ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
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「一年中貴方に会うにはもっと寒い処に行けばいいのかな。シベリア?北欧?」「それでは私が日本に居る間は会えないだろう」「じゃあ、冬だけ日本に戻ってくるよ」笑い合う冬の王は戯言だと思うかもしれないけれど、私は結構本気だった。会う時間は少しでも多い方が楽しいでしょう?
posted at 23:47:03 10/01/24
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週が明けて最初に会いに行った冬の王は、先週と比べ目に見えて元気がない。元々穏やかなひとではあったけれど…私は何か拙いことをしてしまっただろうか?声をかけそびれ自分を責めると、静かに振り向く彼。「おかえり」やわらかな笑みにも不安は消えない。只々、微笑みを返す。
posted at 00:05:47 10/01/26
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公園で会う以外でも冬の王の姿を見ることは多々ある。冬立つ空の下、冷たい風の中。色を失う木々の傍や、反対に色付く街の片隅で。けれど決まって見つけてしまうのは、遥か北の空を望む、透明な透明な銀色。『何を見ているの』。尋ねれば応えてくれるだろうか。その淋しさが積る。
posted at 23:40:27 10/01/26
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「一緒に帰ろう」声をかけただけなのに優希は怪訝な顔をした。「公園は?」「うーん。毎週行くわけじゃないし」「会いたくないの」曖昧なままの私、友人の溜め息。「…気になることは聞いておいた方がいいんじゃない?」『冬は去ってしまうのよ』。その言葉が心に棘を刺した。
posted at 22:29:44 10/01/29
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「イヴェール」公園で会う貴方は普段と変わらないように見える。声をかける前から私に気付いて、冬の陽射しの微笑をくれる。「どうかしたのか」そして、私の僅かな心の機微さえも見出してくれて。「ううん、ちょっと疲れただけ」通い合っている筈の、この擦れ違いの意味は何だろう。
posted at 23:44:35 10/01/29
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「久方振りに会いに来たな」「そうかな」言いながら、直接ここに来たのは2週間ぶりだと分かっていた。声を聞くだけで胸が一杯になってしまってどうしようもない。けれど聞かなきゃ。あの憂愁の訳を、冬の王が心に仕舞っている何かを。私はいつかの楢の下で彼を見上げる。「あのね」
posted at 21:47:04 10/01/30
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意を決した途端、湖の白鳥達が一斉に空へ舞った。何事かと振り仰ぐ空は見たこともないような賑やかさ。身構えれば庇う様に冬の王の背が見える。「怖いのか」「こ、怖くないよ」虚勢に微笑み。つられて笑うと、彼の表情が和らぐ。それに後押しされて口にする「聞きたいことがあるの」
posted at 23:43:09 10/01/31
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「聞きたいこと?」「そう。何かあったんでしょう?」彼が垣間見せた哀しさが、たちまち目の前に浮かぶ。様子がおかしいのは、何も私だけじゃないでしょう?「何も。ただ、思い出していた」「何を?」「ある冬の日のことを」見上げる遥か北の空。私はぎゅっと掌を握る。「教えて」
posted at 23:23:36 10/02/01
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何も面白い話ではないと、イヴェールは前置きした。聞かれたくない話なのかもしれない。不安になって言葉を探していると、彼のほうから続きの言葉を紡いだ。私が知らない、冬の話。それにとてもとても心が揺らされて、興味と焦燥がごちゃ混ぜになって押し寄せる。銀色の瞳が語る。
posted at 23:44:43 10/02/02
in retrospect - once upon a time
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それは冬の精霊の話。まだ彼に名称がなく、季節と季節の合間から生まれた存在でしかなかった頃の話。冬の欠片はある大地の片隅に在った。夏が短く冬の長い特異な国。そこで欠片は出会う。ひとりの人間、ひとりの娘。しかし娘にはひとつ蔭りがあった。重い病に侵されて居たのである。
posted at 23:58:41 10/02/03
