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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 そうして私たちは町の東にある入り江にたどり着きました。
 ローリエさんによれば、ここで青の絵の具は見つかるということでした。

 でも、どうしたら見つかるんだろう?
 こんなに広い海で、小川から流れた水がどこにたどり着くかも分からないのに。

 すると、セシルが打ち寄せる波に向かって大声で呼びかけました。

「マロウ、いるんだろう? 僕だよ。セシル・ルクリアだ。顔を出してくれないか」


 誰が、と聞き返そうとしたとき、波の合間から女の人が姿を現しました。

 綺麗な女の人でした。
 ただ、足の変わりに青く輝く尾ヒレがついています。

 

 それは人魚でした。

 

 どこからどう見ても、絵本で見た人魚そのものでした。
 物語の中でしか知らない人魚が、私の目の前にいました。

「セシルではありませんか。どうしました」

 海と同じ澄んだ色の髪と瞳。
 その声も、硝子のように透き通っていました。

「ちょっと探し物をしていてね。この辺の事は君がよく知ってる。このぐらいの、小さなガラスの小瓶を知らないかい。中に海の青が入っているんだが」

「分かりました、探してみましょう。少し、待っていてください」

 そういい残すと、人魚は再び海に消えていきました。


「今のは人魚でしょ? 本当にいるのね、すごい!」

 私は興奮気味にセシルに尋ねました。

 山で会ったクインスも、森で会ったローリエも。
 あの人たちを見た時は信じられなかったけど、これで本当に分かりました。
 セシルの言う事は全て本当の事なのだと。

「山には竜、森には精霊、海には人魚がいる。なかなか会えるものじゃない。今日は良い体験だったね」

 セシルは頷くと、私の頭をそっと撫でました。

「ねえ、どうしてセシルは人魚や竜と知り合いなの?よくわからないけど、神様とか、本当はそういうすごい人なの?」

「そんなことはない。僕はただの絵描きだよ」

 なんだかうまくごまかされた気がしました。
 ちゃんと問いただそうとしたとき、水面からさっきのマロウという人魚が顔を出しました。

「ありましたよ、セシル。ですが」

 人魚は大事そうに握っていた手を開きました。
 中には空っぽの絵の具の瓶が入っていました。

 どうやら中身はこぼれてしまったようです。
 けれどセシルは驚くこともなく、ただ一度頷きました。

「ああ、やはりね。どうもありがとう」

 マロウは小瓶をセシルに渡し、そのまま海へと帰っていきました。


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