ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
「金平糖の作り方を知っているかい?」
ふいにそう口にすると、彼女は一瞬首を傾げ、横に二度振った。
それを見て、開け放しだった壺の中から一粒、金平糖を取り出す。かすかに薄紅色に染まった欠片を日に晒して、指の先で棘をころころと玩ぶ。
「氷砂糖に水を加えて煮詰めて行くんだ。回転する鍋を熱しながら、其の中に核となる芥子粒を入れる。この芥子にね、熱い蜜を少量ずつ被せていくんだ。時間を掛けて、粒を次第に大きくしていく」
壺ごと彼女に薦めて、自分は持っていた金平糖を口に放る。
「随分、手間がかかるのねぇ」
「根気と経験が必要なのさ」
彼女もまた、感心したような顔つきで一粒一粒取り出した。
そっと掌の上において、黄色や白の粒を熱心に眺める。
「綺麗だものね。それを聞いたらなんだか余計大切に食べないといけない気がしますわね」
そう言って、白を一つ口に含んだ。
「でも、根気は駄目。私が金平糖を作ったら、そのもどかしさに鍋を投げてしまいそう」
「はしたないね、瑠璃は。それじゃ貰い手がつかないよ」
冗談めいた言葉に、冗談のつもりで言葉を返す。
すると彼女は、澄ましたように胸を張って、
「いいんです。私、清一さんのお嫁さんにしていただきますもの」
一瞬、金平糖を摘む手が止まる。
それでも苦笑いを浮かべて。
「また、そんな昔の話を」
そうして、他愛も無い一言として流す、つもりだった。しかし彼女は、すっと表情を改めた。
「昔じゃありません。いくら幼かったからといっても、本気だったの」
部屋の中の、音が消えた。気がした。
チョコレイトの湯気が舞う。
瑠璃の顔はどこまでも真剣だった。表情豊かなその面には、迷いも曇りもない。
僕はそれにただ笑うしか出来なかった。
「清一さんは、私のことが嫌い?」
何も言い返さない僕に、彼女は尋ねた。
どうして何も言ってくれないの、と、淋しさが滲んでいた。
笑顔を消して、言葉を捜した。
何を言うべきか。何を言わねばならないか。
瑠璃の瞳は、真っ直ぐ僕の目を見ていた。
「それは…」
その時、店のほうから足音がやってきた。
次いで部屋の前で立ち止まり、襖越しに声がかかる。
「清一。手が足りないんだ、少し手伝ってくれるかい」
ぱちり。炭が弾けて崩れた。
「今行きます、父さん」
とっさに答える。マグを窓辺に置いた。
そして何事も無かったかのように立ち上がって。
襖の前で、黙ったままの瑠璃を振り返る。
「ありがとう、美味しかったよ。君はもう少し温まったら帰るといい」
「終わるのを、待っていてはいけない?」
心許無い様子で、僕を振り仰いだ。
しかし、それには微笑んで首を左右に振った。
「きっと時間がかかるよ」
そう。僕は逃げたのだ。
それから僅か三年。
洋式の大きな扉を押し開けると、そこには白無垢の彼女が座っていた。
丁寧に化粧をして白妙を身に纏うと、いつもの数倍も美しく見えた。
「結婚おめでとう。瑠璃さん」
十八歳で彼女は、才も財も有る人の元へ嫁いで行く。