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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「でも私、役に立っていない」
 いつの間にかまた俯いて、紅茶の中に映る自分を見つめ返していた。
「前の場所でもそうだった。私は誰の役にも、何の役にも立っていなかった。ただ生きて、そこに居るだけだった」

 『誰でも良かった』。そう白兎が言ったのはいつだったか。
 自分が居なくなっても、誰も困らず、苦しまず、淋しがらない。だからリラはあの世界で一番、居なくても問題のない人間だった。
 居ても居なくても、何も変わらない。
 それはどうも、この世界でも同じなのではないか。なら、なぜ私はここにいるのか。
 前の世界でもそうだったように、そのうち不要になって放り出されるのではないか。
 
 
「白兎を恨んでいますか」

 思考に沈んでいると、声が少女を現実に引き戻した。顔を上げる。穏やかな瞳、憂いを含む微笑み。帽子屋の言葉とベルガモットの香りがリラを包み込む。

「ひいては私達を。貴女をアリスに選び、アリスでいることを望んだ私達を、貴女は疎ましく思いますか」
「…いいえ」

 静かに首を振る。
 始めは理不尽だと感じた。けれど今は。フィンも、この世界の人々も、不思議と誰のことも恨んではいない。彼らは必死なのだ、現実に存在を留めることに。
 けれど、恨まれるべきだとは思っている。少女自身が恨まれるべき存在なのではないかと不安になるのだ。

「この世界を救いたいと思うわ」
 それが答えになっていないことは承知していた。
 何もしないことと、何も出来ないことは違う。なのに彼らは、少女を責めたりしない。むしろ。

「いいんです。今はなにもしなくても。いつか、もし何かしたくなれば始めればいい。永遠に何もしなくたって、私達は貴女を恨んだりしません。少なくとも今の私達は、貴女が居てくれるだけで幸福なんですから」

「…ジョシュア」

 受け入れる温かさに、リラは胸が詰まった。
 私はここに居て大丈夫なのだと信じさせてくれる。錯覚させてくれる。
 たとえ、据えられた玉座が継ぎ接ぎで出来ていても。

 『逃げてはいけないよ。仮初の居場所でも、ここでは“意味”から逃れることはできないのだから』。
 私は、意味を持てるだろうか?
 
 
「さて。紅茶はいかがですか。もう冷めてしまったでしょう」

 また心がひずみ始めた、その感傷を打ち消すように三月兎が声をかける。
 見上げると、その先に輝く太陽にも似た微笑みが見守っていた。帽子屋の微笑みもまた、いつもの快活なものに変わる。

 途端に恥ずかしくなる。優雅なお茶の席なのに、自分はどうしてこんなに暗いのだろう。
 それを誤魔化すように、感謝の気持ちを笑って呟いた。

「うん。…あの…ありがとう」

「いいえ。どういたしまして、アリス」

 心得たように、執事長は目を細めた。


End.

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