むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに
ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。
過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
夏端は、ここ数ヶ月自宅に降り懸かっている『困り事』の顛末を青年に話した。
誰も居ない廊下を人の歩く気配がすること、仏壇の位牌が倒れること。数日に一度かかってくる無音電話。屋根裏からのすすり泣く声を聞く者がいること。母が見るという奇妙な夢。そして、障子に映る獣の影。
お蔭で家族の誰もが尖っていて、特に母や妻などは睡眠不足に陥っていた。
時折紙にペンを走らせながら、常葉は終始黙って話を聞いていた。夏端が言い淀むと、それを促すようにそっと相槌を打つ。表情は真摯で、客人の話を馬鹿にしたり適当にあしらったりという様子はなかった。
夏端がやっとの思いで一通りを喋り終える。誰かに聞き入れて貰えただけで随分身体の中の重いものが出て行った感じがした。息を吐いた絶妙なタイミングで、今度は常葉が質問を重ねた。
「家の側に、普段は誰も近寄らないような社や堂はありませんか」
「社…そういえば、裏の山に小さな祠があります」
「祠ですか」
何か思案するように細められた瞳。身構える暇もなく、またすぐに夏端を窺う。
「その管理は、御宅が?」
「いえ。以前はうちが見ていたようですが、曾祖母が亡くなってからは」
紙上にざっと目を通して、静かに頷く常葉。
「成程。やはり直に見たほうが良いですね。――翠仙」
声につられて、夏端もまた彼の振り向いた先に目をやった。窓際のソファ。背もたれの影からは変わらず誰かが寝息を立てる気配がする。
「翠仙。聞こえているんだろう?」
背もたれを覗き込むようにして声をかける。やがて観念したように、『誰か』がもぞもぞと身動きする。そして酷く面倒臭そうな顔が、ソファの内側から起き上がった。
少女だった。
真っ白なセーラーの夏服に身を包んだ、器量の良い娘。何処の制服かは分からないけれど、胸元の紅いスカーフが射光に眩しく映えていた。
目を覚ましたばかりの少女は無言だった。端からも不機嫌なのが見て取れる。
切れ長の目に、隠そうともしない感情。まるで気紛れな猫のようだ。見た目は高校生くらい、幼い顔立ちからしてまだ中学生でも通るかもしれない。
「おはよう。お客様だよ」
穏やかに話しかける常葉を、何も言わずにじっとりと睨み上げる。視線に込められた恨みがましさに気付かぬ振りをして、彼もまた少女を見下ろした。すると今度は、それをいいことに横になってしまう。
再び夏端からは窺えなくなったソファの向こうから、聞こえてきたのは安らかな寝息。
やれやれと、芝居がかった仕草で常葉は肩を竦める。
それから困惑したままの客人にふっと微笑を返した。
「それでは明日、伺わせて頂きます。宜しいですか」
返す言葉も見つからないまま、夏端はただただ首を縦に揺らした。
誰も居ない廊下を人の歩く気配がすること、仏壇の位牌が倒れること。数日に一度かかってくる無音電話。屋根裏からのすすり泣く声を聞く者がいること。母が見るという奇妙な夢。そして、障子に映る獣の影。
お蔭で家族の誰もが尖っていて、特に母や妻などは睡眠不足に陥っていた。
時折紙にペンを走らせながら、常葉は終始黙って話を聞いていた。夏端が言い淀むと、それを促すようにそっと相槌を打つ。表情は真摯で、客人の話を馬鹿にしたり適当にあしらったりという様子はなかった。
夏端がやっとの思いで一通りを喋り終える。誰かに聞き入れて貰えただけで随分身体の中の重いものが出て行った感じがした。息を吐いた絶妙なタイミングで、今度は常葉が質問を重ねた。
「家の側に、普段は誰も近寄らないような社や堂はありませんか」
「社…そういえば、裏の山に小さな祠があります」
「祠ですか」
何か思案するように細められた瞳。身構える暇もなく、またすぐに夏端を窺う。
「その管理は、御宅が?」
「いえ。以前はうちが見ていたようですが、曾祖母が亡くなってからは」
紙上にざっと目を通して、静かに頷く常葉。
「成程。やはり直に見たほうが良いですね。――翠仙」
声につられて、夏端もまた彼の振り向いた先に目をやった。窓際のソファ。背もたれの影からは変わらず誰かが寝息を立てる気配がする。
「翠仙。聞こえているんだろう?」
背もたれを覗き込むようにして声をかける。やがて観念したように、『誰か』がもぞもぞと身動きする。そして酷く面倒臭そうな顔が、ソファの内側から起き上がった。
少女だった。
真っ白なセーラーの夏服に身を包んだ、器量の良い娘。何処の制服かは分からないけれど、胸元の紅いスカーフが射光に眩しく映えていた。
目を覚ましたばかりの少女は無言だった。端からも不機嫌なのが見て取れる。
切れ長の目に、隠そうともしない感情。まるで気紛れな猫のようだ。見た目は高校生くらい、幼い顔立ちからしてまだ中学生でも通るかもしれない。
「おはよう。お客様だよ」
穏やかに話しかける常葉を、何も言わずにじっとりと睨み上げる。視線に込められた恨みがましさに気付かぬ振りをして、彼もまた少女を見下ろした。すると今度は、それをいいことに横になってしまう。
再び夏端からは窺えなくなったソファの向こうから、聞こえてきたのは安らかな寝息。
やれやれと、芝居がかった仕草で常葉は肩を竦める。
それから困惑したままの客人にふっと微笑を返した。
「それでは明日、伺わせて頂きます。宜しいですか」
返す言葉も見つからないまま、夏端はただただ首を縦に揺らした。
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