むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「ところで、宝探しは終わったのか?」
砂塗れの割には、夕梨亜の手には何もなかった。その代わり、ビニールバッグから勿体つけたように、何かを取り出した。
「勿論。ほらこれ」
砂の上に置かれたのは、程よい感じに塗装の剥がれた、長方形の箱だった。
青色に金の縁取り。蓋には英語の印刷。錆び付いているところを見るに、木製ではなく鉄かアルミ製のようだ。お中元やお土産で、こんな入れ物をよく目にする。
「…クッキーの缶箱?」
夕梨亜は耳元でその缶を振った。何か入っているらしく、がらがらと響いた。
「中で音がするの。開けてみる?」
潮風で錆び付いた缶の蓋は、なかなか思うようにはいかなかった。四苦八苦する彼女から「貸して」と取り上げ、少し力を入れてこじ開ける。勢いで中に入っていたもの…砂がいくらか飛び散った。
期待を込めて覗き込んだ視線の先には、まだ大量の砂と、中に埋もれた親指ほどの巻貝。
「…なんだこれ?」
「多分、ヤドカリの家?」
中身は住んでいなかった。どうやら、誰かが拾った缶に貝殻を入れたらしい。他には砂と絡んだ釣り糸と、波に洗われたマリングラス。どれもが親指大くらいのサイズだった。
「あはは、ちっちゃい!」
ころころと笑う彼女の横で、まったくだよと、つられて笑う。貝もガラスも、目立って大きいものはひとつとしてなかった。
「あ。でも見てよ、ほら」
夕梨亜は缶の中に指を入れると、半透明で綺麗な破片を取り出した。
小さくて脆そうな、実際に脆い淡紅色の。
「桜貝。充分宝物じゃない」
缶を覗くと、まだ所々に同じ色が混じっている。摘み上げた中には、完全に一枚の貝の形を留めているものもあった。どうやら本当に宝箱だ。
いったいどこに持っていたのか。いつの間にか夕梨亜はお宝を保存用の小さなビンに入れ、しっかり蓋を閉めた。
太陽に透かすようにビンを覗き込む。コルクの蓋の下、サクラ貝のカケラ達がカタンとぶつかった。
満足そうに微笑む彼女。さて、と、おもむろに立ち上がって伸びをする。体をはたくとさらさら砂が落ちてくる。
「お土産も出来たところだし。そろそろ帰りましょ」
彼女に習って、温かい砂の上から体を離した。唇を嘗めるとわずかにしょっぱい。空を見上げると陽は西に近付きつつあった。
「そうだな」
缶は蓋を戻して、そのまま砂浜に置いて。
目の前では相変わらず波が行ったり来たりを繰り返していた。
「戻ろうか。また、狭くて丁度良い日常に」
海風が、耳元で何かを囁く。自然と顔が綻んだ。
ああ、幸せか。
そして俺は、ヘッドフォンをカバンに仕舞い込んだ。
砂塗れの割には、夕梨亜の手には何もなかった。その代わり、ビニールバッグから勿体つけたように、何かを取り出した。
「勿論。ほらこれ」
砂の上に置かれたのは、程よい感じに塗装の剥がれた、長方形の箱だった。
青色に金の縁取り。蓋には英語の印刷。錆び付いているところを見るに、木製ではなく鉄かアルミ製のようだ。お中元やお土産で、こんな入れ物をよく目にする。
「…クッキーの缶箱?」
夕梨亜は耳元でその缶を振った。何か入っているらしく、がらがらと響いた。
「中で音がするの。開けてみる?」
潮風で錆び付いた缶の蓋は、なかなか思うようにはいかなかった。四苦八苦する彼女から「貸して」と取り上げ、少し力を入れてこじ開ける。勢いで中に入っていたもの…砂がいくらか飛び散った。
期待を込めて覗き込んだ視線の先には、まだ大量の砂と、中に埋もれた親指ほどの巻貝。
「…なんだこれ?」
「多分、ヤドカリの家?」
中身は住んでいなかった。どうやら、誰かが拾った缶に貝殻を入れたらしい。他には砂と絡んだ釣り糸と、波に洗われたマリングラス。どれもが親指大くらいのサイズだった。
「あはは、ちっちゃい!」
ころころと笑う彼女の横で、まったくだよと、つられて笑う。貝もガラスも、目立って大きいものはひとつとしてなかった。
「あ。でも見てよ、ほら」
夕梨亜は缶の中に指を入れると、半透明で綺麗な破片を取り出した。
小さくて脆そうな、実際に脆い淡紅色の。
「桜貝。充分宝物じゃない」
缶を覗くと、まだ所々に同じ色が混じっている。摘み上げた中には、完全に一枚の貝の形を留めているものもあった。どうやら本当に宝箱だ。
いったいどこに持っていたのか。いつの間にか夕梨亜はお宝を保存用の小さなビンに入れ、しっかり蓋を閉めた。
太陽に透かすようにビンを覗き込む。コルクの蓋の下、サクラ貝のカケラ達がカタンとぶつかった。
満足そうに微笑む彼女。さて、と、おもむろに立ち上がって伸びをする。体をはたくとさらさら砂が落ちてくる。
「お土産も出来たところだし。そろそろ帰りましょ」
彼女に習って、温かい砂の上から体を離した。唇を嘗めるとわずかにしょっぱい。空を見上げると陽は西に近付きつつあった。
「そうだな」
缶は蓋を戻して、そのまま砂浜に置いて。
目の前では相変わらず波が行ったり来たりを繰り返していた。
「戻ろうか。また、狭くて丁度良い日常に」
海風が、耳元で何かを囁く。自然と顔が綻んだ。
ああ、幸せか。
そして俺は、ヘッドフォンをカバンに仕舞い込んだ。
End.
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