ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
115
夕暮れの並木道は人が居ない。だから優希は周囲を気にせずに冬の王と向き合う。「貴方はあの子が好き?」「…それは流行か」軽口を叩きつつ、その瞳が逸れているのを見逃さない。揺れているのか。「陽菜にチョコレートを催促したのを、答えと捉えてもいいのかしら」射抜く様な瞳。
posted at 22:11:05 10/03/15
116
「だとしたら、変わるのか」初めて冬の王が視線を返す。静寂に籠る意志。優希は暫く睨み返していたが、やがて溜め息を吐いた。自嘲する、どうしてこうも、あの子に対しては甘くなってしまうのか。冬は瞳を逸らすことなく。「言ったと思うけど。あの子を泣かす奴は、容赦しないから」
posted at 00:15:16 10/03/16
in the past - a year ago
117
「何故来た」「なんでって…退屈かなあって」彼は退屈なものかと言い返す。「冬は静寂だ。雪が不要な物を消してくれる」その不要なものに私自身も含まれると思うと胸が痛んだ。「貴方はひとりで居たいの?」「私は元からひとりだろう」あの瞳の白銀色の意味は、今なら解る気がする。
posted at 23:11:57 10/03/16
118
「ねぇ、冬の王様」「だから、その妙な呼び方をするなと言っただろう」振り向くのは嫌そうな顔。というか、困惑した顔。「じゃあ、なんて呼ぼう」「私に聞くな」逸らされた瞳に、にこにこと笑う。会話が出来るだけで大進歩だ。口にすればまた拗ねるだろうから、今は内緒にしておく。
posted at 00:18:55 10/03/17
in the past - a few days ago
119
三月の夜、寒気を取り戻す僅かな時間。冬の王はひとり寝静まった街を往来する。自分と共に留まる冬の兆しを確かめるために。辛うじて賑わっている駅前の、電光掲示板に明日の日付。「頑張るわねぇ」背後の空に気配。同じく空に浮かぶのは、夜なのに日傘を差した闇色のドレスの少女。
posted at 23:07:00 10/03/17
120
「翡翠が心配していたわ」冬の王は一瞥をくれただけ。「そうそう。逢ったわよ、彼女に。ヒナだったわね」やっと振り返った銀色ににこりと嗤う。「あまり気に病ませるのは止めたら?」肩に留まる純白の鳩を撫でながら。「大切な、存在なのでしょう」冬を見るカナリア色の瞳は優しい。
posted at 00:29:21 10/03/18
***
121*
陽の出る時間が次第に長くなっている。冬鳥は殆ど故郷へ戻り、残るのは傷を負ったものか道を標す役割を持つもの。冬は最後の名残を空に掻き集める。彼女は…陽菜は沢山のものを与えてくれた。けれど返せるものは何も持っていない。だから冬の王は、この欠片と共に『それ』を預ける。
at present - this year
122
桜の枝が薄紅に色付いている。年度最後の授業が終わり、私は音楽室を目指していた。もう春が近い。ふと見た窓の外、屋上に銀色の影を見た気がして立ち止まる。まさか。弾かれた様に駆け出して、押し開けた先に待つのはやはり彼の姿。「イヴェール」枯野色が振り向いて、目を細める。
posted at 23:33:25 10/03/18
123
「どうして、学校に」息を整える間も惜しんで尋ねれば「帰る時は一言と断ると言ったろう」その言葉に全てを察する。彼が何かを差し出す。掌に乗せられたのはひやりとした欠片。パズルのピースの形を模した、水晶にも似た透明な灰銀色。彼は答える。「破片だ。冬空の」私は見上げる。
posted at 00:19:20 10/03/19
124
「私は冬、空の遣い。だからヒナにあげられる物は何も無い」見詰めれば目印だと応えた。来年此処に戻ってくるための。「どうして私に?」彼は刹那不思議そうに眉を顰め「ほら、ホワイトデー」悪戯っぽく口元を緩めて。「遅いよ」笑い飛ばしたつもりだけど、上手く微笑めたかどうか。
posted at 23:43:56 10/03/19
125
言いたいことが沢山あった。なのに喉の奥からはどの言葉も出てきてくれない。愛しい。次に逢える瞬間が待ち遠しくて、彼のひやりとした掌を取れずにいた。「名前を呼んでよ」「――陽菜」何度目かの涙を堪える「…うん。いってらっしゃい…!」やがて冬の王は、遠く北の空を目指す。
posted at 00:17:25 10/03/20
in the past - a year ago
126
『呼び名など無い』。冬の王は瞳一つ揺らすことなく言った。「強いて言うのなら、冬だ。人間がこの凍える季節をそう呼ぶのなら、私の名前もそれということになる」「でも、それは貴方を指す名前じゃないでしょう」では名前など無い、断言する横顔は氷のように冷たく、美しくて。
posted at 22:45:35 10/03/20
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授業中、ふと手元の辞書を引いてみる。探すのは『冬』の頁。どうやらこの国の言葉ではこう言うらしい。そっと口の中で呟いてみる。綺麗な音。まるで、あの銀色そのもの。今度会ったら呼んでみよう。彼の怪訝な表情を想像してひとり微笑んでいると先生に指された、あの過去の日。
posted at 23:05:07 10/03/20
for the future
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「ここに居たの、陽菜」振り向けば親友の姿。その手には新しい楽譜と返されたばかりの成績表。「随分上がったみたいね?」「まずは頑張ってみました」指を二本立てる。優希がふわりと笑って「時間が経つのは早いものね」「うん」「多分、あっという間よ」「…うん」遠くで鶯が啼く。
posted at 00:07:30 10/03/21
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やわらかな風が薄紅を散らしていく。まるで雪みたいだ。過ぎてしまった季節を想いながら蒼天を望む。制服のポケットに忍ばせた硝子瓶。その中に眠る半透明のかけら。返答なんてないと知りながら、華の下でその名を呟いた。「イヴェール」私が貴方にあげた、その愛しい名前を。【終】
posted at 00:30:57 10/03/21
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130*
――そうして季節は廻る。芽生えた灯火がやがて大地に還る様に、其処からまた新たな命が穏やかに吹く様に。凍土は溶け、日差しがその存在を呼ぶ。安寧に彼は戸惑うだろう。今は未だ名もなき想いを抱えつつ。それは虚空を銀に染める冬の王と、彼に名前を与えた、たったひとりの少女の話。
End.
Thanks to your reading!