むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
息が苦しい。
最初は、どうして苦しいのか分からなかった。強い風にあおられているかのように、服や髪がはためいた。
目の前の景色が、雲一面から街の上空に変わった。
そこで気がつく。
「落ち…てる…っ!?」
え?え?どうして?
さっきまで、ふわふわと浮いていられたのに!
その時、誰かが私の右手を掴んだ。目まぐるしく変化していた景色が速度を落とす。
「うっかりしてたわ。人間は飛べないのよね」
鈴を転がしたような澄んだ声。右手の先を見ると、カナリアが私の手を握っていた。
「どうして、急にっ」
私は空気を体内に取り込みながら、切れ切れに聞いた。
「破片を放したからよ」カナリアは澄まして言う。
「だったら、先に行ってよ!」
「だからうっかりしてたのよ」
もう抗議する気にもなれなかった。
とにかく、彼女と手を繋いでいる限りは大丈夫みたいだ。今はゆっくりと下降している。
「ちょっと待ってて」
ふいに彼女が開いている手を上にかざした。
空に向かって、そこにある何かを撫でるような仕草。
すると、さらさらと雨が降り出した。
どしゃ降りではないけれど、はっきり雫が見て取れるほどの大粒の雨。晴れているのに雨が降る。キツネの嫁入りだ。
「よし。ちゃんと繋がってるわね」
彼女が手を下ろすと、すぐに雨は止んだ。そうして満足そうに頷く。
「これで、完全に元通りね。お疲れ様」
「カナリアも、お疲れさま」
すると少女は私の両手をしっかりと握った。真っ直ぐに目を見つめる。
「あとは、空がどうなるかは、あなた達にかかっているのよ」
私は頷いた。
うん。同じ空の下にいて、カナリアを、イヴェールの気持ちを裏切らないように。
みんなの空だから、みんなで大切にしなきゃいけない。
彼女は繋ぐ手をまた片手に戻す。
「帰りはあそこから帰りなさい」
雨上がりの空に、七色の橋がかかっていた。カナリアはその橋を示した。
「虹…?」
でも、どこを歩けばいいんだろう。行きの透明階段みたいに、実態がなくても大丈夫なのかな。
もう少しで虹に手が届く、という距離まで来ると、突然カナリアは手を放した。私は虹めがけてまた落下する。
「じゃあね、サキ。またどこかでね」
「え、ちょっと、待っ…!」
慌ててもう一度手を伸ばすものの、彼女が私の手を握り返す様子はない。空中に停止したままで手を振っていた。
「ケーキ、美味しかったわ。ありがとう」
彼女の満面の笑みに見送られながら、私は虹の上に着地した。良かった、やっぱり歩けるんだ、と安堵したのも束の間。
すべった。滑り台だった。
「階段じゃ…ないのっ!?」
カナリアの笑顔が段々と遠ざかる。その側に白いハトが飛んでくるのが、かろうじて確認できた。
滑るすべる。というよりはもう、落ちる。ほとんど真っ逆さまに落ちている。さっきのヒモなしバンジーより速度は遅いものの、安全性は微塵も感じられない。
私、しぬ?
下の透ける虹の間から、私は次第に近づく街の景色を見ていた。
まさかね。あんなファンタジーな体験しておいて、最後だけ現実的な展開が待ってたりしないよね?
…しないよね?
うんって言ってよ、カナリアっ!
思わず目を閉じたその時。
突然、何の前触れもなく地面が現れた。
べしゃ、という効果音のもと、私は地面に倒れた。というか、転んだ。
「いたぁ…」
前のめりだったから、ヒザや手が痛い。打ち付けたところをさすりながら体を起こすと、誰かが私の名前を呼んだ。
「結衣?」
驚いて辺りを見回す。すると、母親がジョウロを持ったままで首をかしげている。
「お帰り。なにしてるの? そんなところで」
「何って…あれ?」
落ち着いて、もう一度辺りを見る。
すると。
私がいたのは、私の家の玄関先だった。
とっさに空を見上げる。
そこには、色の薄れた虹がかかっていた。
最初は、どうして苦しいのか分からなかった。強い風にあおられているかのように、服や髪がはためいた。
目の前の景色が、雲一面から街の上空に変わった。
そこで気がつく。
「落ち…てる…っ!?」
え?え?どうして?
