ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
そうして私たちは町の東にある入り江にたどり着きました。
ローリエさんによれば、ここで青の絵の具は見つかるということでした。
でも、どうしたら見つかるんだろう?
こんなに広い海で、小川から流れた水がどこにたどり着くかも分からないのに。
すると、セシルが打ち寄せる波に向かって大声で呼びかけました。
「マロウ、いるんだろう? 僕だよ。セシル・ルクリアだ。顔を出してくれないか」
誰が、と聞き返そうとしたとき、波の合間から女の人が姿を現しました。
綺麗な女の人でした。
ただ、足の変わりに青く輝く尾ヒレがついています。
それは人魚でした。
どこからどう見ても、絵本で見た人魚そのものでした。
物語の中でしか知らない人魚が、私の目の前にいました。
「セシルではありませんか。どうしました」
海と同じ澄んだ色の髪と瞳。
その声も、硝子のように透き通っていました。
「ちょっと探し物をしていてね。この辺の事は君がよく知ってる。このぐらいの、小さなガラスの小瓶を知らないかい。中に海の青が入っているんだが」
「分かりました、探してみましょう。少し、待っていてください」
そういい残すと、人魚は再び海に消えていきました。
「今のは人魚でしょ? 本当にいるのね、すごい!」
私は興奮気味にセシルに尋ねました。
山で会ったクインスも、森で会ったローリエも。
あの人たちを見た時は信じられなかったけど、これで本当に分かりました。
セシルの言う事は全て本当の事なのだと。
「山には竜、森には精霊、海には人魚がいる。なかなか会えるものじゃない。今日は良い体験だったね」
セシルは頷くと、私の頭をそっと撫でました。
「ねえ、どうしてセシルは人魚や竜と知り合いなの?よくわからないけど、神様とか、本当はそういうすごい人なの?」
「そんなことはない。僕はただの絵描きだよ」
なんだかうまくごまかされた気がしました。
ちゃんと問いただそうとしたとき、水面からさっきのマロウという人魚が顔を出しました。
「ありましたよ、セシル。ですが」
人魚は大事そうに握っていた手を開きました。
中には空っぽの絵の具の瓶が入っていました。
どうやら中身はこぼれてしまったようです。
けれどセシルは驚くこともなく、ただ一度頷きました。
「ああ、やはりね。どうもありがとう」
マロウは小瓶をセシルに渡し、そのまま海へと帰っていきました。