むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「いいじゃない、世界と比べなくたって」
波に紛れて、夕梨亜の声が聞こえた。振り向くようにして彼女の顔を見る。
開き直ったような、堂々とした口調で俺を嗜める。まくし立てる、と言った方が近いだろうか。いったい俺は今、どんなに情けない顔をしているんだろう。
「そうだよ。キミはこんなにちっぽけなの。実際に世界は広く果てしないんだから、負けるのは当たり前。私もキミも、小さくていいの。だからこんな狭い世界で上手くやっていけてるんじゃない」
歌うように話す彼女に、俺は少し呆ける。
『狭い世界だから丁度良い』。
まったく、どっちが少女趣味だ。
励ましているのか、責めているのか。白昼夢のような世界の中で、それでも夕梨亜は大地を踏みしめている。夢と知りつつ、夢を現実にするために。
夢のままの俺とは違う。それが、彼女らしかった。
思わず笑った。
すると、夕梨亜は心外そうな目つきで。
「なにニタニタ笑ってるのよ。それじゃあチェシャーの猫みたい」
「チェシャー?」
「チェシャーチーズって知らない?」
間抜けな復唱に、頷く彼女。
どこかで聞いた事もあるような、ないような。知らない、と首を横に振る。
「じゃあ、『不思議の国のアリス』のチェシャ・キャット」
今度はなんとなく分かった。ああ、あれね。キャロルの原作を読んだことはないけれど。
「あれはね、慣用句をもじったんだって。チェシャーは地名ね。grin like a Cheshire cat.意味は、『訳もなくニタニタ笑う』。まるでチェシャーの猫のように」
そう言われて、紫とピンクの縞模様を思い出す。行く先々で現れる、歯をむき出して笑う奇妙な猫。
「ディズニー映画なら知ってる。チェシャ猫の消え方がトラウマだった」
端から順に消えるならまだしも、縞から消えるかな、普通。それだけは頭から離れなかった。
「なに言ってるの、可愛いじゃない。あのチェシャ猫も私は好きだよ」
どうやら、彼女はキャロルの原作もアニメ映画も良く知っているらしい。俺はぼんやり思い出すだけ。なんとなくのあらすじと、他にどんなキャラクターがいたかさえ曖昧な程。そういえばアリスも夢の話だっけ。
「訳もなくてもさ」
虚をつかれたようで、夕梨亜は「なに?」と聞き返してきた。サンダルを脱いで、ジーンズから伸びた白い足を投げだして。
俺は上半身を起こして背中の砂を払う。襟元から少し、中に入った。
「訳なんてなくても。意味が無くてもいいんじゃない? 自然に笑うって、きっと幸せな証拠なんだよ」
「じゃあ、キミは今、幸せなの?」
向けられたのは、真っ直ぐな瞳。
俺を試すような眼差し。抑揚のない声。言葉の奥まで見通すような。本当に幸せか?言い聞かせているだけじゃないのか?他人から見ても、俺は幸せなのか?
大丈夫。確信はあった。だからもっと、笑うことにした。
「うん、幸せ。自分でもびっくりするくらい」
その声は、自分で思った以上に落ち着いていた。ふわふわと浮ついていない、穏やかな感情。
余裕があった。タテマエでもミセカケでもない、今思う、素直な言葉が口を突いた。
「大したことじゃなくてもさ、幸せなんだよ。俺にとっては」
今なら悩む必要もない。
だってここは、現実の外。夢の世界。また明日から学校だろうと、夏休み前に控えるテストだろうと。梅雨の時期の苛々だろうと。
彼女が居れば、そんなもの簡単に打ち消してくれる。
所詮は狭い世界に似合いの、小さな憂鬱。
波に掻き消える程の。
波に紛れて、夕梨亜の声が聞こえた。振り向くようにして彼女の顔を見る。
開き直ったような、堂々とした口調で俺を嗜める。まくし立てる、と言った方が近いだろうか。いったい俺は今、どんなに情けない顔をしているんだろう。
「そうだよ。キミはこんなにちっぽけなの。実際に世界は広く果てしないんだから、負けるのは当たり前。私もキミも、小さくていいの。だからこんな狭い世界で上手くやっていけてるんじゃない」
歌うように話す彼女に、俺は少し呆ける。
『狭い世界だから丁度良い』。
まったく、どっちが少女趣味だ。
励ましているのか、責めているのか。白昼夢のような世界の中で、それでも夕梨亜は大地を踏みしめている。夢と知りつつ、夢を現実にするために。
夢のままの俺とは違う。それが、彼女らしかった。
思わず笑った。
すると、夕梨亜は心外そうな目つきで。
「なにニタニタ笑ってるのよ。それじゃあチェシャーの猫みたい」
「チェシャー?」
「チェシャーチーズって知らない?」
間抜けな復唱に、頷く彼女。
どこかで聞いた事もあるような、ないような。知らない、と首を横に振る。
「じゃあ、『不思議の国のアリス』のチェシャ・キャット」
今度はなんとなく分かった。ああ、あれね。キャロルの原作を読んだことはないけれど。
「あれはね、慣用句をもじったんだって。チェシャーは地名ね。grin like a Cheshire cat.意味は、『訳もなくニタニタ笑う』。まるでチェシャーの猫のように」
そう言われて、紫とピンクの縞模様を思い出す。行く先々で現れる、歯をむき出して笑う奇妙な猫。
「ディズニー映画なら知ってる。チェシャ猫の消え方がトラウマだった」
端から順に消えるならまだしも、縞から消えるかな、普通。それだけは頭から離れなかった。
「なに言ってるの、可愛いじゃない。あのチェシャ猫も私は好きだよ」
どうやら、彼女はキャロルの原作もアニメ映画も良く知っているらしい。俺はぼんやり思い出すだけ。なんとなくのあらすじと、他にどんなキャラクターがいたかさえ曖昧な程。そういえばアリスも夢の話だっけ。
「訳もなくてもさ」
虚をつかれたようで、夕梨亜は「なに?」と聞き返してきた。サンダルを脱いで、ジーンズから伸びた白い足を投げだして。
俺は上半身を起こして背中の砂を払う。襟元から少し、中に入った。
「訳なんてなくても。意味が無くてもいいんじゃない? 自然に笑うって、きっと幸せな証拠なんだよ」
「じゃあ、キミは今、幸せなの?」
向けられたのは、真っ直ぐな瞳。
俺を試すような眼差し。抑揚のない声。言葉の奥まで見通すような。本当に幸せか?言い聞かせているだけじゃないのか?他人から見ても、俺は幸せなのか?
大丈夫。確信はあった。だからもっと、笑うことにした。
「うん、幸せ。自分でもびっくりするくらい」
その声は、自分で思った以上に落ち着いていた。ふわふわと浮ついていない、穏やかな感情。
余裕があった。タテマエでもミセカケでもない、今思う、素直な言葉が口を突いた。
「大したことじゃなくてもさ、幸せなんだよ。俺にとっては」
今なら悩む必要もない。
だってここは、現実の外。夢の世界。また明日から学校だろうと、夏休み前に控えるテストだろうと。梅雨の時期の苛々だろうと。
彼女が居れば、そんなもの簡単に打ち消してくれる。
所詮は狭い世界に似合いの、小さな憂鬱。
波に掻き消える程の。
PR
この記事にコメントする
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
最新記事
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
メニュー
初めてのかたはFirstまたは最古記事から。
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
もくそく