むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
ある冬の午後。
火鉢で身体を温めながら、僕はぱらりぱらりと頁をめくる。
部屋の中は静かなもので、紙の擦れる音しかしない。時折その音を途絶えさせ、傍らの菓子壺からひとつ、金平糖を口に運ぶ。
かり。ほのかな甘みが口内に広がる。
ぱちり。炭がはぜて崩れる。
時は明治四十年。
露西亜との戦争があってから、僅か二年後の世の中。そんな騒がしい外界とは懸け離れた場所でのうのうと過ごしていた。
表通りとは一番遠い、垣根に囲まれた庭の先。すっかり葉の落ちた樺の木の下。そこに面した窓が、僕の部屋で唯一日の入りのいい場所だった。木枯らしでカタカタと鳴る窓際に寄りかかって、背に柔らかな日の光を浴びる。外はきっと凍えるように寒い。けれど玻璃の入った窓越しならば、それも忘れることが出来た。
ふと、遠くから足音が近づいてくる。
ぱたぱたと軽い、少し急ぎ足の音。
「清一さん!」
部屋の襖戸を開けて、一人の少女が顔を覗かせた。僕はその声にやっと顔を上げ、出迎えににこりと微笑んだ。
つややかな肌に、繊細で可憐な風貌。よく手入れされた黒髪。白い息をはきながら、眩しい程の笑みを湛える彼女は、隣の家のお嬢さんだ。
「チョコレイトを戴きましたの。一緒に召し上がりません?」
少女は…瑠璃は部屋に入ってくるなり、僕の目の前に外国製のマグ・カップを差し出した。
「これは?」
和菓子屋の息子が洋菓子か、等とは思いもせずに白いマグを受け取った。
中からは湯気が湧いていた。チョコレイトとは確か固いものだと聞いていた気がして、尋ね返す。受け取って覗きこむと、確かに色はチョコレイトの色だ。
「ホット・チョコレイト。溶かして牛乳と混ぜた飲み物です」
瑠璃は僕と向かい合って座り、畳の上に一旦自分のマグを置くと、長い黒髪を整え直した。
このお嬢さんは、マグを両手に家から走ってきたのだろうか。そう思うとまた笑みがこみ上げてくる。
白い縁に口を当て、飲み込む。甘くて少し苦い。
「ありがとう。温かいね」
嬉しそうに微笑む瑠璃。彼女もまた、チョコレイトを口にした。
それからふいに、僕が開いていた本に目を留める。
「何と読みますの? それ」
「これかい? 英吉利の文字で『シェイクスピア』と書いてあるらしい。戯曲だよ」
「面白いんですの?」
「面白いよ。興味深い」
ふうん、と、眉間に皺を寄せながら精一杯考えるが、すぐに拗ねたように唇を尖らせる。
「私には分かりませんわ」
飽きたのか、呆れたのか。目をそらして、チョコレイトを味わう。
その、こくりと動く喉を見ながら、僕は弁明した。
「読書くらいしか趣味が無いんだ。僕はしがない和菓子屋の余り息子だからね」
「余り息子なんていわないで下さい」
途端に瑠璃は淋しそうな表情になった。
いつもそうだ。まるで自分のことのように、君は僕の分まで傷つく。
「余りだよ。身体も丈夫じゃないから、家の仕事もままならないしね」
反対に僕は、自嘲めいた微笑を浮かべる。
嗚呼、どうして君がそんな顔をするのか。
君は何も悪くない。それにこれは事実なのだから。
火鉢で身体を温めながら、僕はぱらりぱらりと頁をめくる。
部屋の中は静かなもので、紙の擦れる音しかしない。時折その音を途絶えさせ、傍らの菓子壺からひとつ、金平糖を口に運ぶ。
かり。ほのかな甘みが口内に広がる。
ぱちり。炭がはぜて崩れる。
時は明治四十年。
露西亜との戦争があってから、僅か二年後の世の中。そんな騒がしい外界とは懸け離れた場所でのうのうと過ごしていた。
表通りとは一番遠い、垣根に囲まれた庭の先。すっかり葉の落ちた樺の木の下。そこに面した窓が、僕の部屋で唯一日の入りのいい場所だった。木枯らしでカタカタと鳴る窓際に寄りかかって、背に柔らかな日の光を浴びる。外はきっと凍えるように寒い。けれど玻璃の入った窓越しならば、それも忘れることが出来た。
ふと、遠くから足音が近づいてくる。
ぱたぱたと軽い、少し急ぎ足の音。
「清一さん!」
部屋の襖戸を開けて、一人の少女が顔を覗かせた。僕はその声にやっと顔を上げ、出迎えににこりと微笑んだ。
つややかな肌に、繊細で可憐な風貌。よく手入れされた黒髪。白い息をはきながら、眩しい程の笑みを湛える彼女は、隣の家のお嬢さんだ。
「チョコレイトを戴きましたの。一緒に召し上がりません?」
少女は…瑠璃は部屋に入ってくるなり、僕の目の前に外国製のマグ・カップを差し出した。
「これは?」
和菓子屋の息子が洋菓子か、等とは思いもせずに白いマグを受け取った。
中からは湯気が湧いていた。チョコレイトとは確か固いものだと聞いていた気がして、尋ね返す。受け取って覗きこむと、確かに色はチョコレイトの色だ。
「ホット・チョコレイト。溶かして牛乳と混ぜた飲み物です」
瑠璃は僕と向かい合って座り、畳の上に一旦自分のマグを置くと、長い黒髪を整え直した。
このお嬢さんは、マグを両手に家から走ってきたのだろうか。そう思うとまた笑みがこみ上げてくる。
白い縁に口を当て、飲み込む。甘くて少し苦い。
「ありがとう。温かいね」
嬉しそうに微笑む瑠璃。彼女もまた、チョコレイトを口にした。
それからふいに、僕が開いていた本に目を留める。
「何と読みますの? それ」
「これかい? 英吉利の文字で『シェイクスピア』と書いてあるらしい。戯曲だよ」
「面白いんですの?」
「面白いよ。興味深い」
ふうん、と、眉間に皺を寄せながら精一杯考えるが、すぐに拗ねたように唇を尖らせる。
「私には分かりませんわ」
飽きたのか、呆れたのか。目をそらして、チョコレイトを味わう。
その、こくりと動く喉を見ながら、僕は弁明した。
「読書くらいしか趣味が無いんだ。僕はしがない和菓子屋の余り息子だからね」
「余り息子なんていわないで下さい」
途端に瑠璃は淋しそうな表情になった。
いつもそうだ。まるで自分のことのように、君は僕の分まで傷つく。
「余りだよ。身体も丈夫じゃないから、家の仕事もままならないしね」
反対に僕は、自嘲めいた微笑を浮かべる。
嗚呼、どうして君がそんな顔をするのか。
君は何も悪くない。それにこれは事実なのだから。
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