってたかって世界を滅ぼそうとしている。無自覚でも、それも罪だ。 
 でも、だから。余計に秩序を乱す手伝いは出来ない。例え彼が自然を救おうと思っていても。 
 滑稽だ。悪が正義を諭しているような。 

「イヴェール」 
 雪の中のような無音の世界をカナリアが破った。 
「分かった? 自然のバランスを崩すということは、今よりも地球に酷い仕打ちをすることに繋がるの」 
 彼女はいつものように強気で。けれど、その中に慈しみと温かさが混じっているのを私は感じ取っていた。 
 刺すような寒さが途絶えた。冬は明らかに動揺していた。造られた冬空と私達との間を視線が行来する。 

「返しましょう。空は誰のものでもないわ。だから、誰もが一緒になって大切にしなければいけないの」 
 その言葉は、母が子に言い聞かせる優しさに似ていた。 


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詳しくはFirstを参照ください。
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