ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
間違いなかった。
灰色の髪。同色の服。真っ白な長いマフラー。
彼だ。今日一日、カナリアと共に追った。
『冬』。
私は緊張した足取りでその後姿に歩み寄った。それでも彼は青空を見つめていた。
「あの…」
恐る恐る声をかける。すると、銀色の瞳が私を振り返った。
「また、逢いましたね」
彼は私の顔を見るなりそう言った。良かった。逃げられる心配は今の所なさそうだ。
「今日はいい天気だ。付き抜けるような蒼天。雪のように白い雲。そして、それを溶かす太陽」
凍ったような、それでいてどこか優しい声。私は頷く。
「ええ…とても。でも、少し寒くありませんか?」
「そうですか? 私はもう少し涼しくてもいい」
同意はせずに、曖昧に微笑を返す。うまく笑えた自信はないけれど。
「…この辺りも、随分変わってしまった」
彼はぽつりとこぼした。驚いて足を止める。
「以前はもっと自然が多くて、どこにいっても静かだった」
それはどうも、独り言に近いようだった。
フェンスの向こうに広がる街を見ながら、穏やかな顔で言う。
「もちろん、今のこの場所も嫌いではありません。かたちあるものというのは、移ろいゆくものですから」
ふいに振り返って、私に語りかける。そしてまた、彼は何も言わずに空と街を見つめる。
聞えるのはどこかでさえずる鳥の声と、遠くから聞える街の喧騒。私はもう一歩歩み寄る。
「昨日渡したあのピース、一度見せていただけますか?」
声が、顔が、強張っているのが自分で分かった。
「ピース?」
「パズルのピースです。きっと、この空と同じ青色の」
ああ、と思い当たったように頷く。しかし次には、微かに首を横に振った。
「出来ません」
「…どうして?」
私は立ち止まる。彼は一瞬だけ微笑みを浮かべると、私の背後に視線をやった。
「あなたの後ろに空がいるからです」
そこには、今入ってきたばかりの鉄の扉。冬が言い終えると、それを待っていたかのように扉がゆっくりと開いた。
そして、その向こうに、一人の少女。
晴れた青空色の髪と、カナリア色の瞳。紺のワンピース。そして肩には、白いハト。
「あら…わたしのことを知っているのね」
少女は優雅な笑みをたたえていた。見つかってしまった、という動揺は微塵も感じられなかった。むしろ、こうなることを望んでいたかのような余裕を含んでいる。
「カナリア…」
「サキは危ないから下がっていて」
少女は一瞬だけ私に目を向け、低く答えた。そしてもう一度冬に笑顔を向ける。それに対して冬も微笑を返す。
「私も長いからね。空を任された者達の顔は全て覚えているさ」
「それは光栄だわ、冬の指揮者」
そう告げると、彼女は右手を冬に向けて突き出した。
手のひらが彼に見えるように、要求の仕草。
「破片を返しなさい。それはあなたのものではないわ」
それは警告。有無を言わさない、絶対的な命令。
余所行きの笑顔が、すうっと掻き消えた。落ち着いたカナリアの声。無表情の冬。
「出来ない。世界を助けるには必要だ」
冬は銀の瞳でカナリアを見据えた。その色に似合った、雪のように冷たい眼差し。
「分からず屋ね」
カナリアは溜め息を吐いた。やはり簡単には行かないか、と言っているように私は感じた。
「分からず屋? 自然を助けるための直接的な手段じゃないか」
「違うわ。あなたは少し思考が固いの。時に、身動きを取れなくなるほどに」
心なしか、気温が低くなった気がした。そう。ちょうど冬の周りから次第に空気が冷えているような。
「あなたがそうだから今年の冬は期間が短かった。スーニャがそう決定した。違う?」
「黙れ!」
冬はカナリアの言葉を遮るように叫んだ。
激昂。それは、憤りを露わにした声だった。
彼の叫びにあわせて、凍えるような突風が吹いた。