忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[257]  [256]  [255]  [254]  [253]  [252]  [251]  [250]  [249]  [248]  [245
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「これが祠かぁ」

 話に聞いた、何を奉っているとも知れない小さな祠。けれどそれがただの飾りでないことは、張り巡らされた注連縄と頑丈な石の造りから見て取れる。

「御狐様ではないみたいだけど」
 翠仙は四方八方から遠慮なしに祠を眺めた。歪んだ気は確かに感じるが、ここに来る間に随分薄れてしまったので正体がよく判らない。立ったりしゃがんだりと、奇妙な所がないかと探し回る。時折手を伸ばしながら。
「あれ。なんだろ」
 祠の厨子が開いて中が見える。その中には傷付き風雨に汚れた御神体が転がっていた。
 文字通り転がっているのだ。ボロボロの布に包まれた何かが正しい場所に納まるでもなく、扉の内側に倒れ込んでいる。翠仙はそれを拾い上げようとして、何かを察して指先を宙で止める。

「翠仙!」
 傾斜を見下ろすと、数メートル下に常葉の姿があった。足場の悪い道をそろりそろりと登ってくる。
「あら、貴方まで来たの? 別にいいのに」
 翠仙は林檎飴のついていた割り箸を袋に仕舞うと、スカートのポケットに押し込んだ。常葉の到着を待たずに何かを唱える。

 時の流れのような、滾々(こんこん)と湧きいずる言葉の鎖。それは祝詞のようでも真言のようでもあった。
 そして鎖の終わりにはっきりと、喉の奥から言葉を発する。
「臨兵闘者皆陣列在前」
 両の手で結ぶのは九文字の印。曰く、『兵に臨みて闘ふ者は皆陣列の前に在り』と。いかなる敵でさえ恐れるに足りないのだと、つまりは挑発だった。
 最後の一文字を結び終わるか終わらないかのうちに、彼女の体を突風が包む。
 風の源は、厨子の中だった。風と共に声が鳴る。

『知った口を聞くな、小娘』

 腹の底、脳の奥に直接響くような『声』。男とも女とも、子供とも老人ともつかぬ、それでいて憤りの感情だけは籠った声だった。
 それでも少女が怯む筈は無く。

「小娘じゃないわ。翠仙よ」

 むしろ堂々と祠の主を見上げる。また別の風が、翠仙を守るように包み込む。
 ふいに声の調子が変わった。
『おや…その気配、人の姿はしているが人ではないな』
 ちょっと興が削がれたような顔つきの翠仙と、その傍らに静かに佇む常葉を見て、声の主が嗤う。
 そして何かを透かし見るように、
『承知、承知。人間の側に寝返った狐が居ると聞いたことがあるぞ』
 暗闇とも陽炎とも判らない、網膜に映りこまないその何か。けれど翠仙の瞳は真っ直ぐに声の主を見据えていた。彼女には『見えて』いるのだ。
「寝返ったわけじゃないわよ。元々はヒトも妖怪も、助け合って生きてきたでしょう」
 誰かの真似をして、つまらなそうに肩をすくめる仕草をする。それから、にやりと表情を改めて傍らの青年に視線をやる。
「――なんて。そんなこと、どうでもいいんだけどね。ねぇ、常葉?」
「そうだね。僕も翠仙も、自分の居たい場所に居るのだから何も問題はない」
 少女に応えるように青年もくすりと微笑する。
 その言葉に益々気を良くしたのか、翠仙はにいっと笑った。

「それこそ、誰かにとやかく言われる必要もね」

 日の光の下だというのに、少女の眼光が鋭く色付いたように見えた。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]