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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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 私達は山道を登り、昼間絵を描きに来た原っぱにたどり着きました。
 そこは町と海の全てが見渡せる場所。今夜は満月なので、月の光で今も町が見えました。

 不思議なことに、そこには先客がいました。原っぱの真ん中で誰かが満月を見上げて立っています。
 私より五つか六つくらい年上の男の子。金色の長い髪が月の光を浴びて綺麗でした。

「こんばんは、クインス」
 その男の子に、セシルが声をかけました。

「セシルか。久しぶりだな。それと、そこにいるのはアリスか」

 どうやらセシルはこのクインスという人と知り合いのよう。
 でも、どうして彼は私の名前も知っているんだろう?

 そう。私の名前はアリス。けれど、名前で呼ばれることはほとんどありません。皆は私のことを“アリシア”と愛称で呼ぶからです。
 なのにこのクインスというひとは、初対面の私の名前を知っていました。
 首を傾げる私をよそに、ふたりは会話を続けました。

「こんな刻限にどうした。人間が活動する時間ではないだろう」

「青が入った小瓶を探しているんだ。そうだ、あなたなら分かるのではないかな」

「なるほど」

 クインスはセシルの話を聞くと、大きく両手を広げました。
 まるで翼のように。
 実際、彼の影は大きな翼を持つ生き物のように見えました。

 ざわり。
 一瞬、静かだった草原を風が吹き抜けました。

 ざわり。ざわざわ。
 しばらくして少年は再び眼を開けました。
 そして、静かに言葉を紡ぎました。

「……ここにはもう無い。少なくとも森の中には。どうやら小川を流れて海へ行ったようだな」
 広げた手を下ろして、クインスは私達を振り向きました。
「小川に沿って山を下れ。山から外のことは知らない。知りたいのなら森の知恵に聞け」
「森……小川の流れるほうだから、イリスじゃなくローリエか」

 クインスの答えを聞いて、セシルは確認するように何かを呟きました。
 それから微笑んで、感謝するように深く会釈を示しました。

「ありがとう、助かったよ」
「お前とは古い付き合いだからな」

 セシルが言うと、少年は初めて笑顔を見せました。
 その笑顔は、私が今まで出逢った人たちには真似できないほどの美しいものでした。

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