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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 薔薇の産地で名高いこの土地の、年に一度の薔薇祭。

 陽射しの暖かな午後。村の中央にある広場は、花と音楽で溢れていた。千紫万紅が咲き乱れる中、人々は昼夜構わず酒を酌み交わす。村の更なる繁栄と発展を祈って歌い、踊り、そして笑っていた。

「兄ちゃんもどうだい、一杯」

 ある男は傍に座っていた青年に声をかけた。男の頬は既に、上着のポケットに飾った薔薇と同じく薄紅に染まっていた。村中を彩る薔薇の花は、所々繕った彼の服には不釣合いなほどに優雅だった。
 声をかけられた青年は驚きつつも、グラスを高らかに掲げる。

「薔薇の村に、乾杯!」

 カチン、と涼やかな音が響いた。
 男はラム酒で喉を潤すと、改めて青年を眺めた。年の頃は成人を迎えた辺りだろうか。フードを取ったその下から現れたのは琥珀の髪、空色の瞳。丈夫そうな革靴とマントは旅行者独特の服装だった。

「この辺では見かけない顔だね。旅人かい」
「ええ。薔薇の祭りは見事だと、隣の街で教わったので」
「あら。じゃあ、東の森を通って?」
 傍に居た婦人が、物珍しそうに声をかける。髪に飾った柔らかな橙色と桃色の薔薇が良く似合っていた。
「驚いたでしょう。森に人の手が加わっていて」
 ええ、と青年は複雑そうに微笑んだ。
「あそこは古来より守られてきた神聖な森と聞いていたのですが」

 村のすぐ隣には、奥深い森が広がっていた。古来より生き物達が暮らしていたその場所は人間が一方的に『共存』を求め、今やすっかり人間の手中に落ちていた。樹齢何百年という大木は畑のために切り倒され、日の入りが悪い場所は容赦なく枝打ちがなされた。

「あそこはね、綺麗な薔薇を育てるのに必要なのよ」
 婦人はどこか誇らしげに笑った。そして自らも祝盃を傾ける。

「『聖なる森』と、呼ばれていたのは昔の話さ」
 上機嫌で喋る婦人の後ろから、男が言葉を付け加える。酒が回っているとは思えないほど、しっかりした口調を保っていた。

「竜の住まう森だと言われていた。竜神の守護する森だと」
「竜、ですか」
 青年は現実離れしたその単語を復唱する。それに男は頷いて、
「森は竜の住処。だから、汚せば天罰が下る」
「実際に見たことは?」
「ないね。所詮は伝承だから」
 そう言って肩を竦めてみせた。ケラケラと笑う。少し自嘲気味に見えたのは、気のせいかもしれなかった。

「人が生きるには仕方のないことさ」

 男は空になったグラスをテーブルに置き、しきりに深く頷いた。まるで自分に言い訳をしているように。それを見て、青年もまた淋しげに微笑んだ。

 そう、仕方のないことなのだ。少なくともこの小さな農村を成り立たせるには、薔薇を育てなければならない。多少の犠牲は必要だった。人が生きていく為にも。

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