むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
「ジェイド!冬が帰るぞ。鳥の承認を」
「はい!」
季節の変わり目は、門番の仕事も多くなる。
北へと帰る冬たちを送り出し、冬の鳥達を放す。ジェイドも門番の一人として、そんな仕事に一日中追われていた。
その日も、冬たちの送出が行われた。彼は門の前に立ち、宮殿からやって来る冬の司者たちを出迎えた。
「今年もお疲れ様でした」
そう言って門を開ける。ぞろぞろと、冬色の髪と銀の瞳をした者達が門をくぐって行く。
しかしその中の一人、真っ白のマフラーを巻いた男性だけが、門の前で立ち止まって動かない。
「……」
彼は雲の隙間から地上を見ていた。その瞳に、寂しさのようなものが混じっているように見えたのは、ジェイドの気のせいだろうか。
声をかけようか迷っていると、男性の前にいた銀の髪の女性が振り返る。そして、彼を呼んだ。
「イヴェール?」
「あぁ、いや…何でもない」
男性は我に返ったように顔を上げた。
そしてそのまま、何事も無かったかのように門をくぐっていってしまった。
今のは何だろうと考える暇もなく、ジェイドは再び鳥の承認に取り掛かった。
渡り鳥を全て放し終わる頃。ジェイドは、門の側に立ってこちらの様子を伺う少女が居ることに気がついた。
「君はまだ休暇だろう?」
「だから来たのよ。私の鳥は元気にしている?」
呆れたように声をかけると、少し強気そうな返答。
レースがあしらわれた、紺色のワンピース姿。
カナリア色の瞳に青空色の髪。
透けるような薄い青、きらきらと輝く晴れ空の色だった。
仕事の合間に休憩がてら、雲の上に腰を下ろす。
すると少女も、少しうろうろ歩いた挙句、ジェイドの隣に座った。
「元気だよ。ちゃんと空に連れて行ってあげているかい? たまには空を羽ばたかせてあげないと、飛べなくなってしまうよ」
「大丈夫よ。ご心配なく」
ジェイドは次第に溶けて消え行く雪を眺めて、ふと溜め息を吐いた。
その息はまだ白い。
「昔は良く遊びに来てくれていたのに」
「仕方ないでしょう? 一人前の司者は休暇以外、非常時でもない限り仕事から離れられないの。…だいいち、あなたといると騒がしくて」
まだ冷たさを纏う空の風が、少女の空色の髪をゆらしている。
ジェイドは、今やすっかり一人前になった彼女の様子を見て、それから遠くを流れる雲に視線を移した。
それはまるで、人間が遠い昔を思い起こす作業に似ていた。
「あの頃は僕の後ろをついて回って…素直で可愛かったなぁ。なのに今はすっかりハルのように…」
「幼い頃の話を引っ張り出して来ないで」
少し困ったように眉根を寄せる少女。
ジェイドは、気分を害したらしい彼女ににっこりと微笑んだ。
「勿論、今でも可愛いけどね。可愛いくて綺麗になったよ」
「な…っ、ジェイドっ!!」
弾かれたように立ち上がった彼女を見上げ、にこにこと笑いながら、わざと首を傾げる。
理由がわからない、という振りをして、彼女を呼び止める。
「どうしたんだい? カナリア」
「帰るの。あなたといると話が進まないんだもの!」
カナリアは一瞬だけ振り返って、恨めしそうな視線を残して歩いていってしまった。
そんな様子を見て、ますます微笑む。
最近のカナリアは、少しあんなことを言うとすぐムキになって面白い。その様子を見ているのが、彼は好きだった。
きっとこんなことを言うと益々怒らせるだけだから、口にはしない。
そして、すっかり彼女が見えなくなった頃、誰に言うでもなく呟いた。
「まったく。すっかりハルに似たな」
あんなに幼かった少女は、『兄』の影響を強く受けて育っている。それが彼には嬉しくもあった。
「彼に似て、しっかりした司者になった」
温かい陽射しが、雲の上を照らす。
「あぁ。ついに春だね」
ジェイドはひとり立ち上がって、雲の切れ間から覗く太陽を見た。
うららかな陽気を纏った風は、あっという間に優しさを帯びた。
「新しい、命の生まれる季節だ」
「はい!」
季節の変わり目は、門番の仕事も多くなる。
北へと帰る冬たちを送り出し、冬の鳥達を放す。ジェイドも門番の一人として、そんな仕事に一日中追われていた。
その日も、冬たちの送出が行われた。彼は門の前に立ち、宮殿からやって来る冬の司者たちを出迎えた。
「今年もお疲れ様でした」
そう言って門を開ける。ぞろぞろと、冬色の髪と銀の瞳をした者達が門をくぐって行く。
しかしその中の一人、真っ白のマフラーを巻いた男性だけが、門の前で立ち止まって動かない。
「……」
彼は雲の隙間から地上を見ていた。その瞳に、寂しさのようなものが混じっているように見えたのは、ジェイドの気のせいだろうか。
