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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 いつの間にか私の記憶は、中学二年のある日に遡っていた。

 私と紫の出会い。今日のような、温かすぎる陽射しの春の日。クラスが変わったばかりで、私は教室の隅で萎縮していた。
 人見知りなのだ。1年生のときも、一年かけて仲良くなるのがやっと。けれどそんな顔なじみは誰一人いなかった。

『天城さん』
 そんな私に、声をかけてくれた一人の少女がいた。
 ちょっとびっくりするくらい美人の子。背は私より少し低いくらいで、瞳がぱっちりしている。日に透ける茶色の髪が綺麗だった。
『あなた、アマギヨシノっていうの?』
『う、うん。よく読めたね』
 私はぎこちなく頷いた。驚いていたのだ。そんな可愛い子が声をかけてくれたことと、私の名前を間違わずに呼んでくれたのと。
 だいたい『ヨシノ』とはなかなか読んでくれない。ミノちゃんと何度言われたことか。
『桜の名前なのね。私とおそろいね』
 そう言って、彼女はにこりと笑った。何の話か分からなくて、瞬きをする。

『私、谷竹紫。ヤダケムラサキって桜の名前なの。だから、おそろい』

 後日、彼女は図書館で『桜図鑑』を見せてくれた。
 アマギヨシノ。ヤダケムラサキ。確かにどちらも、桜の品種だった。
 私自身も知らなかった名前の符丁。

 私の知らないことを知っている、不思議な少女。
 初対面のあの瞬間から、大好きになった親友。

 そうだ、親友。
 うとうとしかけていた私は、慌てて顔を上げた。
 そうだ。私は今、大好きな親友の恋を応援している最中だった。
 どこまでも一直線で、見た目に似合わず押しの強い少女の。
 
 ごめんね、紫。
 私ちゃんと、終わりにするから。
 

 店内のカラクリ時計が午後5時を示す。向日葵の花の形をした壁掛け時計が、ゆらゆら花弁を揺らして踊る。
 そろそろ帰らないと。立ち上がったその時、ちょうど厨房から朔也兄さんが顔を出した。
 なんてタイミングの悪い。
「あ、美乃ちゃん。今日はもう帰るの?」
 私の心中も知らず、彼は相変わらずの微笑をこちらに向けた。
 戸惑いつつも、彼に会計を頼んだ。お土産のオペラとパリジェンヌを買う。テイクアウト用の箱にも、オレンジ色の向日葵が描かれていた。
 ああそうか、ソレイユ、か。太陽も向日葵も似ているもんね。ソレイユには『ヒマワリ』という意味がちゃんとあるらしい。

「このあとは真っ直ぐ帰るのかな」
 母親から預かった千円札を手渡すと、ふいに彼が尋ねてきた。私はとっさに頷く。
 すると彼は、よかった、だったら、と胸を撫で下ろした。
「実は今日、閉まるの早いんだ。僕はもうすぐ帰れるから、一緒に帰らない?」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。は?と、間抜けにも聞き返してしまう。
 じゃあ外で待ってて、と言い残し、彼は厨房に戻った。
 
 ごめんね、紫。
 私ちゃんと、終わりにするから。
 
 そう誓ったのに、朔也兄さんは私に声をかける。
 
 
 
 一方、バイトを終えた谷竹紫は、駅前通りを足早に歩いていた。

「まだ、ソレイユ開いてるかしら」
 今日は確か、早く閉まってしまうはずだ。先週の土曜日に、桐島さんがそんなことを言っていたのを覚えている。
 会えなくてもいいから、フィナンシェだけでも買えないかな。

 そこまで考えて、今までとの矛盾に気がつく。おかしいな。あのお店には桐島さんに会いに行っていたはず。
 ふいにくすりと笑う。そうだ、元々私はあのお店のプチガトーが好きで通っていたんだ。
 それで、偶然桐島さんを見つけた。順番としては、ケーキのほうが先なのだ。
 勿論、桐島さんが好きなのには変わらないんだけどね。

 横断歩道が目に入った瞬間、信号の青色が点滅し始めた。間に合わないな、と仕方なく、歩く速度を落とす。
 忙しなく行き交う車の群れを静かに待ちながら、向こうの歩道に見慣れた二人の顔を見つける。

「あれ…美乃と、桐島さん?」
 二人は並んで、何か話しながら歩いていた。
 こちらには…気づいていないようだった。
 

 
「日、長くなったね」
 家までの道を並んで歩く。5時を回った街中はまだ明るかった。ビルの向こうに薄く夕焼けが見える。ちょっとだけ、幼い頃のことを思い出した。

「この間まで、5時なんていったら真っ暗だったのにね」
「もう5月ですから」
「そう、それだよ」
 何気なく答えると、朔也兄さんは急にくるりと振り向いた。
「どうして急に敬語なの? 昔は普通に喋ってくれてたのに」
 私は自然なことだと思っていたけれど、朔也兄さんは引っかかっていたんだ。私は少し考えてから答えた。
「だって…年上の人だし、私ももう、大人だし」
「やめようよ、そういうの。何か変な感じだ。僕にとっては今も昔も、美乃ちゃんは美乃ちゃんなのに」
 ね、と彼は首を傾げた。その顔は妹に言い聞かせるような優しさが滲んでいた。
「そう、かな。じゃあ…そうする」
 よしよし。彼は頷いて、私の頭を撫でた。

 手の大きさは、そのまま昔と同じだった。
 

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