ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
「それなら、誕生日にしようか」
ふいにジョシュアの瞳と言葉がこちらに向いた。
驚いて、思わず間の抜けた声を出してしまう。
「え?」
「誕生日。今からこの場所のこの時間を《アリス》の…リラの誕生日として祝おう」
「それは良いですね」
名案だといわんばかりに、ダミアンまでもがにっこりと頷いている。
私は微笑む彼に両手を振って遠慮の意思を示した。
誕生会なんて、なんだか照れくさい。
「ただのお茶会で充分よ。誕生日でないなら、アンバースデイね」
その言葉をどう取ったのか、ダミアンは笑ってゆるりと首を横に振った。
「いえいえ、簡単なことですよ。時計を進めればいいだけのことです」
「え、なに?」
今度は、意味が分からなくて聞き返してしまう。
何が簡単?お茶会を誕生日仕様にすることが?でも今の言い方そうではなかった。
三月兎の言葉に帽子屋までもが賛同した。
「大丈夫。貴女はこの国のアリスだからね。鍵は持っているね?止めるのも、動かすのも。時間を示すのは全て貴女」
私はてっきり、形だけの誕生日会をしてくれようとしているのだと理解していた。
なのに、どうも彼らは本当に『誕生日』を祝ってくれるらしい。
まさか、そんな。
おや、信じられない?苦笑しながら、ジョシュアはテーブルの端においてあったそれを引き寄せた。
「じゃあ例えば、この時計」
差し出されたのは、昼の三時を知らせる置時計。ティータイム中はずっとテーブルにある、馴染みのものだった。
「貴女の思うまま、貴女の望むまで好きなだけ回してご覧」
当たり前のように促す帽子屋。彼らの顔を見渡す。ジョシュアもダミアンも、真面目な顔をしていた。
私はと言うと、今更になって彼らの『善意』を拒む気も起きなかった。こっそり当惑の溜め息をついて、ジョシュアに促されるまま長針を右回りに進めた。
こんなことをしたって、この時計の示す時間が変わるだけなのに。
半信半疑、ほとんど信じられない面持ちで、薦められるまま針を動かす。
だいいち、時計では時間が分かっても日にちまでは分からない。
そのはずなのに、私の指は導かれるようにくるくると長針を回していく。
くるくる、くるり。
くるくる。くるくる。
カチリ。
ここだ、と思った瞬間。
私の動かしていた針が、意志でもあるかのように一定の時間で停止する。
それは、何度回したのか、数回目に迎えた12時の知らせ。
頭上で輝いていたはずの鐘が響いた。驚いて瞬きを繰り返す。
見上げると時計の塔の時刻もまた、目の前の時計と同じ時刻をさしていた。
ゴーン、ゴーンと、雄大に響く鐘の音。
時間を知らせる音。始まりを告げるような音だった。