声をかけようか迷っていると、男性の前にいた銀の髪の女性が振り返る。そして、彼を呼んだ。
「イヴェール?」
「あぁ、いや…何でもない」
男性は我に返ったように顔を上げた。
そしてそのまま、何事も無かったかのように門をくぐっていってしまった。
今のは何だろうと考える暇もなく、ジェイドは再び鳥の承認に取り掛かった。
渡り鳥を全て放し終わる頃。ジェイドは、門の側に立ってこちらの様子を伺う少女が居ることに気がついた。
「君はまだ休暇だろう?」
「だから来たのよ。私の鳥は元気にしている?」
呆れたように声をかけると、少し強気そうな返答。
レースがあしらわれた、紺色のワンピース姿。
カナリア色の瞳に青空色の髪。
透けるような薄い青、きらきらと輝く晴れ空の色だった。
仕事の合間に休憩がてら、雲の上に腰を下ろす。
すると少女も、少しうろうろ歩いた挙句、ジェイドの隣に座った。
「元気だよ。ちゃんと空に連れて行ってあげているかい? たまには空を羽ばたかせてあげないと、飛べなくなってしまうよ」
「大丈夫よ。ご心配なく」
ジェイドは次第に溶けて消え行く雪を眺めて、ふと溜め息を吐いた。
その息はまだ白い。
「昔は良く遊びに来てくれていたのに」
「仕方ないでしょう? 一人前の司者は休暇以外、非常時でもない限り仕事から離れられないの。…だいいち、あなたといると騒がしくて」
まだ冷たさを纏う空の風が、少女の空色の髪をゆらしている。
ジェイドは、今やすっかり一人前になった彼女の様子を見て、それから遠くを流れる雲に視線を移した。
それはまるで、人間が遠い昔を思い起こす作業に似ていた。
「あの頃は僕の後ろをついて回って…素直で可愛かったなぁ。なのに今はすっかりハルのように…」
「幼い頃の話を引っ張り出して来ないで」
少し困ったように眉根を寄せる少女。
ジェイドは、気分を害したらしい彼女ににっこりと微笑んだ。
「勿論、今でも可愛いけどね。可愛いくて綺麗になったよ」
「な…っ、ジェイドっ!!」
弾かれたように立ち上がった彼女を見上げ、にこにこと笑いながら、わざと首を傾げる。
理由がわからない、という振りをして、彼女を呼び止める。
「どうしたんだい? カナリア」
「帰るの。あなたといると話が進まないんだもの!」
カナリアは一瞬だけ振り返って、恨めしそうな視線を残して歩いていってしまった。
そんな様子を見て、ますます微笑む。
最近のカナリアは、少しあんなことを言うとすぐムキになって面白い。その様子を見ているのが、彼は好きだった。
きっとこんなことを言うと益々怒らせるだけだから、口にはしない。
そして、すっかり彼女が見えなくなった頃、誰に言うでもなく呟いた。
「まったく。すっかりハルに似たな」
あんなに幼かった少女は、『兄』の影響を強く受けて育っている。それが彼には嬉しくもあった。
「彼に似て、しっかりした司者になった」
温かい陽射しが、雲の上を照らす。
「あぁ。ついに春だね」
ジェイドはひとり立ち上がって、雲の切れ間から覗く太陽を見た。
うららかな陽気を纏った風は、あっという間に優しさを帯びた。
「新しい、命の生まれる季節だ」
Fin.
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うっかり分家の更新を滞らせてしまっていました。
そして昨日、余裕があったのでいっぱい更新しようと思ったのに生憎のメンテナンス。
なんという運の悪さ!
以下、書き上げた当時の後書から抜粋しています。
* * * * *
『透色景色』
やっと完結致しました。間隔を空けながらの更新でも、ご愛読くださった皆さん、どうもありがとうございました。
随分と遊んだ作品となりました。
カナリアとジェイドの過去だったり、『空色』には名前も出てこなかった脇役が準主役だったり。既にイヴェールの様子がおかしかったり。
カナリアのあの性格は、ハルの真面目さ(?)を引き継いだという裏設定。
ちなみに、8話は『空色』のほんの少し前の時間枠です。
サキの名前も出したかったな。
さて、次はどんな話を作りましょうか。
突発的に短編を創作することもありますので、その時はまた、お付き合いください。
それでは、また次の物語で。
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冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
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