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むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
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「――本当は誰でも良かったんだ」

 諦めたのか、駄々をこねるその様子に対応を変えたのか。いずれにしろ…その声音は、優しさが欠けていた。
 長い耳も、血の色の瞳さえ持ち合わせていない人間の『ウサギ』は、声だけが冷たく白い。


「頂点に立ってくれて、この世界を統べる役目に就いてくれれば、誰でも。やる気があろうとなかろうと、知識が皆無でも」
 
 ひやりと笑う瞳に見つめられて、首の根元を掴まれ窓の外に釣り出されている錯覚を覚えた。 その腕に縋ることも、振り払うことも叶わない。
 なんの遠慮も容赦もない荒削りの言葉。ただそこにある事実だけを突き付ける。
 やがて、それでも、と青年は少しだけ微笑みを取り戻した。

「それでも貴女を選んだ理由は、貴女が最も都合のいい存在だったからだよ」

 とたんに少女の顔が凍り付いた。
 予期せぬ返答に、いや、予期していた返答に動揺を隠せない。
 冷たい。冷たさを越えて、痛い。

「貴女は自分に興味がなかった。生活する場所…自分を取り囲む世界の中で生きることに興味がなかった。周囲に関わらないようにして、誰にも嫌われない代わりに誰にも好かれない道を選んだ」

 笑顔という仮面の剥れた青年の表情。慈悲も憐れみも見えない代わりに軽蔑もなかった。それは彼独自の優しさなのか。


「やめて…聞きたくない」

 アリスは頭を垂れた。
 ウサギの顔を見なくて済むように。彼の言葉を聞かなくていいように。
 彼女の心中を知ってのことか、青年が口を噤むことはなかった。

「貴女はあの世界から切り離されていた。貴女が居なくなっても誰も困らない。苦しまない。淋しがらない。だから僕は貴女を連れて来た。貴女は、あの世界で一番」

「もう、いい」


「――あの世界で一番、居なくても問題のない人間だった」


「やめて…!」



 叫び。少女の声が木霊する。
 その一言を皮切りに、室内がしんと静まった。

 堪えたのは少女だった。耳を塞いで、その場にしゃがみ込む。
 沈黙を破ったのは青年だった。気は済みましたかとにこりと微笑む。
 そして、拒絶を認めない優しさで彼女の腕を取った。


「さぁ。行こうか『アリス』。人々は『アリス』を…この街を治めてくれる女王を欲している」



 分かっていた。

 必要とされているのは自身ではなく、《アリス=女王》という、この世界を纏める役割。立場。
 そのためには決意も意識も必要なくて、ただシンボルとしての役割を果たすだけ。


 なのに。
 それなのに彼は少女を許してはくれなかった。


 ウサギを追いかけて落ちた深い穴。
 けれどウサギは穴から出る方法を教えてはくれない。

 彼が向かう場所も、少女の時計が時を刻む理由も。


「逃げてはいけないよ。仮初(かりそめ)の居場所でも、ここでは『意味』から逃れることはできないのだから」 



 暗くて深い、落ちて来た入口も既に遠い。

 窓の外に広がる鮮やかな青は絶望にも似ていた。


End.


後書。


初回掲載時から改題して、『城壁の中の少女』となりました。
(併せて本家でも改題してあります)

モチーフはアリス。
タイトルもそれをイメージして。

この頃は確かまだ設定がぼんやりとしか出来ていなくて、『ウサギを追いかけて別の世界へ』『アリスのキャラクターを役職名に』くらいしか固まっていませんでした。

でも後々は長編として『まとめ』の話を書こう、それまではぽつぽつと番外的な短編を作ろう、と決めていました。
現在では(私の中では)だいたいの設定、各登場人物の性格・立ち居地等も出来上がり、もういくつか短編を書いたらいよいよ本編かな、というところまで来ています。


だから、少しこの話と差異が生じているかも。
根底、元々の『書きたかったこと』は変わらないので、そこへむけてゆっくりと仕上げて行きたいと思います。

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