むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
古い城壁に囲まれた、迷路のような街だった。
その中央にそびえる時計塔が5時を知らせる。
真白い石畳の通り、両側に平然と並ぶガス灯。いずれもなかなかの歴史を持ったものだった。城壁もあちこちが崩れていて、今や遺跡のように街を縁取っているだけ。
一軒の小さな店の前で、黒い猫とひとりの青年が言葉を交わしていた。
「このままでいいのか」
それは自問だった。側に立つ線の細い青年ではなく、自身が帰依するひとりの少女ではなく、猫の姿をした魂の、自分自身への問いだった。
「それは、僕に聞いている?」
独り言だと知りながら、青年はわざと問いに応える。
猫は何も言わない。青年を振り向きもしないで、碧色の瞳を蒼天へと向ける。
常春のような暖かい空。
しかしその空の端は、今や煤けて崩れている。
城壁と同じだ。まるで上塗りしたペンキが乾いて剥がれたように。
黒い猫はぼんやりとその『空白』を見つめる。
その不安定な蒼の上を、変わらずに雲が流れていく。
変わらずに。
それが少女の不安を掻き立てているのは間違いないだろう。
柔らかな綿雲。あれが流れていく先の世界を、少女は知らない。だから憧れるのだ。
西の森が色を失ったことも、噂に聞いている。砂浜が広がって砂丘を作り始めたのは、数十年も前のことだ。
―もう時間がないのかもしれない。
「夢は、覚めなければいけないと思うかい」
青年が問う。
猫は応えない。
「彼女が消えることを、君は望んでいるのかな」
少女は夢を終わらせようとしている。
この鳥籠の世界を。
何百年も前に作られたこの夢の国を。
けれど夢が終わるということは。
すべてが無くなるということ。
「シオン」
石畳に薄く残った轍のあと。
これが刻まれたのはおそらく、二人が出逢った頃だろう。
少女が今の少女ではなく、猫が人に化ける術を憶えた頃。
時計塔に暮らしていた『少女』は、ひとりだった。今とは異なる容姿で、ひとり夢を紡いでいた。
『綺麗な黒の色ね』
まだ只の猫だった彼に、彼女は微笑んでくれた。そして淋しいと、手を伸べてくれた。
だから猫は決意したのだ。彼女のために人になろうと。
たとえ自分だと気付いてもらえなくとも、ひとりの人間として支えになろうと。
初めて、誰かの側に居たいと。
なのに、シオン。
君は、あの全てを無に帰するというのか。
私達が出逢ったことも、人間の君を愛しく思ったことも、命を終えて離れ離れになった寂しさも、時を経てまた新しい君と再会したあの喜びも。
夢が終われば、夢は消える。
そして夢を見ていた本人も。
夢の外の存在の私だけ残して。
その中央にそびえる時計塔が5時を知らせる。
真白い石畳の通り、両側に平然と並ぶガス灯。いずれもなかなかの歴史を持ったものだった。城壁もあちこちが崩れていて、今や遺跡のように街を縁取っているだけ。
一軒の小さな店の前で、黒い猫とひとりの青年が言葉を交わしていた。
「このままでいいのか」
それは自問だった。側に立つ線の細い青年ではなく、自身が帰依するひとりの少女ではなく、猫の姿をした魂の、自分自身への問いだった。
「それは、僕に聞いている?」
独り言だと知りながら、青年はわざと問いに応える。
猫は何も言わない。青年を振り向きもしないで、碧色の瞳を蒼天へと向ける。
常春のような暖かい空。
しかしその空の端は、今や煤けて崩れている。
城壁と同じだ。まるで上塗りしたペンキが乾いて剥がれたように。
黒い猫はぼんやりとその『空白』を見つめる。
その不安定な蒼の上を、変わらずに雲が流れていく。
変わらずに。
それが少女の不安を掻き立てているのは間違いないだろう。
柔らかな綿雲。あれが流れていく先の世界を、少女は知らない。だから憧れるのだ。
西の森が色を失ったことも、噂に聞いている。砂浜が広がって砂丘を作り始めたのは、数十年も前のことだ。
―もう時間がないのかもしれない。
「夢は、覚めなければいけないと思うかい」
青年が問う。
猫は応えない。
「彼女が消えることを、君は望んでいるのかな」
少女は夢を終わらせようとしている。
この鳥籠の世界を。
何百年も前に作られたこの夢の国を。
けれど夢が終わるということは。
すべてが無くなるということ。
「シオン」
石畳に薄く残った轍のあと。
これが刻まれたのはおそらく、二人が出逢った頃だろう。
少女が今の少女ではなく、猫が人に化ける術を憶えた頃。
時計塔に暮らしていた『少女』は、ひとりだった。今とは異なる容姿で、ひとり夢を紡いでいた。
『綺麗な黒の色ね』
まだ只の猫だった彼に、彼女は微笑んでくれた。そして淋しいと、手を伸べてくれた。
だから猫は決意したのだ。彼女のために人になろうと。
たとえ自分だと気付いてもらえなくとも、ひとりの人間として支えになろうと。
初めて、誰かの側に居たいと。
なのに、シオン。
君は、あの全てを無に帰するというのか。
私達が出逢ったことも、人間の君を愛しく思ったことも、命を終えて離れ離れになった寂しさも、時を経てまた新しい君と再会したあの喜びも。
夢が終われば、夢は消える。
そして夢を見ていた本人も。
夢の外の存在の私だけ残して。
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