忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[125]  [124]  [123]  [122]  [121]  [120]  [119]  [118]  [116]  [114]  [112
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


嶋原結遊女語

(しまばらむすびゆめがたり)


 
「今宵流るは霞か雲か」

 声が聞こえる。
 艶やかな女の声だった。


「はやる白羽は桜か雪か」

 歌が聞こえる。
 しとやかな御座敷の歌だった。

 
 まだ灯も入らない廓(くるわ)の通り。
 昼見世を控えた大きな置屋の二階、格子の入った窓の中で、一人の遊女が煙管をふかしていた。
 位は太夫に次ぐ天神だった。髪には笄(こうがい)と前びら、べっこうの大櫛、菖蒲(あやめ)の花簪。華やかに着飾った彼女の打掛と帯の見事なこと。

「夢のかんばせ、うつつの瞳。闇に消ゆるは宵烏」

 大門の方角からは喧騒。軒の下、通りは次第に人が賑わい始める。上等の仙台袴の男や、流行りのつぶし島田に結った娘達が擦れ違う。天神はそれに目もくれず、ただ窓の外に広がる薄青の空を眺めていた。
 白い煙と溜め息と歌が空に溶けていく。細い糸を紡ぐように、一人の客が好きだと言った歌を口ずさむ。

「からの足枷、まほろの腕(かいな)。夢見し宴の捨篝――なんて、なぁ」

 その表情にぼんやりとした微笑みが滲んだ。
 彼女は何を見ているのだろう。天上を仰ぎながら心がそこに無いことは、何か物憂げな色を浮かべる瞳が物語っていた。
 
 諦めたように息を吐くその傍ら、ふいに側を通り掛かった影があった。瓦屋根の上を、転がり落ちもせずに歩いてきた小さなもの。


「おや、お前も独りなの」

 天神が声をかけたのは、灰色にくすんだ猫だった。毛並みは悪いが、やせ細っているというほどではない。
 おそらく野良だろう。彼女の所在を知ってか知らずか、格子のすぐ側で丸くなって毛繕いを始める。
 女はそれを暫く眺めていた。
 
「なぁんて。うちも、猫やったら良かったのに」
 
 それから、ふっと笑った。ゆらり紫煙が混じる。
 
「猫やったら、こないな思いせぇへんでも良かったのに」

 猫は振り向きもしなかった。ただ少しだけ顔をあげて、小さくにゃあと鳴いた。


 時間だけが過ぎた。猫は自らの背を熱心に舐め、天神は煙管をくゆらせた。
 やがて襖が開いて、その向こうで可愛らしい禿(かむろ)が頭を垂れる。

「お客はんどす、姐さん」

「はぁい」

 振り向いた顔には、完全な笑顔。
 煙管を置いて、ゆっくりと立ち上がる。

「虚の足枷、幻の腕――」

 その間も唇からこぼれる夢結の小唄。禿を従え部屋を出ようと、足を踏み出す、最中。

 ふいに胸の奥で、懐かしい声を聞いた。

『一緒になろう』

 天神は格子の向こうを振り仰いだ。
 一刹那の後、すいと目を細める。


「嘘吐きな人」


 時代が変わろうとしていた、動乱の浮世。
 
 それが嘘ではないと知りながら、
 少なくとも、相手にとってはまごうことなき本心だったと知りながら。
 女は呟くしか出来なかった。
 


 過ぎるのは、きらめく白刃。
 その時にどこかで散ったであろう、真赤な椿。

 そして二度と逢うことの無い、男の面影。

 
終.


補足:『夢結小唄

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]