むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「なんでこんな真似をした」
二人並んで、暗い厨房の壁に背中を預ける。
高谷はシルバーフレームの眼鏡を外し、きっちりと固めていた前髪を下ろした。まるで癖のようにポケットに手を入れて、オイルライターを取り出したところで思いとどまる。
先刻までの生真面目ぶりは何処へやら。人間らしい表情を滲ませた彼を見て、私は笑った。
「さあ、何故かしら」
本当は何故かなんて分かりきっているのに、まるで面白がるように濁して。
いや、事実面白がっている。興味が湧いているのだ、これからどうなっていくのかについて。
「だいじょうぶ、逃げ切れる」
溜め息を吐きながら、わたしを見る。品定めをされている気分になる。
「妙に自信気だな。それとも気を紛らわすための妄言か」
「だってわたしは鈴だから」
黒い瞳の片隅にわたし自身が映っていた。碧緑色のドレスを着た華奢な娘。何処にでもいる少女と変わらないように見えても、わたしが彼ら人間と違う存在なのだということは疑うことも出来ない。
そう、生まれた瞬間から知っている。
「あなたはここでは捕まらない。わたしは親切だから、それだけは教えておいてあげる」
そうして、軽く彼の手の甲に触れた。
最初は気紛れだった。けれど今は、そんな生易しいものじゃない。
だって、見えてしまったから。これからのこと。行く末。結末。終焉。
この先に待っている、行き止まり。
「残酷だな」
「よく言われるわ。心が無いって。でも仕方ないよね」
そう言って笑うしかない。
仕方ないわ。だって、人間じゃないんだもの。
けれど人間じゃなくたって、わたしだって、願う未来はある。
どこか遠く、見当違いな所で彼を探す喧騒が聞こえる。
わたしは重い鉄の扉を押し開けて、タクシー一台停まっていない路地に出た。コンクリートの階段を下り終えたところで、高谷の背中に声をかけた。
「これからきっと会うことになるわね」
「お前とか?こんな面倒事はもう勘弁だ」
しかめた顔に苦笑しながら、ゆるゆると首を振る。
「違う。わたしじゃない。わたしじゃなくて、かたわれ」
勿論彼は、脈絡の見えないわたしの言葉の意味を知らない。
今はまだそれでいい。例え一生分からないままでも、それは必ず起こる邂逅なのだから。
そしてその時、おそらくもうわたしは居ない。この仕事がわたしの終わりの居場所だと言うことも、ずっと前から知っている。
だから彼と会うのはわたしじゃなくて。
「あなた、名前は? 『コウヤ』なんて名前じゃないんでしょう」
怪訝な顔、それでいて何かを読み取ろうとしている彼に、最後に尋ねる。
小さく返された声は低く私の耳に届いた。
「…常田麻斗」
「あさと。朝の星ね。『荒れた夜』よりはずっと地味でいい」
そう。地味で、淡くて、それこそ最期の希望のような。
闇の中に滲むスーツの暗灰色。それは安全灯のオレンジのむこうを目指し、羽根を休める場所を探して背を向ける。
「世話になった。――気をつけろよ」
ちらりと振り返る、黒い目がわたしを見上げてくる。きっともう二度と会うことのない深い輝き。
だからわたしは、返事の代わりに未来を託した。
あの子と、わたしと対になる名前を持つ彼と語り合った行き止まりの未来を。
「わたしはね、メイ。明るいの字で『明』よ」
そうして見えなくなった後姿。
静かに指を組んで、祈るようにその闇を見た。
アサト。
きっと彼こそが、わたしたちの終わりを見届けてしまう人。
二人並んで、暗い厨房の壁に背中を預ける。
高谷はシルバーフレームの眼鏡を外し、きっちりと固めていた前髪を下ろした。まるで癖のようにポケットに手を入れて、オイルライターを取り出したところで思いとどまる。
先刻までの生真面目ぶりは何処へやら。人間らしい表情を滲ませた彼を見て、私は笑った。
「さあ、何故かしら」
本当は何故かなんて分かりきっているのに、まるで面白がるように濁して。
いや、事実面白がっている。興味が湧いているのだ、これからどうなっていくのかについて。
「だいじょうぶ、逃げ切れる」
溜め息を吐きながら、わたしを見る。品定めをされている気分になる。
「妙に自信気だな。それとも気を紛らわすための妄言か」
「だってわたしは鈴だから」
黒い瞳の片隅にわたし自身が映っていた。碧緑色のドレスを着た華奢な娘。何処にでもいる少女と変わらないように見えても、わたしが彼ら人間と違う存在なのだということは疑うことも出来ない。
そう、生まれた瞬間から知っている。
「あなたはここでは捕まらない。わたしは親切だから、それだけは教えておいてあげる」
そうして、軽く彼の手の甲に触れた。
最初は気紛れだった。けれど今は、そんな生易しいものじゃない。
だって、見えてしまったから。これからのこと。行く末。結末。終焉。
この先に待っている、行き止まり。
「残酷だな」
「よく言われるわ。心が無いって。でも仕方ないよね」
そう言って笑うしかない。
仕方ないわ。だって、人間じゃないんだもの。
けれど人間じゃなくたって、わたしだって、願う未来はある。
どこか遠く、見当違いな所で彼を探す喧騒が聞こえる。
わたしは重い鉄の扉を押し開けて、タクシー一台停まっていない路地に出た。コンクリートの階段を下り終えたところで、高谷の背中に声をかけた。
「これからきっと会うことになるわね」
「お前とか?こんな面倒事はもう勘弁だ」
しかめた顔に苦笑しながら、ゆるゆると首を振る。
「違う。わたしじゃない。わたしじゃなくて、かたわれ」
勿論彼は、脈絡の見えないわたしの言葉の意味を知らない。
今はまだそれでいい。例え一生分からないままでも、それは必ず起こる邂逅なのだから。
そしてその時、おそらくもうわたしは居ない。この仕事がわたしの終わりの居場所だと言うことも、ずっと前から知っている。
だから彼と会うのはわたしじゃなくて。
「あなた、名前は? 『コウヤ』なんて名前じゃないんでしょう」
怪訝な顔、それでいて何かを読み取ろうとしている彼に、最後に尋ねる。
小さく返された声は低く私の耳に届いた。
「…常田麻斗」
「あさと。朝の星ね。『荒れた夜』よりはずっと地味でいい」
そう。地味で、淡くて、それこそ最期の希望のような。
闇の中に滲むスーツの暗灰色。それは安全灯のオレンジのむこうを目指し、羽根を休める場所を探して背を向ける。
「世話になった。――気をつけろよ」
ちらりと振り返る、黒い目がわたしを見上げてくる。きっともう二度と会うことのない深い輝き。
だからわたしは、返事の代わりに未来を託した。
あの子と、わたしと対になる名前を持つ彼と語り合った行き止まりの未来を。
「わたしはね、メイ。明るいの字で『明』よ」
そうして見えなくなった後姿。
静かに指を組んで、祈るようにその闇を見た。
アサト。
きっと彼こそが、わたしたちの終わりを見届けてしまう人。
END.
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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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