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娘は暖かいガラスの内側から銀世界を望んでいた。冬になって以来外に出たことはおろか、離れの部屋からも出ることはない。時折調子が良ければ足を下ろし、家族が居ない隙に窓を開ける。ひやりと染み入る凍えた風は、自分が生きていることの証の様に思えた。そして欠片に気付いた。
posted at 22:45:50 10/02/04
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「誰?」冬の化身は突然のことに木陰へ姿を隠した。けれど窓辺の娘は変わらずこちらを見ている。この姿を見れば驚いて逃げるだろう、そう計り娘へと近付くが身じろぎもしない。奇妙に思い、ふわりと娘の傍へ。「誰かいるのね」目の前に手を翳して察する。その視界は閉ざされている。
posted at 23:29:21 10/02/04
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「病なのか」思わず言葉を発すれば娘はふわりと笑う。「良かった。話せるのね」表情は到底そうと思えぬ生き生きとしたもので、声の方を見た瞳が冬の欠片を捉えていた。夏空の如き澄んだ青。それが冷たい銀色を見詰めるかの様。「貴方は誰?それとも、名前は無いのかしら」息を呑む。
posted at 23:29:42 10/02/05
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「見えなくても判るわ。貴方、ヒトじゃないのでしょう」どうして。聞くのを躊躇ううちに彼女は続ける「私に会いに来る人間なんて、もう家族以外には居ないものね」瞳は宝石のように美しく、すっと持ち上がった指先を咄嗟に受け取る。「だからとても嬉しいの」微笑みは太陽のよう。
posted at 00:25:51 10/02/06
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以来冬はあの青色が忘れられず何度も顔を出した。見えぬ筈の娘も、何故か冬の化身の到来を悟り窓をあけた。それは奇跡のような、たった数時の遣り取り。喜ばれれば更に来訪を重ね、娘もそれを歓迎した。そうして長い冬は悠然と過ぎる。同時に時を刻んでいるものがあった。命だった。
posted at 21:02:24 10/02/06
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「分かるの。長くないわ」白い唇が言葉を紡ぐ。「そんなことは無い」「ありがとう」消えそうな微笑に、冬の化身は『その瞬間』を察する。それは決意。彼女の魂を少しでも繋ぐために何をすれば良いか。季節は凍える冬。暖かい春が来れば負担は弱まるだろう。春が、来れば。別離が。
posted at 23:13:55 10/02/07
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今日は調子がいいと娘が笑うので、答える代わりにその指先に触れる。「いい天気ね」頬に当たる束の間の陽光。「ねぇ、明日も来てくれる?」首を傾げ、問う。その声色は普段と相違無い様に聞こえながら、どこか不安が籠っていた。冬の欠片は答えない。答えぬまま、細い手を握り返す。
posted at 01:08:11 10/02/08
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朝が来て娘は見えぬ目を開く。僅かに感じられる明暗と頬に注ぐ暖かさ。そろりと窓を開けば、はたはたと氷柱の溶ける音。太陽が照らす気配、新芽の匂い。そして鳥の囀り。「春だわ――」その日以来、応えることのない窓辺の声。あの冷たく優しい掌を求めても、触れることは無いまま。
posted at 23:27:55 10/02/08
at present - this year
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「――その人にはまた会えたの?」枯れかけた喉を絞り聞く。「それ以降、会いに行ったことはない」欠片は冬を越え精霊になった、だから自由に行き来することはなくなった、と。名を知らぬ少女と姿を知らぬ冬の話。語り終えた表情は穏やかで。真直ぐに見詰められないのは、どうして。
posted at 22:50:24 10/02/09
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公園を出たところで耐えられずに足早になる。分かった、分かってしまった。好きだ。種を超えた友達としてではなく、私の知らない貴方の過去を羨む程に。いつの間にこうなってしまったんだろう。どうすればいいんだろう。好き。イヴェール。目尻を擦りながら貴方の名前を呼ぶ。
posted at 23:54:16 10/02/10
70
黄昏に銀色が滲む。彼は思う。何故あの話をしようと思ったのか解らぬと。実の所は昔ほど懐かしんでいないのだ。何百年と経った今、人間の命の儚さを憂うなど無意味なのだから。なのに何故口をついたのか。何故彼女へ伝えねばならぬと思ったか。相手なき懺悔を求め、切々と雪は降る。
posted at 01:04:50 10/02/11