忍者ブログ
むせ返るような芳香、甘い蜜。蝶のような優雅さで。 そのカラダに鋭い棘を隠して。
はじめに

ようこそ、偽アカシアへ。
こちらは私、朝斗の今までの作品展示室となっております。

過去作品から随時追加予定です。
同じものを掲載していますが、若干の推敲をしている場合もあります。
詳しくは『はじめに』をご一読ください。
2008.5.6 Asato.S
[107]  [106]  [105]  [104]  [103]  [102]  [101]  [100]  [99]  [98]  [97
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「見てよ、あれ。まるでケーキみたいな雲だ」

 門番の仕事というものは、季節の変わり目以外は暇を持て余す。
 ジェイドは雲の上で、更に遠くに漂う雲を指さした。その隣で空見習いは首を傾げた。

「ケーキって?」
「空の下に住む『人間』の食べ物だよ。甘くてふわふわしていて、心の癒される食べ物だ」

 正式な司者ならともかく、空見習いは『地上』に降りたことがない。それどころか、雲の下のことを殆ど知らないだろう。

「ジェイドは食べたことあるの?」
 カナリアは門番を見上げる。ふわふわと、春の空と同色の明るい髪が揺れた。
「さすがに無いなぁ。僕の仕事は門を守ることだから、あまりここから離れたことがないんだ」
 門番は、門を離れてはいけない。それにしても、彼は他の司者達よりも地上のことを良く知っていた。
「あなたって物知りなのね」
「いつも空の下を眺めているからね。カナリアは好奇心が旺盛だね」
 少女は門番を羨望の眼差しで見つめた。
「だって、ジェイドのおはなしって楽しいんだもの」
 いつもの温かい笑顔を向けるジェイド。つられる様にして幼い少女も微笑む。

「ねぇ、もっと話して?もっと教えて。『地上』のこと」

 翡翠色を見上げる少女の顔は、期待でいっぱいだった。



「カナリア」
「あ。ハル!」
 暫くして、宮殿の方からハルがやって来た。そろそろ宮殿に戻る時間なのだ。
 それを見てカナリアは門の側を離れた。

「また来てもいい? ジェイド」
「ああ。暇なときはおいで。いつでも待ってるから」

 手を振りながら小走りに去っていくカナリアに、門番も手を振り返した。
 そして、門の前には二人の青年だけが残った。

「すっかりお前になついてしまったな」

 友人に遠慮することも無く、ハルは溜め息をついた。
 彼の顔はどちらかというと中性的だ。後ろで束ねた若葉色の所為で、憂えた女性のようにも見える。
 一方のジェイドは、安穏とした風情で少女の後姿を見送っていた。

「迷惑じゃないから構わないよ」
 その暢気な微笑みを、きっ、とねめつける。
「妙な入れ知恵をしていないだろうな?」
「していないよ。ただ、空の下の話をしただけさ」
 首を竦める彼を、冷ややかな目で見るハル。そこには少なからず疑いの色も混じっている。
「…この前、カナリアが『車』の話をしてくれた。しかし、俺の知っている『車』は空を飛ばないはずだが」
「それはまぁ、話が盛り上がって」

 ジェイドは冷たい視線を受け流し、遥か遠くの空の様子を伺う振りをした。
 弁解しないということはつまり、そういうことなのである。
 その表情を見て、思わず拳が震える。

「お前…ウチのカナリアになんて嘘をっ!」

 抑えていた感情の針が振れる。思わず大声を上げるハルを見て、ジェイドは何故か笑った。
 いつも冷静沈着な彼らしくない。そう、今のハルは、地上の言葉を借りるなら『人情味が溢れる』とでも言おうか。何事にも無関心、無頓着かと思えば、こういうところで急に熱くなる。勿論、厳密には『人』ではないのだけれど。

「すっかり父か兄気分な訳だ、ハルは」
 彼は彼なりに、後輩を愛しむ感情が備わっているらしい。
 カナリアを大事にしているのは、彼の言動からもひしひしと伝わってくる。

「大丈夫だよ。騙して取って食いやしない」
「お前の大丈夫は世界一信用ならないんだ!」

 妙な太鼓判を押されて、ジェイドは困ったように笑った。



 ハルが宮殿に戻った後。ジェイドは一人、門の外で空を見ていた。
 萌芽の香りを運ぶ風は、彼の碧色の髪を揺らした。

 あと数年もすれば、この空を管理する一人として、カナリアも空に出るようになるだろう。
 彼女の可愛らしい笑顔が、頭を過ぎった。今は見習いでも、少しずつ仕事を覚えて、その量も増えていくのだ。
 そして、一人前の司者へと成長する。彼には、それが楽しみだった。

 もう春も終盤。
 地上の木々が青々と茂ったら、『春』は季節を引き継いで帰ってゆく。しかし、カナリアは残るだろう。
 彼女は将来、春と夏の司者となる。春空から連れて来られた見習いだが、他の季節専属の司者とは違い、サポート役は季節が終わってもこの空の宮殿に残ると決まっている。ここの、空の街の住人となるのだ。
 もう、彼女が故郷に帰ることは叶わないのだ。ジェイドと同じに。


 最初のうちは淋しいだろうか。
 その淋しさを紛らわす相手になってあげられれば、と彼は想っていた。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
Welcome
冬に包まれる季節。
詳しくはFirstを参照ください。
つぶやき
ブログ内検索

プロフィール
HN:
朝斗 〔あさと〕
性別:
非公開
趣味:
読書、創作、カラオケ、現実逃避
のうない
最古記事
はじめてのかたは此方から。
最新コメント
メモマークは『お返事有り』を表します。
[05/09 彗花]
[05/07 天風 涼]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
[05/06 朝斗]
バーコード
もくそく
Powered by Ninja Blog Photo by COQU118 Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]