さっきまで、ふわふわと浮いていられたのに!
その時、誰かが私の右手を掴んだ。目まぐるしく変化していた景色が速度を落とす。
「うっかりしてたわ。人間は飛べないのよね」
鈴を転がしたような澄んだ声。右手の先を見ると、カナリアが私の手を握っていた。
「どうして、急にっ」
私は空気を体内に取り込みながら、切れ切れに聞いた。
「破片を放したからよ」カナリアは澄まして言う。
「だったら、先に行ってよ!」
「だからうっかりしてたのよ」
もう抗議する気にもなれなかった。
とにかく、彼女と手を繋いでいる限りは大丈夫みたいだ。今はゆっくりと下降している。
「ちょっと待ってて」
ふいに彼女が開いている手を上にかざした。
空に向かって、そこにある何かを撫でるような仕草。
すると、さらさらと雨が降り出した。
どしゃ降りではないけれど、はっきり雫が見て取れるほどの大粒の雨。晴れているのに雨が降る。キツネの嫁入りだ。
「よし。ちゃんと繋がってるわね」
彼女が手を下ろすと、すぐに雨は止んだ。そうして満足そうに頷く。
「これで、完全に元通りね。お疲れ様」
「カナリアも、お疲れさま」
すると少女は私の両手をしっかりと握った。真っ直ぐに目を見つめる。
「あとは、空がどうなるかは、あなた達にかかっているのよ」
私は頷いた。
うん。同じ空の下にいて、カナリアを、イヴェールの気持ちを裏切らないように。
みんなの空だから、みんなで大切にしなきゃいけない。
彼女は繋ぐ手をまた片手に戻す。
「帰りはあそこから帰りなさい」
雨上がりの空に、七色の橋がかかっていた。カナリアはその橋を示した。
「虹…?」
でも、どこを歩けばいいんだろう。行きの透明階段みたいに、実態がなくても大丈夫なのかな。
もう少しで虹に手が届く、という距離まで来ると、突然カナリアは手を放した。私は虹めがけてまた落下する。
「じゃあね、サキ。またどこかでね」
「え、ちょっと、待っ…!」
慌ててもう一度手を伸ばすものの、彼女が私の手を握り返す様子はない。空中に停止したままで手を振っていた。
「ケーキ、美味しかったわ。ありがとう」
彼女の満面の笑みに見送られながら、私は虹の上に着地した。良かった、やっぱり歩けるんだ、と安堵したのも束の間。
すべった。滑り台だった。
「階段じゃ…ないのっ!?」
カナリアの笑顔が段々と遠ざかる。その側に白いハトが飛んでくるのが、かろうじて確認できた。
滑るすべる。というよりはもう、落ちる。ほとんど真っ逆さまに落ちている。さっきのヒモなしバンジーより速度は遅いものの、安全性は微塵も感じられない。
私、しぬ?
下の透ける虹の間から、私は次第に近づく街の景色を見ていた。
まさかね。あんなファンタジーな体験しておいて、最後だけ現実的な展開が待ってたりしないよね?
…しないよね?
うんって言ってよ、カナリアっ!
思わず目を閉じたその時。
突然、何の前触れもなく地面が現れた。
べしゃ、という効果音のもと、私は地面に倒れた。というか、転んだ。
「いたぁ…」
前のめりだったから、ヒザや手が痛い。打ち付けたところをさすりながら体を起こすと、誰かが私の名前を呼んだ。
「結衣?」
驚いて辺りを見回す。すると、母親がジョウロを持ったままで首をかしげている。
「お帰り。なにしてるの? そんなところで」
「何って…あれ?」
落ち着いて、もう一度辺りを見る。
すると。
私がいたのは、私の家の玄関先だった。
とっさに空を見上げる。
そこには、色の薄れた虹がかかっていた。
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